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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
一章 始まりの街 アルドラスタ

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第16話 暗闇の中で

《アルドラスタ》西側にある小さな森の一角、開けた空間の土の上に橙色の光が生まれる。

 ミレイがロッドに灯していた光を消すと、空き地を照らす焚き火の灯火だけが残された。キョウヤの向かい側に座った彼女は、その炎を興味深そうに見つめている。


「焚き火ってこんなふうに作るんだね。キョウヤ、意外とアウトドア派だったの?」

「……そう見えるか?」

「全然」

「だろうな。小さい頃の名残だよ。そこまで詳しいわけじゃない」


 細かい枝は森の至る所に落ちていたし、太めの木材は枯れ木の枝を風魔法で切り落として確保しておいた。

 急ごしらえで雑ではあったが、魔法のおかげで火を起こすのに苦労はしなかった。


 こういった知識は幼い頃の野外活動の影響で、なんとなく記憶しているだけだ。まさか別の世界でその経験が役に立つとは、当時の自分は夢にも思わないだろう。

 あの頃はただ目の前のことを全力で楽しんでいた。それが歳を重ねるに連れて人目を窺うようになり、捻くれた人格が形成された。昔の純粋な心は一体どこへ消えてしまったのか。


「小さい頃……」


 微かな呟きが耳に入り、キョウヤは現実へ引き戻された。

 ミレイは燃える炎をじっと見続けていた。その瞳は遠くの記憶を辿るように揺れ、言いようのない寂寥感が漂っている。

 彼女もまた過去の出来事を呼び覚ましているのだろう。だが、その面持ちは決して綺麗な思い出に耽っているようには見えない。


「ごめん」

「……? どうして謝るの?」

「嫌ことを思い出させたみたいで。他に何を言えばいいのか分からなかった」


 恵まれていた者が何か言ったところで、ともすれば厭味と受け取られかねない。何もかもが不正解に思えてきて、それでも言葉を絞り出そうとした結果だった。


「別にあなたが気にすることじゃない」

「そうか」

「でも、ありがとう。不器用なりに気を遣ってくれて」

「不器用は余計だ」


 彼女は何事もなかったかのように淡々と言葉を紡ぐ。

 キョウヤは逆に慰められたような気がして居心地の悪さを感じた。気を紛らわすためにポーチの中を探り、二つの麻袋を取り出す。


「……ところで、食欲はあるか?」

「うん」

「じゃあ食事にするか」


 念のため携帯食を買っておいたのは正解だった。空腹でも一日程度は耐えられる身体だとは思うが、精神的な疲労は計り知れない。もっとも、味に関しては全く期待できないが。


「干し肉とドライフルーツがあるから半分ずつ――うわっ」


 袋の中身を確かめていると、いつの間にかミレイが隣に腰を下ろしていた。驚いて手を止めてしまい、彼女に怪訝な目で見つめられる。


「うわって何」

「い、いや……急に近付くなよ。ビックリした」

「分けてくれるんでしょう? こっちに座った方が手間が省ける」

「それはそうだが……」


 草原ではやむを得ず接触してしまったが、今回はそれとは事情が異なる。

 こちらの警戒に反して、彼女は気にも留めていない様子だ。無自覚ほど厄介なものはない。


「……袋は置いておくから、好きに取ってくれていい」

「ありがとう。いただきます」


 それは、これまでの人生で最も質素と言っても過言ではない食事だった。

 薄くスライスされたドライフルーツは、やはり甘みが不足している。干し肉はとにかく硬い上に塩気も強かった。


「硬い……」


 ミレイも感想は同じようで、顔をしかめて肉を凝視している。

 心苦しくなったキョウヤは、近くに転がっていた丈夫な枝を手にした。ダガーで先を尖らせるように削り、出来上がった即席の串を彼女に差し出す。


「ほら、焚き火で炙ったら少しはマシになるんじゃないか」

「それなら、石の上に置いて魔法で加熱するのはどうかな?」

「危ないしマナの無駄だ。やめろ」

「名案だと思ったのに……」


 夜は長い。万が一に備えて力は温存しておくべきだ。

 キョウヤが雑に制止すると、彼女は不満げな表情を向けてきたが、やがて串に肉を刺して炙り始めた。

 パチパチと燃える焚き火の音と、時折遠くから届く獣や鳥の鳴き声を背景に、二人は黙々と食事を進める。

 質はともかく量は丁度良かったようで、しばらくすると袋の中身は空になっていた。


「ごちそうさま。お金は後で請求して」

「気にしなくていい。それより水分補給もしておいた方がいいぞ」


 食べ終えたミレイに、地面に置かれた赤い液体が入った瓶を指し示す。

 ポーションの類は薬草と水を調合して作られているためか、喉を潤す効果も得られた。無論、とても評価できる味ではないという大きな欠点はある。


「……いらない」

「諦めろ。この辺りだと雨が降らない限り水は確保できないからな」

「うぅ……魔法で解決できたらいいのに」

「夢の見すぎだ」


 この世界の魔法は決して万能ではない。無から有を生み出すわけでも、自然を操作しているわけでもない。使い手が放出したマナを変換し、物質や事象として顕現させているだけである。

 これはギルドで目を通した本に魔法の基本として記されていたし、自身で何度か試行して裏付けを取っていた。


 例えば、使い手が水を生成したつもりでも、それはマナが形を成した水の性質を持つ何かでしかなく、いずれ形を崩して自然に還っていく。

 つまり水魔法を極めたところで、喉の渇きを癒したり、湖を生み出したりすることはできない。そのような奇跡は、もはや人の領域ではない。


 とはいえ、生活において魔法が役に立たないというわけでもない。火で温めたり燃焼させる、風で湿気を飛ばすというのは、誰もが思い付くような使い方だ。

 自然に還るという点を利用すれば、水で汚れを落とした後に乾かす手間を省けたりもする。


「やっぱり不味い……」

「嫌なら次からは万全の準備をして外に出ることだな」


 ポーションを飲んで意気消沈するミレイに対し、キョウヤは冷ややかに忠告した。

 今回は世界に降り立って間もないこと、イレギュラーが発生したことを踏まえると、仕方なかったで済ますことはできる。

 しかし、この先は彼女自身で考え行動しなければならないのだ。


「冒険者って大変なんだね」

「俺も思い知ったけど、これが異世界の現実だ。それでも旅をしたいと思えるのか?」


 キョウヤはずっと引っ掛かっていた疑問を口にした。

 昼間、街を出る前にそのようなことを言っていたのを覚えている。厳しい現実に直面しても、なお理想を語れるものなのだろうか。


「……正直、甘かったとは思ってる。今のわたしは一人では生き残れない」


 ミレイは行いを省みるように物憂げに下を向く。

 思い上がりは自身も通った道であるし、咎める気はなかった。そのような反応を見せることも予想はしていた。

 だが、彼女はすぐに顔を上げて前を見た。それでも、と一呼吸置いて言葉を繋げていく。


「――自由を求める気持ちは変わらない。それに、この瞬間を辛いという一言で終わらせたくもない」

「これ以上ないくらい酷い一日だった気がするけどな」


 草原で倒れ、苦労して戻ったのに街に入れず、不味い物を口に入れ、満足に眠れない夜を過ごす。苦痛以外に何があるというのか。


「あなたには沢山迷惑をかけたから、そう感じるのは当然だと思う。ごめんなさい」

「違う。責めてるんじゃなくて、ミレイにとってという話だ」

「……わたしにとっては、大変だったけど充実した一日でもあった。知り合ったばかりの人と野宿するのは、さすがに予想外だったけど」


 微笑と困惑が混じったような複雑な表情が向けられる。

 決して良い体験とは言えないが、最悪と切り捨てるほどではないという意味合いだろうか。


「つまり、苦い記憶として残るってことか」

「どうだろうね。案外いい思い出になるかもしれないよ」

「――ッ!」


 不意に悪戯っぽく笑った少女を目にして、心臓が跳ね上がる感覚に支配された。

 彼女にその鼓動を悟られないよう、後ずさりするようにして座る位置を変え距離をとる。


「急にどうしたの?」

「俺も男だから距離感には気を付けた方がいい」


 首を傾げるミレイに向けて、可能な限りマイルドな表現を選んで警告する。

 無自覚な言動はあるが、彼女の性格は天然のそれとは違う。これでも十分に伝わるはずだ。

 案の定、彼女は少し考え込む様子を見せた後、納得したように頷いた。


「ああ、そういうこと。別に大丈夫だよ」

「……は?」


 しかし返答は正しく伝わったのか判断がつかないものだった。一体何が大丈夫だというのか。

 困惑するキョウヤが次に聞いたのは、耳を疑うような非情な言葉だった。


「過ちがあれば、邪念ごと浄化してあげるから」

「……物理的に消すって聞こえたんだが」

「正解」


 ミレイはわざわざ地面に置いていたロッドを手にして、先端をこちら――より正確にはその下半身――へと向ける。

 彼女がこのジェスチャーをするのは二度目だ。そして今回は冗談抜きでやりかねないということが、凄まじい殺気とともに伝わった。


「勘弁してくれ……」

「あなたが自制すればいいだけの話」

「わ、分かったから。武器をこっちに向けるな」


 ロッドから手を放した彼女は身体を覆い隠すようにケープを纏い、ゴミを見るような目を向けてくる。

 その仕草はとても愛らしく見えたが、絶対に口に出してはいけない気がした。


「もう休むか……」


 キョウヤにとっては草原の戦闘よりも、ミレイと会話する方が難易度が高く思えた。

 ただ、決して嫌悪感や不快感を与えてくるものではない。例えるなら娯楽施設で遊び尽くした帰りのような、心地よい疲労に近かった。


「じゃあ見張ってるから、キョウヤが先に休んで」

「いいのか?」

「わたしは夕方寝たから平気」


 彼女に疲労は見受けられず、体調もすっかり元通りのようだ。身体の限界が近いことを悟ったキョウヤは、その厚意に甘えることにした。


「助かる。何かあったらすぐに起こしてくれ」

「分かった」


 近くの木にもたれかかった瞬間、緊張が解けたのか身体が一気に重くなる。

 この世界に来た初日だというのに、まるで嵐のような一日だった。その膨大な記憶を整理しているうちに思考がぼやけていく。


「おやすみ。今日はありがとう」


 微睡みの中、ミレイの優しく包み込むような声が聞こえた気がした。それがトリガーとなったのか、キョウヤの意識は静かな闇に溶けていった――。

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