第19話 破壊の闇
往来へと躍り出ると、《クォーツウルフ》二体がすぐ近くを徘徊していた。
キョウヤは引き寄せられるように勝手に前へと駆ける。直後、間近に迫った一体の魔物が飛びかかってきた。
行動は何度も戦った《グラスハウンド》と似ているが、その速度は段違いだった。鉱物が付着したような妙な格好だというのに、重量を感じさせない機敏な動作だ。
しかし、キョウヤの身体はそれ以上に迅速に動いていた。すぐ横を灰色の魔物が通り過ぎていき、続く二体目の突進も躱すと一息に振り向く。
頭の中にとある魔法が思い浮かんだ。理由は分からないし、考える余裕もない。
今なら行使できると己の中に潜む何かが告げている。視界に映る生命体を壊せという声が脳内に響き続けている。
自然と右手が前方へと突き出されると、掌の先で炎が燃え上がった。
熱を帯びた紅蓮の炎ではない。周囲の熱を全て取り込んでしまうような、底知れない漆黒の揺らめき。
あまりの冷たさに、使い手であるはずのキョウヤ自身も寒気を覚えた。それでも、その手を止めることは許されない。
「失せろ」
自分の口から出たとは思えない冷酷な一言とともに、膨れ上がった闇が前方に向けて解き放たれる。
二体の魔物の中間付近に着弾したそれは、瞬く間に燃え広がった。否、辺りを飲み込んでいったと表現する方が正しいかもしれない。
身体が痛みを訴えているが、キョウヤはそのまま黒い炎を眺め続けた。そして闇が燃え尽きた時、そこに存在していたはずの異形のオオカミたちは跡形もなく消え去っていた。
それが闇属性中級魔法《シャドウフレア》であることは疑いようもなかった。
格上だと認識していた敵を一撃で葬り去る圧倒的な闇。そのような強大な力がこの身に宿っていることに驚愕、戦慄する。
だが、思考とは裏腹に身体は止まらない。餓えた獣のように、次なる獲物を求めて歩き出す。
先刻通ってきた道を引き返していると、どこかから不気味な咆哮が轟いた。それに呼応するようにして、建物の陰から新たなオオカミが現れる。
水晶と一体化したような頭部はいかにも頑丈そうだ。四肢は鉱物で覆われ鋭利な爪のようになっており、一撃でも食らえば無事では済まないだろう。
しかし、恐怖を覚えることはない。眼前に存在するそれはただの餌でしかないと思えた。
疾駆する魔物の攻撃を避けるという選択肢は既に消えている。
迎え撃つように右手をかざすと、具現した暗黒の矢が跳躍したオオカミの胴体を撃ち抜いた。
「死ね」
再び身体が苦痛に苛まれたが、構わず腰のダガーを引き抜く。続いて、地に落下した敵の皮膚が露出している部位に向けてそれを振り下ろした。
助けを求めるように喚く獲物の腹を目がけて、何度も何度も刃を突き刺す。その行為は魔物が粒子となって消滅するまで止まらなかった。
「クソが……!」
身体が悲鳴を上げている。闇の力の代償はあまりにも大きい。
否定しなければいけないと分かっているのに、取り憑いた破壊衝動は一向に鎮まる気配がない。
「キョウヤ! 大丈夫!?」
フラフラと立ち上がった時、後方から少女の叫び声が響く。
ゆっくりと振り返ると、遠くでミレイが心配そうに見つめていた。男の治療を終えたのだろうか。
その彼女の方角へ、キョウヤは無意識に右腕を伸ばした。まるで次の標的を定めたかのように、順手に持ち替えたダガーの切っ先を向けていた。
「……! 違う……ッ!」
意思に反して動き出す身体を必死に抑えつけようと踏ん張る。
人を――仲間だった者を手にかけてしまえば今度こそ終わりだと、足りない頭が告げている。
――彼女だけは是が非でも護らなければならない。
その想いが脳裏をよぎると、心を覆っていた靄がいくらか晴れた気がした。同時に視界が光を取り戻していく。
「ッ……邪魔だ! さっさと逃げろ!」
近寄ってくるミレイを制止するため、自分でさえ不快に感じるほどの強圧的な声で警告した。
彼女は怖気づいたのか、慌てて路地に戻っていく。そして負傷した男を連れて出てくると、二人はこちらを一瞥した後に街の中央に向かって駆け出した。
男の動作は遠目にも痛々しさが伝わり、あまり速く走れてはいない。無事に送り届けられるかは、ミレイの力を信じるしかないだろう。
それよりも、今は自分自身に降りかかっている問題をどうにかしなければ。
「くっ……うああああっ……!」
意識が鮮明になったからだろうか。全身を襲う苦痛に耐えかね、膝をついて悶えることになった。
闇属性はMPに加えてHPを消費する。それを改めて思い知らされた。
これ以上その力を使えば、肉体的にも精神的にも限界を迎えるのは明白だ。
痛みを堪えて立ち上がると、近くの路地に飛び込んだ。先が袋小路になっていないことを確認し、物陰にへたり込む。
「ははっ……」
苦しみを誤魔化すように、乾いた笑いが漏れる。
先ほどまでの言動は異常だった。自分の中に別の何かが芽生えたような、そんな感覚だ。
「魔神の呪詛……か」
ソフィーの言葉を思い出す。神の有無は差し置くとして、闇属性が忌むべきものであることは確定的。
対の属性とはいえ、あの時のミレイも同じような心情だったのだろう。得体の知れない力を勝手に持たされて、素直に喜べるはずがなかったのだ。
その彼女とも縁が切れた。全ては己の精神の弱さのせいだ。
合理的という理由だけで命を切り捨てた。力がないことを口実にして楽な道へ逃げた。あまつさえ、純粋無垢な少女に嫉妬して罵倒した。
やり直せるとは思っていない。せめて一言だけでも謝罪する機会が欲しいと心から願う。
心身を穿つような痛みに苦悶していると、にわかに通りから轟音が鳴り響いた。
直後、複数の足音に金属音が続き、しばらくすると音が途切れた。他の冒険者たちが魔物を討伐したのだろう。
「いやー、倒しても倒しても湧いてくる。狩り放題だ!」
「油断はするな。ドロップを回収したら次に行くぞ」
緊張感のない軽薄な男と、それをたしなめる男の声。違和感を覚える会話だ。
じっと耳を澄ましていると、路地の入口付近から話し声が続けて聞こえてくる。
「街が滅茶苦茶だ……ほ、本当に大丈夫なのか……?」
「フン、気にするな。オレたちには関係のないことだ」
「所詮NPCだからな!」
どうやら男三人のパーティらしい。気の弱そうな男の声に、最初の二人が思い思いに喋り散らしている。
彼らの言い草からは、街を守るという意思が感じられない。それに妙な言葉が聞こえた気がした。
「や、やっぱりボス討伐に協力した方が……」
「依頼を反故にしてどうする? せっかくの機会だ。ついでに稼がせてもらうぞ」
「さすがクラウザ。そうこなくっちゃな!」
「来るぞ。構えろ」
再び魔物と交戦するらしく、クラウザと呼ばれた男とその仲間たちの足音が遠ざかる。
嫌な想像が頭をかすめた。見てはいけないものを見てしまったような、不吉な予感が広がっていく。
もしそうだとしても、今の自分にできることは何もない。キョウヤはその予想が外れていることを祈るしかなかった。




