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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
四章 王都 リグブレス 後編

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第102話 作戦会議

 しとしとと泣き続ける空とは裏腹に、神殿の小部屋には温かな空気が広がっていた。

 苦悩が消えたわけではない。この先も悩み、苦しみながら進んでいくことになる。

 それでも、少女は世界に立ち向かうために思いを新たにした。その決断は無駄にはならないと信じている。


「話は終わったみたいだね。クロエ、大丈夫?」


 席を外していたミレイが戻ってくる。クロエが響かせた声は彼女の耳にも届いていたに違いない。

 口調は穏やかだ。だが、目は笑っていなかった。誤解を解かなければ命が危ない気がした。


「ミレイ、とりあえず話を――」

「うん、あなたには聞いてないよ」


 色々と、本当に色々と、問題は積もりに積もっている。

 まずは目の前のことから片付けたいのに、なんだか先が思いやられる。

 ため息が出そうになるのを辛うじて堪えた。これ以上、彼女を怒らせてはいけない。

 

「クロエ、キョウヤに変なことされなかった?」

「されていない……はずです」

「おい、そこはちゃんと否定してくれ」

「すみません。少し記憶が曖昧で」


 顔の向きを変え、舌を出しながらウィンクしてくるクロエ。

 可愛らしい仕草ではあるが、こちらにしか見えない角度だった。確信犯だ。

 ミレイのジト目が突き刺さる。悪いことはしていないのに、なぜ責められているのか。


「はぁ……まあ、今回は見なかったことにしてあげる」

「だから俺は何もしていない。そもそも、なんで上から目線なんだ」

「わたし、キョウヤの監視役だから。間違いを起こしそうになったら止める約束もあるし」

「それ、まだ続いているのか。あと、間違いってそういう意味じゃないからな?」


 何かにつけて過去の話を引っ張り出してくるのは彼女の得意技だ。些細な出来事までよく記憶しているものだと感心する。

 とにもかくにも、取るに足らない応酬ができる雰囲気は戻っている。クロエもクスクスと笑っているし、もう平気だろう。


「……さて、そろそろ作戦会議でも始めるか?」

「そうだね。どうせ下山できないし、今のうちに情報を整理したい」

「はい、わたしも異存はありません」


 女神ソラスから真相を聞いてしまった以上、平穏な暮らしは望めない。

 目を逸らすことはできても、脅威はいずれ世界に蔓延していく。手遅れになる前に手を打つ必要がある。

 この世界で生きると決めたからこそ、危険を冒さなければならない。転生者として、冒険者として後悔しないために。


「まず、俺たちだけでは手に余るのは事実だ。助けを求めないとな」

「冒険者ギルドと王宮に報告する?」

「いや、派手に動けば相手にも警戒される。それにルキウスはまだ信用できない。関係者に明かすとしてもソフィーさんだけだ」


 あの騎士団長が敵だとは思いたくないが、完全な味方と信じ込むのは危険だ。

 王宮に《負の共鳴者(アンチ・レゾナンス)》が紛れていた場合、無実の罪を着せられて消される可能性がある。

 権力者というのは厄介極まりない。個人で太刀打ちできる相手ではないのだから。


「とりあえず、《光のつるぎ》とはいずれ連携したい」

「アインスさんとリーゼさん、光の力を使っていたよね」

「ああ、あの二人は味方だ。次に会った時に情報共有しないとな」


 アインスとリーゼは女神と繋がっていると見て間違いない。マリーとフリードは分からないが、悪人には見えなかった。

 問題は彼らが東の《ソラスティア神聖国》に行ってしまったこと。現状では連絡を取る手段がない。


「あの、《フリーダム》の皆さんに伝えてもいいですか……?」


 おずおずと手を挙げたのはクロエだった。

 四人と付き合いが長い彼女の提案だ。拒否する理由などない。


「俺は賛成だ」

「わたしも」

「お二人とも、ありがとうございます」


 強いて言うならマリウスは胡散臭いが、元々あのような性格なのだろう。

 第一、廃坑で危機から救ってくれたのは彼らだ。疑うのは野暮といえる。

 命の恩人に重荷を背負わせるのは抵抗があるものの、これほど頼もしい冒険者は他にいない。


「敵の規模が分からないのが痛いね」

「そうだな。まずはラージュと魔女をなんとかしよう」


 女神は何も情報を持っていなかった。世界のために動いているのだとしても、役立たずと言わざるを得ない。

 シルヴァンは倒したが、ラージュは行方不明だ。その上、名前すら分からない魔女まで出てきている。


「ラージュさんとは話し合えないでしょうか? 本当は、悪い方ではないはずなんです……」


 再びクロエが口を開く。声は徐々に小さくなり、瞳は揺れていた。彼を思う気持ちが痛いほど伝わってくる。

 もちろん、和解できるならそれに越したことはない。しかし、一度相対した時に伝わってきたのは深い憎悪だけだった。

 交流があったクロエなら見込みがないとは言い切れないが、闇に染まったラージュの心の内は読めない。


「遭遇した時は話してみるよ。聞き入れてくれないなら、俺が決着をつける」


 応じなければ、シルヴァンと同じ末路を辿ることになるかもしれない。

 だとしても、絶対に少女たちの手は汚させない。血に染まるのは、彼を歪ませる原因を作った者だけで良い。


「明日はまず王都に戻って《フリーダム》と合流だ。可能ならソフィーさんにも連絡して、あとはルキウスから情報を得る。それでいいか?」


 ミレイとクロエは緊張した面持ちで首を縦に振った。

 現状で決められるのはこんなところだ。明日からはまた激動の日々になるだろう。


 やがて、三人で他愛ない話をしているうちに雨は上がっていた。

 だが、既に日は傾いている。足元が悪い中を下山することはできない。

 キョウヤは見張りを務めながら、かつて仲間だったラージュに思いを馳せていた。

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