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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
四章 王都 リグブレス 後編

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第116話 狂気

 痛い、辛い、苦しい。これまで経験したことがない衝撃が絶えず襲ってくる。

 土の塊を頭にぶつけられたかと思えば、全身の至る所に雷の矢を突き立てられる。

 無理やり掴み上げられ、腹を蹴飛ばされ、地面に押し倒される。気を抜けば意識を手放してしまいそうだ。


 頭部が激痛に苛まれている。鼻を突くのは血の臭いだろうか。

 身体が命令を拒否している。痺れは一向に消え去る様子がない。

 抵抗は許されなかった。唯一できたのは、相手を睨みつけることだけだった。


 魔女が指示を飛ばすと、今度は男が下品な笑みとともに近付いてくる。

 仰向けに転がされた自分の胸に向けて、悪意に染まった魔の手が伸びてきた。

 腕に力が入らず、振り払うことができない。この後の展開など分かり切っている。


 軽薄な男の手が素肌に触れた時、その異変は起きた。

 相棒の叫び声が轟き、次に凄まじい闇の嵐が巻き起こった。

 魔女リリアは楽しげに宣言する。ゲームオーバーという、背筋が凍るような一言を。


「なんだ、これは……! 何が起きている……!?」

「おい、クラウザッ! 一体どうなっているんだッ!」


 キョウヤと対峙していたはずのクラウザが狼狽している。

 この身を弄ぼうとしていたダストは、仲間に連動するように喚き始めた。


「キョウ、ヤ……!」


 肉体の悲鳴を無視して身を起こせば、禍々しい空気の中心に立つ彼の姿が目に映った。

 吹き荒れる風に黒髪が揺さぶられ、黒いコートは意思を持ったかの如くはためいている。

 影が差した顔に浮かぶ瞳は異様に赤い。その狂気に満ちた双眸は飢えた獣を連想させた。


「クラウザ、お疲れ様。もう下がって大丈夫だよー」


 そんな中でも一人だけは冷静だった。この瞬間を待ち望んでいたかのようだ。

 痛む頭を働かせれば、キョウヤが地底湖で闇を埋め込まれたことを思い出す。

 リリアがその場でゆっくりと左手を伸ばした途端、全身を悪寒が駆け巡った。


「やめ、て……!」

「フフッ……もう遅いよ。アナタの大切な人は、これでワタシのもの」


 勝ち誇りながら嗜虐的に笑う彼女は、悪辣な魔女そのものだった。

 その掌から黒い糸のようなものが放たれ、うねるようにしてキョウヤの元へと向かう。

 あっという間に、彼とリリアを繋ぐ一本の線が構築されていた。


「あ、あ……」


 奪われる。消し去られる。培ってきた大事なものが、何もかも。

 世界を一緒に回ると決めたのに。世界で一番大切な人だったのに。

 ――どうして、現実はこんなにも残酷なんだろう。


「ああ、最高……! そういう顔が見たかったんだよねー」


 リリアが恍惚とした表情を浮かべている。逆に自分の顔は絶望に沈んでいるに違いない。

 彼女の笑い声とクロエの泣き叫ぶ声が入り交じる。地獄のような光景に心が折れそうになる。


「――ッ! 力が、通じない……? どういうこと……!?」


 その時、二度目の異変が生じた。繋がれていた黒い線が揺らぎ、弾けるようにして切断される。

 リリアが取り乱していることから、不測の事態に発展したことだけは理解できた。


「アアアアアアアアッ!」


 苦しそうな咆哮が耳をつんざく。それだけで胸が張り裂けそうになる。

 自らの意志だけで拒絶したようには見えない。とても楽観できるような状態ではなかった。


「どうして……? 仕込みは完璧だった。抗うなんて前例はなかった。何か見落としている? いや、そんなことはないはず。そもそも、あんなに強い力を与えた覚えはない……!」


 リリアが早口で独り言を発している。彼女から伝わってくるのは焦燥感だけだ。

 異常を引き起こしたとすれば、その原因は一つ。元々備わっていた闇の力以外には考えられない。

 黒い気配が一層強まる。凍えるような殺気が、余すことなく前方に向けられていた。


「リリア、早く状況を説明しろ!」

「ワタシにも分からない! とにかく足止めして!」

「チッ……! 勝手なことを!」


 リリアに強化魔法を施され、クラウザが悪態をつきながら突進する。

 対するキョウヤは全く動かない。無防備な彼に向けて凶刃が振り下ろされた。


「……ッ! 馬鹿なっ……!」


 一瞬の出来事だった。キョウヤの右腕が内から外へ向けて振るわれ、彼の剣がクラウザの刃を弾き飛ばした。

 力を込めた斬撃ではない。まるで羽虫を追い払うような最小限の動作でしかなかった。


「邪魔ダ」

「が、あ……ッ!」


 丸腰になったクラウザの腹に、返すようにキョウヤの左拳が突き刺さる。

 男が苦悶の声を上げながら吹き飛んでいく。人間業とは思えない一撃だった。


「ク、クソッ! ぶっ殺してやるッ!」


 次に動いたのはダストだった。キョウヤの頭上に雷の槍が生成され、一息に落とされる。

 間違いなく直撃した。それなのに、彼は何事もなかったかのように立ち続けていた。


「失セロ……!」


 唖然とするダストに向けて、目にも留まらぬ速さで複数の暗黒の矢が返される。

 男の身体が闇に貫かれ、この世のものとは思えない絶叫が響き渡った。

 敵を倒したというのに、頼もしさは微塵も感じられない。ただ恐怖だけが募っていく。


「あれは何? ワタシは何を見誤った……? 分からない、分からない! と、とにかくソフィーを助けないと……!」


 焦るリリアは他には目もくれず、キョウヤの後方で倒れているソフィーの元へ駆けていく。

 しかし、闇はそれすらも許さない。瞬時に立ち塞がり、剣を振り抜いていた。


「リリ、ア……ッ! リリアアアッ!」

「くっ……! この、化け物……ッ!」


 彼女が後ろへ跳べば、今度は漆黒の炎が襲いかかった。命を削るはずの力が躊躇なく行使されている。


「ソフィー、ごめん……! これはワタシの手に負えないかも……ッ!」


 リリアが大きく距離をとったというのに、キョウヤの闇は全く鎮まることがない。

 その視線の先にはクラウザが横たわっていた。既に気絶している男に対して、溢れんばかりの殺意が注がれている。


「お願い、やめて……」


 誰も望まない結末を前にして、無意識に悲痛な声が零れていた。

 この先に待っているのは一方的な虐殺。こんな形で彼が手を汚すのは耐えられない。


「死ネ、クラウザアアアアッ!」

「やめてええええっ!」


 駆け出したキョウヤを阻止すべく、全ての力を振り絞って光の結界を展開した。

 それでも彼の勢いは衰えない。桁外れの力で強引に突破され、刺突の構えを取りながら突っ込んでいく。


 ――守れなかった。

 間違いを起こしそうになったら止める。大層な約束をしておいて、結局は何もできなかった。

 それどころか、自分の不甲斐なさが彼を狂わせてしまった。本当に、上辺だけの役立たずだ。


「ごめんね、キョウヤ……」


 現実を直視できず、固く目を瞑る。直後、けたたましい金属音が鳴り響いた。

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