第119話 部屋の中で
目が覚めると、見慣れた天井が視界に入った。
身体が鉛のように重い。記憶は王都に着く直前で途切れている。
どうやら意識を失ってしまい、知らぬ間に自宅まで運ばれていたようだ。
「あ、起きた……?」
視線を動かすと、寝台の横の椅子に座っているミレイの姿が目に入った。
銀髪が橙色に照らされて淡く輝き、顔には小さな安堵の笑みが浮かんでいる。
夕日が差し込んでいることから、思った以上に長く眠り続けていたと理解した。
「……もしかして、ずっと付き添ってくれていたのか?」
「当たり前でしょう。急に倒れて、心配したんだよ」
自分は寝ていただけなのに、相棒は一睡もせずに見守ってくれていた。
優しさが心に染みるが、同時に少なからず後ろめたさを感じた。
彼女も消耗が激しいというのに、余計な気を遣わせてしまったのだ。
「まだ動いちゃ駄目」
強引に起き上がれば、ミレイが身を乗り出して制止してくる。
動きは素早かったが、まるで壊れ物を扱うように慎重でもあった。
だが、別に動けないほどではない。今は彼女の手を煩わせたくはなかった。
「これくらい平気だ」
「全然、平気じゃない!」
「ぐぇ……!」
怒気を含んだ声が響いたと思えば、次の瞬間には押し倒されていた。
突然の力に抵抗する間もなく、背中が柔らかな布に沈み込む。
打ち付けられた肉体に鈍い衝撃が走り、間抜けな呻き声が漏れた。
「あ、ごめん……痛かったよね」
ミレイはいつの間にかブーツを脱ぎ捨て、寝台に上がってきていた。
静かに身体が起こされ、背に腕が回される。前回とは違い、穏やかに抱き締められる。
体温が布越しに伝わり、心臓の鼓動が響いてくるようだった。
こうして触れ合うのは何度目だろうか。慣れてきてしまっている自分が怖い。
「戻ってきてくれて、ありがとう……」
「ミレイのおかげだ。闇に呑まれても、君の声はちゃんと届いていたよ」
「えっと、全部……?」
「いや、そこまでは分からないけど」
一言一句を正確に記憶しているとは言い難いものの、必死に語りかけてくれたことは知っている。
絶望の闇に絡め取られた中で、彼女の言葉は心の底まで届く一筋の光だった。
「そ、そうなんだ……」
ミレイはなぜか気まずそうにしており、耳が赤く染まっていた。
変なことを言われた覚えはないが、言及はしない方が良いだろう。
やがて抱擁が解かれ、彼女と向き合う形になった。なんだか微妙な空気が流れている。
「と、ところで、闇の力はどうなったの?」
「相変わらずだよ。前より馴染んでいる気もする」
目を逸らしながら問いかけてくる相棒に、嘘偽りない事実を告げた。
爆発して放出されたわけではない。リリアの闇も依然として残っている感覚がある。
体内に根を張った影は、もはや自分の一部として息づいているかのようだ。
「そっか、ごめんね。わたしが地底湖の調査を引き受けなければ、キョウヤが苦しむことはなかったのに……」
「それは違う。リリアから力を与えられていなければ、もっと酷い目に遭っていたかもしれない」
結果論でしかないが、絶体絶命の局面を切り抜けられたのは闇の力のおかげでもある。
ラージュとの駆け引きには必要不可欠だった上、暴走しなければリリアやクラウザは止められなかった。
「そういえば、クラウザたちはどうなったんだ?」
「あの二人なら王城に連行されたよ。リリアに操られていた人は息を引き取ったみたい……」
「そうか……」
ソフィーを襲撃した人物は気の毒としか言いようがないが、クラウザとダストは因果応報だ。
力を追い求めた果てにあったのは自滅という結末。結局、最後に話す機会さえ訪れなかった。
もっとも、この期に及んで和解できる気はしないし、言葉を交わしたいとも思えなかったが。
「とにかく、君が無事で本当に良かった」
彼らの卑劣な行為を想起してしまい、思わず身震いしていた。
大切な相棒が傷付けられるなど、考えただけで胸が苦しくなる。
「良くないよ。このままじゃ駄目」
「……? 急にどうしたんだ」
「これ以上、あなたに負担はかけられない。次にリリアと遭遇した時は、絶対に殺す……!」
突如、ミレイの声色が冷たくなった。その威圧感には寒気を覚えるほどだった。
彼女の瞳に宿るのは冷徹な光。普段とは別人のような雰囲気を醸し出している。
これまでも敵に対して非情な態度を見せることがあったが、どこか危うさを感じてしまう。
「一人で抱え込むな」
「……駄目だよ。わたしが甘えていたら、またキョウヤが傷付くことになる。だから、わたしが殺らないと。今度こそ、わたしの力であなたを護って――」
「ミレイ!」
聞くに堪えず、声を張り上げながらミレイの肩を掴んでいた。こちらの意見を無視して話を進められるのは心外だった。
「お互いに支え合うのが本当の相棒じゃなかったのか?」
「でも、あなたにばかり辛い思いをさせて……!」
「勝手な考えを押し付けるなよ。君が思っているのと同じで、俺だって君に無茶はしてほしくない。君が傷付けば、俺も辛くなる」
対等な立場であり続けるのなら、一人だけが矢面に立つことがあってはならない。今更この関係性を崩したくはなかった。
「ごめん、なさい……」
「俺は大丈夫だから。これからも隣で笑っていてほしい」
「うん……ありがとう、キョウヤ……ッ!」
再び胸に飛び込んできた相棒を受け止め、そっと引き寄せる。
強く抱き付いてくる腕の力が、互いの絆を再確認させるようだった。
夕焼けの色と深い静けさに包まれた部屋の中、戦いの傷が少しずつ癒えていく気がした。
更新が大幅に遅れており、誠に申し訳ございません。
今後もお付き合いいただけましたら幸いです。




