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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
一章 始まりの街 アルドラスタ

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第18話 取捨選択

 キョウヤとミレイは、広場と北門を結ぶ大通りの西側にある道を駆けていた。

 街の北西へと伸びるその通りは朝も一度通ったが、その時は住人らしき人々が行き来していた。しかし、今は無人の往来と化している。

 耳に届く怒号や轟音が絶えることはない。左手に立ち並ぶ建物の向こう側には大通りがあり、その辺りで戦闘が行われているようだった。


「ま、待て」


 突如、右側の路地から若い男が飛び出し、キョウヤたちは足を止めた。

 薄汚れた質素な服を着ていることから、街の住民だと思われる。その顔は引きつり、額からは汗を流していた。極度の緊張状態にあるようだ。


「あ、あんたら冒険者、だろ! た、助けて!」


 彼は出てきた方角を指差しながら懸命に口を動かすが、呂律が回っていない。それだけ告げると、ふらつきながらも一目散に走り去っていった。

 キョウヤは隣に立つミレイに目配せしてから、その路地の奥を覗いた。

 二人が並んで歩ける程度の狭い通路、その先の行き止まりに一つの人影。手前には魔物のコアらしき丸い物体と、その周囲には血痕が飛び散っている。


 慎重に近付いていくと、そこには思わず目を背けなくなるような光景があった。

 身なりの整った男がうずくまり、腹部からは血がダラダラと流れている。

 苦痛に歪んだ顔は生きている証左ではあるが、とても「大丈夫ですか」などと声をかけられる状態ではない。

 その惨状にミレイは目を大きく見開き、手で口を押さえて固まっていた。


「治療します。動かないでください」


 キョウヤが膝を折り左手をかざすと、男の傷口を淡い光のようなものが包み込んだ。

 マナを生命力に変換して注ぎ込み、身体の再生を加速させる治癒魔法。今使用しているのは、その中でも最も基本的な《ヒーリング》だ。

 残念ながら、こちらの世界の治癒魔法に即効性はないようだ。使っただけでHP(ヒットポイント)が回復するような単純なものではないということだろう。

 男の苦悶の表情は変わらず、血液の流出も止まらない。


「……俺の魔力では足りないな。ミレイ、治癒魔法の使い方は分かるか?」

「大丈夫、わたしが助ける」


 ショックから立ち直ったミレイが続けて治癒魔法を行使すると、男の表情が幾分か和らいだ。

 元々の魔力が強い上にロッドで増幅しているだけあって、効果の差が顕著に現れているようだ。


「申し訳ありません……私も腕に覚えはあったのですが……。相打ちになるとは……情けない限りです……」


 男は辛うじて魔物の討伐には成功したらしい。状況からして、先ほど逃げた青年を助けるために戦ったと推測できる。

 上品な服からして冒険者のようには見えないが、戦える実力と勇気を備えていることは確かだ。


「俺は周囲の警戒をする。治療は頼む」

「分かった。任せて」


 どこかで轟いた魔物の咆哮が気にかかり、キョウヤは路地の入口に戻ることにした。

 彼女のおかげで男の命は繋がりそうだが、魔物と遭遇してしまえば助ける余裕はなくなってしまう。

 顔だけを覗かせて通りの様子を探ると、先ほどまでは見当たらなかった影があった。


「不味いな……」


 キョウヤの目が捉えたのは、水晶のような鉱物を纏った四足歩行の生命体。ゲーム時代の記憶を辿ると、オオカミ型の《クォーツウルフ》という名の魔物と合致した。

 北門からそう遠くない位置に点在する洞窟に生息しており、オオカミらしく複数で行動することが多いのが特徴の一つだ。


「魔物が近くにいる。このままでは見つかるかもしれない」

「そんな……!」


 治癒魔法に専念していたミレイが悲痛な声を上げる。

 男の傷は多少塞がってきているように見えるが、未だ流血は止まっていない。これでは動くことさえできないだろう。


「私のことは後で構いません……。行ってください……」

 

 男は弱々しい声でそんなことを口にした。

 この局面で他人を気遣う精神は大したもので、見捨てるのは心が痛む。だが、具体的な解決法が思い浮かばない。


 彼を担いで運ぶことも考えたが、強敵から負傷者を護りながら逃げるのはリスクが大きい。

 ミレイも魔法が無限に使えるわけではないし、彼女の力に依存することが危険であることは昨日の戦闘が証明していた。


「ミレイ、行こう。先に救助を求めるべきだ」


 悩んだ末、キョウヤが選択した手段はそれだった。

 二人だけであれば逃走は難しくないため、まずは応援を呼んで助けてもらう。

 無論、男の救出が間に合う保証はないが、少なくとも全滅は免れる。

 駆け出しの冒険者の手に負える事態ではないのだから、これが最善の選択だ。


「……見捨てるのは嫌」

「そうじゃない。現実的な選択をするだけだ。そうしなければ……俺たちの命まで危ないんだ」

「言い繕っても事実は変わらない」

「そんなことは分かってる! 助けられるなら助けたい。でも俺にはその力がないんだよ……!」


 ミレイの冷たい言葉に、言い訳をするように切り返す。

 きっと理由が欲しかっただけだ。彼女でさえ諦めるのならば、それはどうしようもないことであると。


「キョウヤは先に戻って。少しでも可能性があるなら、わたしはそっちに賭ける」

「……自分の命を賭して赤の他人を救おうなんて馬鹿げてる」

「そうかもね。だけど、救いの手を差し伸べておいて投げ出すなんて、そんな無責任で残酷なことはしたくない」


 卑怯な思考をする自身とは裏腹に、ミレイが治療の手を止めることはない。その目には必ず救うという決意が込められているようだった。

 死が怖くないのだろうか。窮地でも己を曲げない理由は何か。様々な疑問が脳内を駆け巡ったが、やがて一つの結論に達する。


 結局のところ、力を持っているか持っていないかの差。人を救えるだけの力さえあれば、惨めな思いをしなくて済むのだ。

 そのような汚れた見解に心を支配され、ドス黒い感情が湧き立つのを感じた。


「力を過信するのも大概にしろ! 昨日の失敗をもう忘れたのか? 俺は君を気にかけて――」

「心配してくれてありがとう。これ以上あなたを傷付けたくないから、もう行って」


 怒りに任せた言葉をぶつけられたにもかかわらず、ミレイの返答は穏やかなものだった。

 それが余計に憤怒の感情を増幅させた。彼女が落ち着いていられるのは、自分の力に絶対的な自信があるからだろう。


「分かったよ! もう勝手にしろ!」


 言ってしまった。口にしてはいけない言葉だったのに。

 見捨てた。仮とはいえ行動を共にした仲間だったのに。

 もし彼女が無事に戻ってきたとしても、もう合わせる顔などない。罪悪感に苛まれ、後悔しながら生きていくしかない。


 どうして自分はこれほどまでに無力なのか。力があれば迷うことはなかったはずだ。

 この世界にこの身を呼び出した存在がいるのなら、今すぐにでも恨み辛みをぶちまけてやりたい。

 ――いや、違う。こんな理不尽な世界、壊れてしまった方が清々するに違いない。


 その瞬間だった。心臓がドクンと脈打つとともに、己の中で何かが弾けたような気がした。

 直後、凄まじい力が湧き上がる感覚。これまでに感じたことのない圧倒的なエネルギーが身体を満たしていく。

 それは断じて正常なものではないと頭では理解したが、もはや拒絶する方法などなかった。

 夜の帳が下りたように視界が暗くなる。霧が立ち込めるように思考が乱れていく。


「ああ……そうか」


 ――全部、壊してしまえば良い。

 あまりにも単純な解があったのに、なぜ今まで苦悩していたのか分からない。


「フフッ……ハハハハッ……!」


 狂ったような声が零れた。こんなにも気持ち悪い笑い方ができたのかと思うと、おかしくて更に笑いが込み上げてくる。


「キョウヤ……?」


 背後からミレイの怯えたような声が届いた。肩越しに振り返ろうとした身体が直前で停止する。

 今、彼女を見てはいけない。この身の中で渦巻く衝動をここで爆発させてはいけない。

 残された理性が見返ることを阻止する。そして、キョウヤは一直線に路地から飛び出した。

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