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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
一章 始まりの街 アルドラスタ

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第15話 宵闇の草原

 夕日が沈み闇に包まれつつある草原を、二人は西に向かって歩いていた。

 北西ではなく西に進んでいるのは、ミレイの体調が万全ではないためだ。

 薄暗い草原を歩くのは足を取られやすいが、街から南に伸びる街道に辿り着きさえすれば、その問題は解決する。

 魔法で明かりを灯すことはできなくはない。だが、適性が低いこの身では長時間維持できる保証はないし、ミレイに頼るなどもってのほかだ。


「あっ……!」


 斜め前を足早に歩く彼女が躓いたのを見て、咄嗟に手を掴んで身体を引き寄せる。

 銀色の髪がふわりと顔を撫で、意に反して心臓の鼓動が早くなった気がした。


「ごめん、ありがとう」

「まだ先は長いし、一度休むか?」

「大丈夫。真っ暗になる前に戻らないと」


 ミレイは健気に振る舞っているが、その足取りは軽いとはいえない。やはり無理をしているのだろう。


「光の力は絶対に使うな。戦闘も基本は俺が引き受ける」


 やや強い口調で伝えると、彼女は肩を落としながらも無言で頷いた。

 この状況で余計な力を使わせることは避けたい。特にマナの消耗が多いと思われる光魔法の使用は厳禁だ。


 戦闘を避けるため慎重に進んでいるのだが、闇に溶けるように蠢く魔物の全てを回避するのは困難だった。

 灰や黒の魔物は特に視認性が悪く、気付いた時には接近を許していた。《ダーティラット》と《トリッククロウ》が一体ずつ、前方から襲いかかってくる。


 キョウヤは身体に風を纏うと、瞬時にネズミに接近して刺突で葬る。この魔物は遠距離攻撃が鬱陶しいため、先に処理するのが定石だ。

 すぐにミレイの元へと戻ると、彼女を狙って急降下してきたカラスを左腕で弾いた。接触した部位に小さな痛みが走るが、意に介さず空中で体勢を崩した敵を貫いて戦闘を終わらせる。


「あまり無茶はしないで」

「……君に言われたくはないな」


 ミレイの方こそ身体に鞭打って歩いているのだから、多少の傷など気にしている場合ではない。あえて彼女の言葉を受け入れないことで、キョウヤは己を奮い立たせた。

 その後も街道に着くまでに幾度かの戦闘が発生したが、彼女に戦わせることはなかった。戦い慣れてきているのか、この辺りの魔物は少数ならば容易に倒せるようになっている。


「キョウヤ、《ティルナノーグ》をどれくらいやり込んだの?」


 黙々と道に沿って北上していると、少し余裕が戻った様子のミレイが口を開いた。

 やり込むではなく、のめり込むの方がニュアンスとしては正しい気がしたが、あまり深く考えるのはやめておいた。


「四年くらい……休止していた時期を除くともう少し短いか」

「そんなに。色々と慣れているのも納得」

「あまり当てにはするなよ。こっちでは役に立たないこともあるし、それに――」


 その気になれば、無知な彼女を騙して利用することもできる。

 己は断じて聖人ではないと自認している。本当に進退窮まった時、保身に走ることも十分にあり得る話だ。


「……それに?」

「いや……俺は無力な一般人でしかないんだ。この世界で暮らすなら、この世界の知識を身に付けて、強くならないといけない」


 それは彼女への警告であり、自戒の言葉でもあった。

 古い知識だけで生き延びることは難しい。ここはゲームのような幻想的な世界に見えて、もう一つの現実ともいえる世界なのだから。


「それでも、最初にあなたと会えて良かった。あのまま独りだったら死んでいたと思う」

「そりゃ、ロッドを振り回すようなヤバイ奴だったし」

「むぅ……それはもう忘れてほしいんだけど」


 初めて街の外で見かけた時の光景を思い出して茶化すと、ミレイは拗ねたように顔を背けた。こういうところは見た目相応のあどけない少女といった印象を受ける。

 同じように仮面を被って生きてきたため、どちらが彼女の本来の姿であるかは一目瞭然だった。


 そんなことを思いながら歩き続けていると、街の明かりと石の壁がはっきりと見えてきた。

 ようやく安全な場所で休めると思い安堵するが、街に近付くにつれて徐々に不安が募っていく。その理由は街と草原を隔てる門の存在だった。


「閉まってるな」

「閉まってるね」


 キョウヤの声にこだまするようにミレイの言葉が返ってくる。

 街の入口にある両開きの門は、全てを拒むかの如く固く閉じられていた。よくよく考えれば、夜間に敵が侵入しないように門を閉じるのは当然のことだ。

 ゲームのように自由に出入りできるようでは、街の警備は機能しないだろう。


「どうするの?」

「期待はできないけど、試してみるか」


 上空に向け《ファイアボール》を数回に分けて飛ばし存在をアピールする。だが、しばらく待っても内側からの反応はなかった。

 身元も分からない人間を迎え入れることはできないと、無視という名の返答をされた気がした。


「壁を越えるのは……捕まるよね」

「……だろうな」


 門も壁も大人の背丈よりも高い程度で、工夫をすれば乗り越えることも不可能ではない。

 しかし、そのような手段は想定されているはずだ。見えない結界などで通過できないか、侵入しようとすると検知されて見張りが飛んでくるか。

 正規の入口が閉じているのだから、無断で入り込めばろくな結果にならないことは予想できる。


「ごめん、わたしが足を引っ張ったせいで――」

「それはもういい。起きたことは仕方ない」


 またも申し訳なさそうにする彼女の言葉を遮ると、この後の行動を思案する。

 既に辺りは暗闇に包まれており、街から零れ出る光のおかげで互いの表情が辛うじて確認できる程度だ。


「まあ、野宿しか思い付かないな……」

「うん、そんな気はした」


 名案が浮かばず気が滅入るキョウヤとは裏腹に、ミレイの声は気落ちしたようには感じられない。男と二人で野宿など、拒否されてもおかしくはないのだが。


「意外と普通に受け入れるんだな」

「他に方法もないから。起きたことは仕方ない、でしょう?」


 目覚めた直後の弱り果てた姿はどこへやら、その芯の強さに気圧される。

 見栄を張っているわけではなく、こんな状況でも悲観せずに前を見ているのだろう。


「……そうだな。じゃあ、壁沿いに街の西側へ行こう」

「この辺りは駄目なの?」

「念のため、隠れる場所があった方がいい」


 街の近くに魔物が寄り付くことは稀だが、野晒しになるのが欠点だ。それに危害を及ぼすのが魔物だけとは限らない。

 ここより西、南の草原と北の山を隔てる境目のエリアであれば、木が多いため身を隠しやすく雨風も凌げる。魔物もほとんど生息していなかった記憶がある。


「分かった。街の西だね」


 ミレイは一度深呼吸すると、ロッドの先端に明かりを灯した。暗闇を切り裂くように周囲が眩く照らされる。


「待て、その力は――」

「もう回復したから平気。借りは返させて」


 それだけ告げると、彼女は迷いなく歩き出す。

 言っても聞かないと判断したキョウヤは、軽くため息を吐くと彼女の背を追いかけた。


「――また倒れても知らないからな!」


 強く、そして優しく輝く光は、まるで草原に咲く一輪の花のようだった。

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