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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
四章 王都 リグブレス 後編

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第118話 抱擁

 漆黒の世界に、己が佇んでいる。

 目の前には暗闇がどこまでも広がっていた。


 しかし突如、空間が割れて眩い光が差し込んだ。

 天使のような少女が現れ、ゆっくりと近付いてくる。


「キョウヤ」


 慈愛に満ちた声を受けて、咄嗟に彼女に向け腕を伸ばす。

 差し出された手を取ると、身体が一気に引き寄せられた。


「大丈夫……大丈夫、だから……」


 強く抱き締められ、少女の体温が身に染みていく。

 いつの間にか、周囲は白の領域へと変貌を遂げていた。


「……ありがとう」


 光が溢れた空間に、己の穏やかな声が響く。

 纏っていた闇の気が、静かに霧散していった。





 ◇ ◇ ◇





 最初に襲ってきたのは、頭が割れるような感覚だった。

 続けて、全身が凄まじい苦痛に苛まれていることを認識した。

 視界が明滅している。息を吸うのも一苦労で、ただ耐えることしかできなかった。


「俺は、何を……」


 身動きが取れない。柔らかく温かい何かに包まれている。その感触と温度が人のものだと理解するのに時間はかからなかった。

 顔を下へ向ければ、僅かに赤みが混じった銀髪が目に入る。ミレイに抱き締められた気がしたが、どうやら夢ではなかったらしい。


「ごめん……ごめんね、キョウヤ……ッ」


 彼女の声が脳を刺激し、曖昧だった記憶がよみがえる。断片的な映像が洪水のように押し寄せる。

 追い詰められ、感情を爆発させた結果、闇に呑まれてしまった。その後は衝動が抑えられず、無我夢中で戦い続けていた。

 自分がどれほど愚かで残酷だったかを突きつけられ、胸が張り裂けそうになった。


「ミレイ……ごめん、心配をかけた」

「あ……キョウ、ヤ……?」


 ミレイが躊躇いがちに顔を上げると、至近距離で視線が交わる。

 潤んだ赤い瞳はルビーのように美しく、気付けば目を奪われていた。

 彼女の頬を一筋の涙が伝う。その一滴が心に小さな波紋を広げた。


「本当に、キョウヤなの……?」

「……俺じゃないなら、誰に見えるんだよ」


 見つめられるのが面映ゆく、つい軽口を叩いてしまう。

 途端、背に回された彼女の腕に力が込められ、激痛に見舞われることになった。


「ちょ、ミレイ……! 痛い、痛いから!」

「良かった。戻ってきてくれたんだね……!」

「戻った! 戻ったから、締めるのはやめてくれ!」


 相棒に抱き締められているというのに、今だけは素直に喜べなかった。

 酷使された肉体が悲鳴を上げている。このままでは気を失ってしまいそうだ。


「……これ、どういう状況なのかしら?」

「あたしら、一体何を見せられているんだろうね……」


 不意にアストラとティアナの呆れたような声が耳に入った。

 慌てて周囲を見渡せば、《フリーダム》の面々が遠巻きに眺めていることに気付く。

 誰もが微妙な距離を保ちつつ、興味と気まずさが混じった表情でこちらを窺っていた。


「……二人とも、今はそっとしておいてやれ」

「同感です。見なかったことにしておきましょう」

「そ、そうですね……」


 リベルは苦笑いを浮かべ、マリウスはため息を隠さず、クロエは頬を染めて目を逸らした。

 まるで公開処刑だ。すぐにでも逃げ出したい気分だったが、全く解放される気配はない。

 ミレイの過激な抱擁は、言葉では言い表せない情熱を、痛みを通して刻み込んでくるようだった。



 数分の後、ようやくマリウスから治療を受けられることになった。

 色々な意味で痛い目に遭ってしまい、心身共に限界を迎えている。

 彼のスタッフから注がれる淡い光が身に染みるようだ。おかげで徐々に気持ちが楽になっていく。


「ところで、そこで伸びている二人はどうするんだい?」

「彼らの所業は断じて許されるものではありません。冒険者ギルドからは除名、身柄は王宮に引き渡すことになるでしょう」


 ソフィーは無事に意識を取り戻し、ティアナに介抱されている。二人はクラウザとダストの処遇について話していた。

 ギルド職員の証言がある以上、もはや言い逃れはできない。これで《アルドラスタ》から続いていた因縁は断ち切られた。


「あの、キョウヤはどうなるんでしょうか……?」


 今度はミレイがおずおずと問いかけた。不安は隠し切れていない。

 それも懸念事項の一つだ。これだけ暴れておいて不問というわけにはいかないだろう。

 冤罪で王宮に捕まった時とは状況が違う。どのような罰が下されても文句は言えない。


「現段階では断言できません。ただ、此度はわたくしに責任がございますから、穏便に済むように提言させていただく所存です。皆様を危険に晒してしまい、誠に申し訳ございませんでした……」


 ソフィーが深謝するのを目にして、胸がチクリと刺されたように疼いた。

負の共鳴者(アンチ・レゾナンス)》を甘く見ていたのは否めない。そのせいで彼女に負担をかけてしまった。


「あまり思い詰めないでください。ソフィーさんに過ちはありませんよ」


 リベルの言う通り、ソフィーが責められるいわれはない。

 彼女の助力がなければ、もっと悲惨な結末を迎えていたに違いないのだから。

 皆が同じ思いを抱いていることが、この場の優しい空気から伝わってくる。


「とにかく、そろそろ戻りましょう。ここに居座り続けるのは危険よ」

「それもそうだな。アストラ、男を運ぶのを手伝ってくれ。ティアナとマリウスは護衛を頼む」


 熟練冒険者の四人は冷静で、あっという間に役割を決めて動き出す。

 戦いの余韻がまだ残る中、仲間たちは互いを労わりながら前を向いていた。

 こうして《フューズ大森林》の激戦は幕を閉じ、森は再び静けさを取り戻していった。

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