第21話 戦う者
《アルドラスタ》の中央よりも北には、街を南北に分断するように東へと流れる川がある。
普段は住民たちが生活に必要な水を確保する場所だが、今は防衛の要としても機能していた。
キョウヤとミレイが辿り着いたのは、中央広場と北門を繋ぐ大通りの途中にある大きな橋だ。
「よく戻ってきたな!」
「早く奥へ避難して!」
石で造られたそれの上には武装した冒険者たちが立っており、魔物を通すまいと目を光らせていた。
「キョウヤさん、ミレイさん! ご無事でしたか!」
橋の中ほどで聞き覚えのある声が響く。立ち止まって声の主を探すと、ソフィーが駆け寄ってくるのが見えた。
ただ、彼女は何度も見た冒険者ギルドの制服ではなく、革製の上着やタイトなズボンを着用していた。
左手にショートボウ、腰には矢筒と、護身用と思われる短剣。それは一目で弓使いだと分かる装いだ。
「ソフィーさん……その装備は一体……」
「非常事態ですから、わたくしも防衛に回っております。この街では冒険者ギルドが治安維持に一役買っているのですよ」
この世界の冒険者ギルドは、ただ冒険者を支援するだけの組織とは限らないらしい。辺境の街だからこその創意工夫が窺える。
それにしても、あの柔和な雰囲気を漂わせていたソフィーとは思えない変容だ。
「ソフィー、無駄話をしている場合か! ここの守りはもう十分だ。有志の冒険者も何人か集まっている。先行した奴らに合流して魔物を掃討するぞ!」
今度は大声を上げながらズカズカと歩いてくる男が目に入った。
白髪交じりの髪と伸ばした髭が特徴的で、重そうな鎧と大剣を装備している。歴戦の勇士というに相応しい貫禄があった。
「承知しました。作戦はどのように?」
「デカブツが暴れていると聞いている。おそらく《ダイアモンドウルフ》だろう。奴を真っ先にぶち殺す!」
ソフィーの上司と思しき壮年の男は、胸の前で拳を握り締めて豪胆に言い放った。
その凄まじい気迫に気圧される。彼が魔物に後れを取る姿は全く想像できない。
「……キョウヤさん、すぐに広場の方で治療を受けてくださいね」
男が背を向けると、ソフィーが気を遣って声をかけてきた。
苦痛は表情に出さないようにしていたつもりだが、どうやら見抜かれていたようだ。
微かな変化を見逃さない洞察力。それは彼女もまた只者ではないことを示している。
「わたしも連れていってください!」
不意に、それまで押し黙っていたミレイが声を張り上げた。
立ち去ろうとしていた男が足を止め、ソフィーは目を丸くして彼女を見つめた。
キョウヤも驚愕したが、押しとどめることが容易ではないことは既に知っている。
「ははははっ! 気概のある若者は大歓迎だ。ただし、足手まといだと判断した時は即刻帰ってもらうぞ!」
「アルベール、何を勝手なことを! 彼女はまだ冒険者になったばかりなんですよ!」
アルベールという名の男の力強い言葉に、声高に反対するソフィー。
彼女にしては珍しく語気を強めているのは、ミレイの身を案じてのことだろう。当の本人はそれに反して戦意を滾らせているのだが。
「その新米冒険者が負傷者を連れ帰り、制止を振り切って仲間を助けに戻っていくのを俺は見たぞ。冒険者ギルドはランクを重んじているが、こんな時まで縛られている場合か? 戦える力と度胸を持った奴がやると言うのなら、拒むのは野暮というものだ」
持論を展開するアルベールの中に、譲歩という文字は存在しないようだ。ソフィーは観念したようにため息を吐く。
気苦労が分かる気がして、キョウヤは苦笑いするしかなかった。
「……ミレイさん、わたくしが精一杯サポートいたします。決してご無理はなさらないように」
「はい。よろしくお願いします……!」
彼女が諭すように声をかけると、ミレイは目を輝かせてそれに応えた。
キョウヤは彼女たちと同じ場所に立てない自分を情けなく感じたが、こればかりはどうしようもなかった。同行したところで邪魔でしかないのだから、今はただ見送ることしかできない。
自己嫌悪に陥っていると、その場に残っていたミレイがじっと見つめていることに気付く。
――そうだ、謝らなければ。
クラウザから引き離した後は話せる空気ではなかったし、この機会を逃せば有耶無耶になってしまう気がした。
頭の中で単語を整理して並び替え、フレーズを組み合わせていく。
「キョウヤ、ごめんなさい。わたしの我儘であなたを苦しませた」
口を開こうとした矢先、ミレイに先手を打たれた。
「ッ……違う! ミレイは何も悪くない。俺が……君に、酷いことを……」
キョウヤは咄嗟に否定したが、その先で迷って言い淀む。
正しい行いをした彼女に謝罪される道理などない。筋道を立てて詫びようと考えていたのに、想定外の発言に動揺してしまう。
「ごめん……全部、身勝手な俺が悪いんだ……。否定して、妬んで、突き放して……君に辛い思いをさせて、本当に申し訳なかった……」
稚拙な言葉しか浮かばなかったが、構わずそれを口にする。視界が滲み、水滴が頬を濡らした。
「大丈夫。本当に利己的な人だったら、そんなことで悩んだりしない。どんな手段かは知らないけど、魔物を倒して助けてくれたのは事実だし」
彼女の思いやりが落涙を促進するが、キョウヤはそれを振り払うためコートで顔を拭った。
あの戦闘は感動的な言葉で片付けられる問題ではない。真実を告げなければならない。
「あれは……俺の意思とは違う。様子がおかしかったのは見ただろう」
「うん。でも結果的にあなたに救われた。それから、あなたが止めてくれたから人を傷付けずに済んだ。だから、ありがとう」
ミレイは平然とした顔でそんなことを言う。清らかな少女の存在が心を満たしていく気がした。
そんな中、アルベールの野太い声が轟く。どうやら彼女を呼んでいるようだ。
「もう行かないと」
「止めても無駄なんだろうな」
「うん。何かを成すために力が必要だというのなら、今は街を守るために使う。わたしは悪意なんかに負けたくない」
その眼差しは燃えるようで、その確固たる意志を曲げることは誰にもできないと思えた。
クラウザの言葉を持ち出したことからして、これが今できる最大限の反抗に違いない。
「キョウヤが命を懸けたんだから、今度はわたしが頑張る番。少しだけ待ってて」
彼女は言い終えると同時に微笑み、橋の北へと歩んでいった。
その言葉はキョウヤの無力感を和らげ、孤独感を遠ざけた。入れ替わるように安心感が充足する。
「ああ、いってらっしゃい」
アルベールを先頭にミレイとソフィー、他の何人かが北門の方へ向けて駆けていく。キョウヤはその雄姿を見届けながら一人呟いた。




