第20話 倫理観
ゲーム時代、《ロスト山地》には《ダイアモンドウルフ》という強力なフィールドボスが存在していた。
どこか控えめな《クォーツウルフ》とは違い、荘厳な輝きの鉱物を纏う、オオカミたちのボスに相応しい風格の魔物。
光属性の攻撃を多用する強敵であるが、特に厄介だったのは周囲に配下の魔物を召喚する行動だ。
クラウザ一味の会話の中には気にかかる言葉がいくつか出ていた。
狩り放題、ボス討伐、依頼――他にもおかしな単語が聞こえたが、今は置いておく。
件のボスが侵入しているというのなら、街に魔物が次々と現れるのは当たり前だ。時折轟く不気味な咆哮の発生源もそれだろう。
しかし、通常は洞窟の奥に鎮座しているはずのボスが街まで下りてくるとは考えにくい。あの男たちの振る舞いも明らかに不自然だ。
それらを照らし合わせると全ての辻褄が合う。おそらく、この災禍は――
「なんだお前、ジロジロ見やがって!」
先ほどの軽薄な男の喚き声が響き、密かに路地の入口に目を向ける。すると丁度、白い外套を纏った少女が通り過ぎていくところだった。
「ごめんなさい。黒い服を着た男の人、見かけませんでしたか?」
「知らん、他を当たれ。邪魔をするな」
「……そうですか」
ミレイの遠慮がちな問いかけと、クラウザの突き放すような言葉が耳に届いた。
黒い服を着た男の人。それが誰を示しているのかは言うまでもない。
見限られて当然の所業をした男を救うため、あの少女は危険を冒して戻ってきたのだ。
失意の彼女を放置するわけにもいかず、キョウヤは立ち上がった。
相変わらず身体の痛みは治まっていない。全身を針で刺されているような気分だ。
それでも、心の苦しみは引いている。少女の善意に報いるため、苦痛を払い除けて往来へ飛び出した。
「ミレイ」
「……! 良かった、無事だったんだね……!」
「まあ、なんとかな……」
ミレイは振り向くと、安堵の表情を浮かべて駆けてくる。
本当は無事とは言えない状態だ。それに彼女には言わなければならないことが山ほどある。だが、今は耐え忍んで前方の男たちに意識を傾けた。
道の中央に片手剣を持った剣士風の男、その左右には魔法使いと槍使いが立っている。いずれも青年というべき風貌で、どこかで見たことがあるような気がした。
「そこで何をしていた?」
剣士風の男が口を開く。声からするとクラウザと呼ばれていた男のようだ。
彼らは怪訝な眼差しをこちらに向けており、とても友好的な態度とはいえない。
「俺も彼女を探していただけだ。もう帰るよ」
「チッ……さては盗み聞きしていたな!」
適当にあしらって去ろうとすると、軽薄な男――魔法使いが激昂した。聞かれてはいけない話をしていたと自白したようなものだ。
クラウザや槍使いとは違い、この男からは知性というものが感じられない。真実を引き出すにはうってつけの相手だと思えた。
「ああ、お前らがボスを街に誘導した話のことか」
「お前! なんでそれをッ!」
予想通りというべきか、魔法使いが真っ先に反応した。
槍使いが慌てて彼に詰め寄っているが、もう遅い。やはり、この魔物の襲撃は人為的に引き起こされた災いだった。
「どうしてそんなことを……!」
隣で黙していたミレイが押し殺したような声を発した。身を震わせる彼女から、隠し切れない怒りの感情が伝わってくる。
「力と金だ」
「……はぁ?」
クラウザの一言に、キョウヤは素っ頓狂な声を上げてしまう。男の声は冷ややかで、当たり前だと言わんばかりの表情をしていた。
「オレたちは依頼を引き受けただけだ。奴を街に誘き寄せるという、危険だが相応の報酬が約束された依頼をな。ついでに雑魚狩りもできて好都合というわけだ」
「正気か? 明らかに不法な依頼だろう」
「それがどうした?」
頭がいかれているとしか思えない。
魔物を連れてくることで、どれだけの人間が傷付けられるのか。その程度の判断はできるはずだ。
「……この惨状を想像できなかったのか? お前たちの行いは人殺しと変わらない」
「甘いな……ここは弱肉強食の世界だ。オレたちは強くなる必要がある。力を得るために使えるものは使う、それだけのことだ」
悪びれた様子もなく、クラウザは冷淡に言い放った。
彼の言い分も全てが間違ってはいるわけではない。自分だって、生き残るために強くなると決めたのだ。
力が必要だと思ったことは何度もある上、最終的には冷たい闇の力に呑まれた。
そうはいっても、他人に危害を加えてまで成り上がろうという精神は理解できない。この男と話を続けていると、またしても頭がおかしくなりそうだった。
「そうか。もういい、話は終わりだ」
「スカしてんじゃねーぞ、雑魚がッ!」
話を切り上げて背を向けるが、またも魔法使いが怒鳴り声を上げる。
振り返ると、彼は右手に持った短い杖――ワンドを構えて魔法を行使していた。まさか直接攻撃してくるとは思わず、僅かに反応が遅れた己の身体に炎弾が迫る。
しかし、それは現れた光の結界――ミレイの防御魔法《セイクリッドバリア》に弾かれて霧散した。
「な、なんだとッ……!」
彼女が狼狽える魔法使いの足元を目がけて返すように《フレイムバレット》を放つと、それが地面に着弾して火柱を上げる。
刹那の出来事に男たちは反応できず、魔法使いと槍使いが腰を抜かして地面に倒れ込んだ。クラウザだけはその場に立っていたが、動揺しているのが見て取れる。
「反省して。それから罪を償って」
「フッ……! 馬鹿かお前は。オレたちがやったという証拠はないぞ」
「……改心しないなら、次は当てる!」
「ハハッ……! 脅しのつもりか? お前も理解はしているようだな。何かを成すために必要なものは力だ」
ミレイの低く威圧感のある声に、さしものクラウザもたじろいだが、あくまで考えを改めるつもりはないようだ。
凄絶な殺気を漂わせて睨みつけていた彼女は、程なくして彼らの方へロッドを向けた。
「やめろ!」
キョウヤはすぐさま彼女の腕を掴んで制止した。
許せないという思いは同じだ。だが、話の通じない男たちのために、その手を汚すことは見過ごせない。
これは人を救おうとしていた時とは意味が変わってくる。今回ばかりは絶対に譲るわけにはいかない。
「……邪魔しないで!」
「相手にするな! それは君がやるべきことじゃない。早く戻ろう!」
これ以上この場にとどまっていても、何も得られるものはない。彼らを糾弾したところで、魔物の脅威が去るわけでもない。
ミレイの手を引いて引き離そうとすると、最初は激しく抵抗された。それでも辛抱強く抑え続けると、その手を振り解けないことを悟ったのか、彼女は力なく付き従った。
やがて、街の中央に向かっている時のこと。
ふと前方を足早に歩くミレイの顔から光る雫が舞い、風に引かれて背後へと流れるのが見えた。
それは、キョウヤがこの世界に来て初めて目にした涙だった。




