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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
一章 始まりの街 アルドラスタ

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第14話 力の代償

 ミレイの意識がすぐに戻ることはなかった。呼吸は正常で外傷も見当たらないため、深い眠りに落ちているというのが正しいのかもしれない。

 密着する彼女の温もりを受けて、この世界の人の感触は紛れもなく本物だと思えた。こうして人の体温を感じたことは、小さい頃に両親に抱擁された時くらいしか覚えがない。

 こちらに体重を預ける少女は想像していたよりもずっと軽かった。その姿は無防備としか言いようがなく、意識すると身体が熱を帯びる感覚に襲われた。


「いや、馬鹿か俺は……」


 自己嫌悪しつつ邪念を追い払うと、ミレイを草の上に静かに寝かせた。

 彼女が倒れた原因は多量のマナの消費だと推測する。消耗の多いであろう光属性の魔法を乱用していたし、最後は中級魔法まで使用したために限界に達したのだろう。

 マナの残量が少なくなると体調が悪くなるのは経験済みだ。自分の場合、意識にまで影響を及ぼすことはなかったが。

 せめて起きていれば買っておいたマナポーションが使えたものの、この状況では飲ませることもできなかった。


 今のところ周囲に敵の気配はない。キョウヤは麻袋を肩に掛けると、周辺に散らばっていた魔物のコアを拾っていく。

 イノシシが残した核は通常の物より一回り大きかった。こちらの世界でもボス扱いだということだろうか。とにかく、これだけの成果があれば宿屋で二部屋借りてもお釣りが来るはずだ。


 回収中にミレイが目覚めることを期待したが、相変わらず静かに眠り続けている。

 しかし、遮蔽物が存在しないこの場にこれ以上とどまるわけにもいかなかった。もし複数の魔物に遭遇してしまえば、彼女を護りながら戦うのは難しいだろう。


 北西方向に目を向ける。街からはかなり離れてしまっており、魔物に遭遇せず戻ることはできそうにない。

 ならばと東側を見やると、少し先に何本かの木と近くには水面も目に入った。街を横断して東に流れ出た川が、南寄りに向きを変えて流れ込んでいるのだ。


「ごめん」


 勝手に触れることに負い目を感じながらも、ミレイをうつ伏せにさせると、ゆっくりと上半身を起こして正対させる。そのまま彼女の腕の下に首を入れ、右腕で下半身を持ち上げた。


「確かこんな感じだったはず」


 何かで見かけた記憶を頼りに慎重に担ぎ上げると、地に突き立てておいたロッドを左手で回収した。戦う余裕はないが、移動するだけであれば問題はなさそうだ。

 魔物に見つからないように細心の注意を払いながら歩を進めると、幸い戦闘が発生することはなく川のほとりに辿り着いた。


 未だ眠ったままのミレイを近く木にもたれかけるように座らせる。木の幹は意外と太く、彼女の姿を隠すのに適していた。

 東側は川のおかげで容易には通れず、西側の草原からは死角になっている。魔物が何を頼りに人を認識しているのかは不明だが、それなりに安全な場所であることは確かだ。


 警戒のため西側へ目を向けると、傾いた太陽が空を赤く染め始めていた。今はまだ平気だが、辺りが暗くなればそれだけ襲撃のリスクが高まっていく。

 だが、焦燥感に駆られたところで何もできることはない。川のせせらぎと草木が揺れる音の中、キョウヤは少女の目覚めを祈る他なかった。





「うぅ……ん……」


 いくらかの時間が経った頃、ミレイのおぼろげな声が耳に入った。敵の気配がないことを確認すると、彼女の前に膝をついて声をかける。


「起きたか?」

「……ここは……わたしは何を……?」

「倒れて眠ってたんだよ。悪いとは思ったけど、安全な場所まで運ばせてもらった」

「……そう。ごめんなさい」


 ミレイは立ち上がろうとするが、すぐにふらついてバランスを崩してしまう。そんな彼女を受け止めると、そっと押し戻すようにして再び座らせた。


「まだ無理だ。動かない方がいい」

「……ごめんなさい、迷惑ばかりかけて。わたしは、また失敗を……」


 また、というのが何を差しているのかは分からなかったが、彼女の震える声音からは恐怖の感情が漏れているように思える。

 なんとなくではあるが、キョウヤにはそのような心境に心当たりがあった。


「迷惑だなんて思ってない。初めて使った力なんだから、勝手が分からないのも仕方ないだろう」

「でも……!」

「一応は、仲間だからな。俺は役目を果たしただけだ。見殺しにしたら寝覚めが悪いし」


 意趣返しというわけではないが、一応という言葉を強調しておく。

 今回の件でミレイの力にも問題点があることが浮き彫りになった。おそらくだが、彼女は失望の目を向けられることを怖れている。

 しかし、今の二人はあくまで一時的な協力関係にすぎない。過信しなければ幻滅することもないし、お互いのためにも適切な距離を保つべきだ。


「もういいから、これでも飲んで休んでいてくれ」


 まだ何か言いたそうにしている彼女を押しとどめると、ポーチから青い液体の入った小さな瓶――マナポーションを取り出して手渡した。

 これだけで調子がすぐに戻るとは思わないが、役に立たないということはないだろう。


 そのまま立ち上がり、木の裏へ回り込んで草原を見渡した。太陽は雲に隠れてしまっているものの、光の位置から日没が近いことは判断できる。

 できれば暗くなる前に街に戻りたかったが、満足に動けない彼女を連れて帰るのは難しい。


「キョウヤ」


 不意に背後から呼びかけられる。話を蒸し返すのかと思ったが、次いで届いた言葉は予想とは大きく外れていた。


「遅くなったけど、助けてくれてありがとう。これだけはちゃんと伝えておきたくて」

「……どういたしまして」


 ミレイのストレートな物言いは今に始まったことではないが、こうも堂々と感謝されると調子が狂う。

 気恥ずかしくなってしまい、キョウヤは一言だけを静かに返すにとどめた。彼女もその受け答えだけで満足したようで、口を閉ざした様子だったが――


「うぇっ……まず……!」


 突然、ミレイの吐き気を堪えるような声が響き、思わず吹き出してしまった。

 普段は冷静な少女が変な声を上げてしまうほどに、マナポーションの味は良くないらしい。


「キョウヤ、何がおかしいの……!」


 羞恥を誤魔化すような不機嫌な声がますます笑いを誘う。

 木の幹を挟んだ他愛ないやり取りが、張り詰めていた心にひと時の安らぎをもたらしていた。

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