第22話 間違った結末
アルベール率いる討伐隊が出発してから数十分も経たないうちに、街に侵入していた《ダイアモンドウルフ》が討伐されたという報告が広場まで届いた。
その後、街の北側の徹底調査が行われた。ボスが消滅するのと同時に配下の魔物たちも消え去ったらしいが、万が一を考えてとのことだった。
ソフィーと行動を共にしていたミレイ曰く、魔物の残党は存在せず、幸いにして犠牲者の報告が上がることもなかった。熟練の冒険者たちが即座に対応したおかげらしいが、それでも奇跡的だといえる。
しかし、程度の差こそあれ負傷者の数は多く、北門付近は甚大な被害を受けていた。しばらく人々の心の傷は癒えないだろう。
街が夕焼けに染まり始めた頃。冒険者ギルド前で待機していたキョウヤは、ソフィーに付き従って帰還したミレイと合流した。
再会の喜びを共有するが、一件落着とするにはまだ早い。今回の襲撃の真相を伝えておく必要がある。
二人がギルドの奥の部屋に通されてしばらく待つと、ソフィーと共に壮年の男――アルベールが入ってきた。
鎧を着用していないせいか、鍛え上げられた肉体が存在感を放っている。
「おう、また会ったな! ミレイと、たしかキョウヤだったか。今更だが、俺はここのギルドマスターのアルベールだ。早速話を聞かせてくれ」
テーブルを挟んでキョウヤの向かいにアルベールがドサリと腰を下ろし、その隣――ミレイの正面にはソフィーが静かに着席した。
彼女は変わらず弓使い風の出で立ちをしており、底知れない風格を備えている。
静寂に包まれた部屋の中、キョウヤは「信じられないとは思いますが」と前置きすると、クラウザ一味の所業と対峙した際のやり取りを明かした。
語るにつれて、その場の全員の表情が険しくなっていく。全てを話し終えると、途端にアルベールがテーブルに拳を叩きつけた。
「ふざけやがって! そいつらがここにいたら締め上げていたところだ」
「アルベール、落ち着いてください。話を進めましょう」
ソフィーも口調は冷静ではあるが、動揺を隠し切れていない。協力関係にある冒険者の犯行だというのだから、無理もない。
「魔物に追われて山道を下りてきた奴がいたのを、見張りの一人が目にしていた。だが、そいつらがやったという証拠がない」
「……これは決してキョウヤさんの証言を疑うということではございません。《ロスト山地》で活動中の方は少なくありませんし、顔は外套で隠していたようです。人物の特定ができないため、罪に問うことは難しいでしょう」
アルベールが忌々しげに言うと、ソフィーが補足するように引き継いだ。
そんな予感はしていたが、やはり現実を突きつけられるのは悔しいものだ。隣に座るミレイからは悲嘆の声が零れた。
「二度とこのような惨事が起こらないよう、北門の警備の強化と、山道に防壁を追加して対策をするつもりだ。それから一連の情報はギルド内で共有しておこう。お前たちには苦い思いをさせてしまったな。本当にすまない」
アルベールとソフィーに頭を下げられ、キョウヤは恐縮した。責められるべきはクラウザ一味であって、街を守るために尽力した彼らではないのだ。
罪人たちは行方をくらまし、不法な依頼をした人物の痕跡も全く見当たらない。こんな結末は間違っている。
「ううむ……街に魔物を引き込む依頼か。どうも最近は物騒な話が絶えないな」
「アルベール」
「ああ、すまん」
ソフィーが瞬時に釘を刺したが、彼の言葉の意味は大体察しがつく。
大陸中央で正体不明の魔物が出現するという噂があったし、きな臭い話は他にもあるのだろう。
自身に潜む闇の力、ミレイに宿る光の力、女神の祝福に魔神の呪詛、更に他の転生者。
全てが繋がっているとは限らないが、これらが無関係と断定するのも難しい。ついでにこの世界自体も謎に包まれたままだ。
いずれにしても今のままでは力不足だと痛感し、キョウヤは人知れず嘆息した。
報告を終えたキョウヤとミレイは、ギルド内の休憩スペースのテーブルへと場所を移していた。
アルベールの計らいにより、ボス討伐に協力したミレイはランク2に昇級し、報酬二割減の補償は帳消しになった。しかし、それを素直に喜ぶなど到底できなかった。
「わたし、どこか期待してた。クラウザたちは必ず裁かれる、って……」
正面に座ったミレイが俯きながら沈んだ声で言う。
悪人は必ずしも断罪されるとは限らない。これは元の世界でもこちらの世界でも同じだ。
クラウザの自信ありげな言葉が頭をよぎり、嫌悪感が湧き上がった。
「そうだな。あんな奴らが野放しにされていいわけがない」
「どうして、そこまでして強くなりたいのかな……」
「まだ言ってなかったけど、あいつらは俺たちと同じ転生者だ。もしかしたらゲーム感覚でやっているのかもしれないな」
魔法使いの男がNPCという言葉を漏らしていた。それがこの世界の住人の口から出るなどあり得ない。
彼らも元プレイヤーであれば、確かに他の言い回しにもゲームらしさが感じられるものがあった。
「そうなんだ……だったら余計に分からない。ゲームは皆で楽しく遊ぶものじゃないの?」
「そうあるべきだと思う。でも実際は、上に立つことで優越感や安心感を得る奴もいる。そのために他人を出し抜くことも、別に珍しいことじゃない」
それ自体が悪いという話ではない。競い合いはモチベーションの維持に繋がるが、一方でやり方を誤れば他人を傷付ける。クラウザの言動からはこれに近いものを感じた。
「……あなたもそうなの?」
「否定はしない。まあ、俺は仲間に恵まれていたおかげで、そこまで極端ではなかったよ」
虚無の現実に対して、ゲームには確かな充足感があった。誰かに認められるのが心地よいという心理が働いていたのは間違いない。
寄り添ってくれる友人がいなければ、実力や実績のみを求めていた可能性はある。己がクラウザの同類になっていたと考えるだけで鳥肌が立った。
「とにかく、あいつらとはもう関わらない方がいい。心が蝕まれるだけだから」
「……放っておいたら、また誰かが苦しむことになる」
「だとしても、俺たちが手を下すことじゃない。君はもっと自分を大切にするべきじゃないか」
ミレイの心には再び迷いが生じているように思えた。
気持ちは分からなくもないが、彼らを追ったところで力で屈服させる以外に方法はないだろう。
分かり合えない相手と関わったところで、彼女が傷付く未来しか見えない。
「わたしは――」
「ああ、良かった! やっとお会いできました!」
ミレイが再び何か言おうとした時、不意に横から小躍りするような声が響く。
声がした方へと目を向けると、そこには見覚えのある人物が立っていた。




