第10話 持つ者の苦悩
冒険者ギルドを出たキョウヤとミレイは、再び人気のない路地の奥で足を止めていた。陽の光が届かず薄暗い通路のように、二人が漂わせる空気もまた陰鬱なものだ。
ミレイの力に関する話を終えた後、ソフィーはテーブルや床の補償に関する話をしていた。その内容は、ミレイが受け取る報酬の二割を差し引いて補填するというものだった。
しかし、彼女に光の力が宿っているという事実の前では、そんなものは取るに足らない話だ。二人を見送るソフィーの声にも、いつものような明るさは感じられなかった。
「どうして、わたしなんだろう……」
ミレイの力ない言葉は、こちらに向けられたというよりは、世界に問いかけているようだ。
彼女は自分の力と向き合えていないようだが、それは贅沢な悩みだと思えた。
「俺は少し羨ましいと思ったけどな」
「……羨ましい?」
考えなしにその一言を発すると、ミレイが蔑むような目を向けてくる。正直、意味が分からなかった。
力に憧れるのは至極当然のことだ。物語の主人公のように活躍できるなら、それに越したことはない。
「蹂躙される側に立たされるよりはいいだろう」
「だったら……あなたがこの力を受け継いで」
言葉を付け加えた瞬間、当たり散らすように無理難題が突きつけられる。
彼女が特別な力を忌避していると気付いたのはその時だったが、もう遅かった。
「例えばの話だけど……成功した親の下に生まれたというだけで、期待という名の重荷を背負って、敷かれたレールの上を歩かされて……! あなたはそれでもやり遂げられると、自信を持って言えるの?」
自身の経験談を語るかの如く、ミレイの声色は怒りに満ちていた。歯を食いしばり、こちらを睨みつける。
何も言えず固まっていると、彼女は大きく息を吸った後、怨嗟を振りまくように吐き捨てた。
「これが使命を果たすための力だというのなら……わたしはそんなものいらない!」
路地を吹き抜ける風がミレイのケープを激しくはためかせる。その揺らぎは彼女の激情を表しているかのようだ。
膨大な感情を吐露させてしまうだけの地雷を踏んだのは間違いない。だが、漫然と生きてきたキョウヤにその心情の全てを理解することは到底不可能だった。
それでも、彼女は普通の少女として生きたい――その願望だけは痛いほど伝わってきた。きっとこの世界に来る前にも、そう思わせるだけの苦痛を味わってきているのだ。
「ごめん……軽率だった」
キョウヤは恥じ入り、深く頭を下げて謝罪した。
持つ者には持つ者の苦悩がある。それを考慮せず、勝手な意見を押しつけるのは間違っていると気付かされた。
「わたしも、ちょっと言いすぎた。ごめんなさい……」
ミレイもまた、昂っていた感情を鎮めると、ばつが悪そうに謝した。それきり口を閉ざしてしまい、二人の間には気まずい沈黙が訪れた。
「と、とりあえず、ソフィーさんは秘密にしてくれるようだし、俺も余計なことは言わないから。隠しておけば大丈夫だ」
重い空気に耐えられず、再び口を開く。気休めにしかならない言葉だと分かってはいる。
こういう時に気が利いたことを言えるようなコミュニケーション能力は備わっていない。
「……本当にそれでいいのかな」
「女神の祝福とか言ってるけど、肝心の女神は一度も現れていない。それとも、ミレイがこの世界に来た時に姿を見たとか、声が聞こえたとか、そういうのがあったのか?」
その問いに彼女は頭を振って否定する。
案の定、この世界に二人を導いた者は姿を現していない。存在するかどうかも確定していない。
「だったら、その力が女神に通ずると決めつけるのは早いな。転生して偶然発現しただけの力って可能性もある」
これは、自分の力が魔神に関係していると認めたくない――そういった願いも含んだ言葉だ。
「……ふふっ。なんていうか、キョウヤは意外とポジティブなんだね」
曖昧な推測に、ミレイは一笑しておどけるように言う。その言動から悪気は感じられない。
彼女の等身大の少女らしい一面を初めて見ることができた気がした。
「俺も楽観的な思考はあまり好きじゃないよ。でも、分からないことでいつまでも悩んでても進めないからな」
キョウヤは街の中の川辺で一人思案していた時のことを思い出していた。
この世界の理解を深めたかったが、ただ憶測が頭を巡るだけで進展はなかった。それゆえ、まずは生き残るために動くと決めたのだ。
「じゃあ、わたしは好きなようにしてもいいのかな?」
「ああ、自由にしたらいいと思う。もちろん、光属性の魔法は抑える必要があるけど」
ソフィーは、中級以上に相当する使い手が限られると言っていた。つまりそれ未満の力であれば、ある程度は誤魔化しが利くということでもある。
力をひけらかすような真似をしなければバレる可能性は低い。彼女の性格ならば、そのような行動を起こすこともないだろう。
「分かった、ちゃんと制限はする。だから、あなたも秘密を守ってね。もし約束を破ったら――」
ミレイは右手に持ったロッドの先端を向けてくる。その先の言葉は言うまでもなく理解できる。
半分は冗談だと思われるが、もう半分は本気だろう。ゾクリと、刃を突きつけられたかのように戦慄が走った。
「安心してくれ。暴露したところで俺にメリットがない」
「……それ、利点があればやる可能性があるって言ってるようなもの」
客観的な事実を述べて落ち着かせるつもりが裏目に出てしまい、しどろもどろになった。やはりこの少女は一筋縄ではいかないようだ。
「一応仲間なんだから、少しは信じてくれないか……」
「信用してもらわなくていい――あなた、そう言ってなかった?」
「……」
円滑な関係を築いておきたいだけだというのに、立ち直った彼女に付け入る隙はなかった。
先ほどのやり取りで多少は打ち解けたつもりだったが、思い違いだったのかもしれない。あくまで一時的な協力関係にすぎないのだと再認識させられる。
「わたしは、生きたいように生きる。誰にも邪魔はさせない……!」
最後に彼女は力強く、自身に言い聞かせるように断言した。決意に満ちた赤い目は、まるで激しく燃え上がる炎のようだった。




