表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

紫苑

 次の日の昼休み、購買でパンを買って食べ終わるとやることがなくなった。転校初日は物珍しさに話しかけてくる人が何人かいたが、次の日から誰も来なくなった。というより、食事が終わったらまっしぐらに美菜に会いに行っていたから、そんな隙もなかったのだが。

 席について右手を伸ばしてそれを枕にして目を閉じていた。

「仁藤君、仁藤君」と肩を叩かれた。

 頭を起こして振り向くと男の子がいた。幼い感じ、中学生にしか見えない。

「ん、何」

「僕、島崎連といいます。連って呼んでくれたら嬉しいです」

「連君ね、わかった」

「僕も遼君って呼んでいい?」

「いいけど、こっちではみんな遼君って呼ぶんだね。前の世界では遼ちゃんって呼ばれてたのに、なんか不思議だ」

 言ってから気づいた。遼君と呼ぶのは祐美だけだった。美菜は名前を呼んでくれていない。「君」だった。悲しくなった。

「前の世界って、前の学校ってこと?」

 しまった。まあいいや。正直に話そう。信じてくれないと思うけど。

「違う。俺、一年後の未来から来たんだ。だから一年後の世界」

「……」

 はは、驚いている。

「びっくりした? まあ、信じられないよね。一年後の連君を知らないから証明もできないけど」

「信じるよ」

「え?」

「僕も別の世界から来たから信じる」

「え? ほんとに?」

「でも、遼君は、一年後も遼君なんだよね」

「ん、どういうこと」

「僕、別の人の体に入ったみたいなんだ。僕の本当の名前は石谷紫苑。島崎連のことは何も知らない。だから記憶喪失ってことにしてる」

 驚いた。だけど嬉しかった。状況は違うが異邦人同士で仲良くなれそうな気がした。男の友だちが初めてできるかもしれない。

 だけど石谷? 石谷なんて苗字はあまり聞かない。美菜と関係があるのだろうか。

「石谷君? ……もしかしてミーナさんの親戚?」

「ああ、うん。親戚というか、ミーナは僕の母さんなんだ」

「えーーーー」

 これには心底驚いた。

「あ、もちろん、ここのミーナさんじゃないよ。僕の世界のミーナ」

「えっと、まさかとは思うけど、父親は俺じゃないよね」

「え? あ、うん、違うと思う。僕の世界に遼君はいなかったから。あ、どこかにはいるだろうけど、僕の周りにはいなかったから。父さんがだれなのかよくわからないんだ。母さん、意識不明でずっと眠っているから」

「そうなんだ」

「遼君…母さんとエッチしたんだね」

「え? ああ、ごめん」

「別に謝んなくていいよ。母さん、遼君のこと好きだったんだ」

「うん、俺もミーナさんが大好きだった。でも、こっちのミーナさんには嫌われてる」

「うん、聞いてる。いきなり抱きついて突き飛ばされたんだよね。すごい噂になってる」

「う、うん、ごめん」

「だから、謝んなくていいって。遼君が母さんを好きでいてくれるの嬉しいんだ。ここの母さんとも仲良くなれるといいね」

「ありがとう。でも前途多難だよ。いろいろ失敗しちゃったから」

 もうすぐ昼休みが終わる。

「ねえ、遼君。今日、遼君の家に遊びに行ってもいい?」

「あ、うん、いいけど」

「僕、眠ってる母さんしか知らないから、遼君の世界にいた母さんのこといろいろ聞きたいんだ。それに、僕、遼君と友だちになりたいんだけど、いいかな」

「そうだね。俺も連君と友だちになりたい。あ、紫苑君って言った方がいいのかな」

「連でいいよ。こっちにいるときはその名前に慣れないといけないから」

「そうなんだ。じゃあ、連君、よろしくね」

 そう言って、遼平は微笑んだ。

 ん、連がびっくりしたような顔をしている。あれ、なんか変なこと言ったかな。

「連君、どうした」

「あ、いや、なんでもない。じゃね、遼君、放課後、一緒に帰ろ」

「わかった」

 なんだろう。少しどきどきしている。男の子と話すのが久しぶりだからか。それともずっと女装して女の子のようにふるまっているから、男の子に興味を持ち始めたのだろうか。

 美菜に手ひどく拒絶され傷ついた心が癒された気がした。放課後が楽しみでわくわくしている自分に戸惑っていた。

 午後の授業はずっと上の空だった。ホームルームが終わり、連が声を掛けた。

「遼君、帰ろうか」

「うん」

 校門を出るまで、無言で歩いた。校門を出たとき、遼平が口火を切った。

「あのね、連君。昼休み、連君と話しててとても楽しかった。だから放課後が待ち遠しかった」

「本当? 僕もだよ。午後の授業、全然頭に入らなかった」

 連が弾んだ声で答えた。

「あのね、遼君。昼休みに遼君が、よろしくねって笑ったでしょう」

「あ、うん」

「あのときね、びっくりしたんだ」

「え、どうして」

「遼君がめちゃくちゃかわいかったから」

「……」

「あの笑顔が僕に向けられたことに感動してた。僕、生きてる限りあの笑顔を忘れない」

 どう答えればいいかわからなくて黙っていた。この続きは予想つくが、まさか言わないよね。

「僕、遼君のことが好きになっちゃった」

 ああ、やっぱり言うんだ。これはなんか返さないとまずいよね。

「あの、連君?」

「ん、何」

「俺、男だよ」

「うん、知ってる」

「エッチできないよ」

「はは、そんなこと思ってないよ。両想いになるとも思ってない。遼君は母さんが好きなんだよね」

「うん」

「なんだか気持ちいいんだ。遼君を好きだと思うことが。ほんとは黙っていようと思ってたけど言っちゃった。でも、これも気持ちいい。ごめんね、自分だけ気持ちよくなっちゃって」

「い、いや、別にいいけど」

 好きだと言われて悪い気はしない。それどころか、すごくどきどきしていた。

「それに僕、母さんも大好きなんだ。だから、遼君と母さんが結ばれることを心から願ってる。やせ我慢なんかじゃないよ。本気でそう思ってる」

「ああ、うん、ありがとう」

 遼平のアパートに着いた。

「ここ、俺のアパート」

 鍵を開けてアパートに入った。

「遼君のアパート、僕の家のすぐ近くなんだ」

「へえ、そうなんだ」

「窓から見えると思うよ。窓開けていい?」

「いいよ」

 連が窓を開けて外を見ている間に、遼平がセーラー服を脱いで、スカートを降ろし、下着姿になった。

「ほら、あの家」と言いながら振り向いた連が叫んだ。

「ちょっと遼君、なにやってるの」

「何って、着替えてるんだけど。セーラー服、一着しかないから汚すとまずいんだ」

 連は慌てて後ろを向いて言った。

「そうじゃなくて。着替えるんなら見えないところでやるとか、せめて着替えるから向こう向いててとか言ってよ」

「別にいいじゃん、男同士なんだし」

「僕、遼君のこと好きだって言ったよね。好きな人が裸同然だったら襲っちゃうかもしれないよ」

「襲うってどうすんの。俺、穴ないよ。あ、もしかしてお尻の穴? それは嫌かも、痛そうだし」 

 連はため息をついて言った。

「そんなことしないよ。でも遼君を押し倒して体中触りまくるかも」

「そんなことでいいの? だったら好きにしていいよ。それで連君が喜んでくれるなら構わないよ」

 連は深いため息をついた。

「遼君……」

「いいよ。着替えた」

 連がこちらを向いた。遼平の姿を見て、驚いている。

「ミニスカートなんだ。それにノースリーブだし、もしかして、僕の自制心が試されてる?」

 水色のミニワンピース。本当はコバルトブルーにしたかったけど、売っているところを見つけられなかった。10月にノースリーブは少し肌寒いが、今日は暖かいほうだ。

「俺、制服以外はミニスカートしか持ってないから」

「そうなの? かわいいからいいけど」

 遼平は小さなテーブルをはさんで、連と向かい合わせに横座りした。

「で、ミーナさんの何を聞きたいの」

「うん、遼君の世界の母さん、どんな人だった」

「ミーナさんは……冗談が好きでいつも笑ってた。笑ってるミーナさん、俺、大好きだった。ミーナさんも『遼ちゃん、かわいい、大好きよ』って何度も言ってくれた。俺たちいつも一緒だった。だけど、二週間しか一緒にいられなかった」

 やばい、涙が溢れる。堪えようとしたら嗚咽が零れた。

「ほんとに好きだったんだね。母さんも素敵な人だったんだ。でも、なんで遼君、こっちに来ちゃったの」

 遼平は深呼吸して気持ちを落ち着けて言った。

「俺、たぶん死んじゃったんだ」

「死んだ? なんで」

「殺されたんだ。角刈りの大男に」

「殺された? なんで、なんでそんなことに」

「俺、ミーナさんと一緒にミーナさんのアパートにいたんだ。そしたら、あいつが襲ってきた。最初にミーナさんが玄関で刺された。俺、すぐに助けに行きたかった。だけど、まともに戦って勝てる相手じゃなかった。だから包丁を持って隠れてた。ミーナさんは生きてる。絶対生きてるって心に言い聞かせて」

「うん、うん」連が涙声で言う。まずい、泣きそう。

「あいつがそばまで来たとき、不意打ちで脇腹を刺した。だけど致命傷じゃなくて、反撃をくらって、胸を刺された。そしたらミーナさんが、俺を助けるために、大怪我をしてるはずなのに、ミーナさんが……」だめだ。続けられない。

 こみ上げてくるものに耐えきれず、遼平は泣き崩れた。

 テーブルに突っ伏して「ミーナさん、ミーナさん」と声を上げて泣いた。

 美菜に会いたい。遼平を心から愛してくれた美菜に。「遼ちゃん、大好きよ」と言って、何度も抱きしめてくれた美菜に会いたい。そして美菜の肌が、体を重ねた美菜の肌が恋しかった。

 連がそばに来て、遼平の頭を抱きしめて言った。

「ありがとう、遼君。母さんを守ってくれて。母さんを愛してくれて本当にありがとう」

 嬉しかった。連の優しさが身に染みた。美菜を失ってぽっかりあいた胸の隙間を、連が埋めてくれる気がした。

 遼平は連に抱きつき、畳に倒れこんだ。

「ごめん、連君、少しだけこうしてて」

「いいよ。僕でよければ好きなだけ抱きしめて。僕もうれしいから」

 そう言って、連は遼平を強く抱きしめてくれた。

「連君、連君の肌触ってもいい?」

「いいよ。遼君のしたいようにして」

 遼平は連の制服とシャツのボタンを外し、前をはだけた。それからワンピースを脱ぎ捨て、ブラを外し、肌を重ねた。裸の背中に腕を回して、連を強く抱きしめ「ミーナさん」と小声で言った。

「遼ちゃん、大好きよ」美菜の声がした。

 いや、わかっていた。連が美菜の声色をまねたことを。それでも美菜の面影が鮮明に蘇り、いま抱きしめて肌を重ねているのが美菜の体だと思わせてくれた。

 遼平は「ミーナさん」と囁き、その胸に口づけた。優しく胸を吸った。もう片方の胸を親指の腹で撫でた。美菜の吐息が聞こえたような気がする。切なそうな喘ぎ声も。

 その声に遼平は我を忘れた。夢中になって美菜の胸を吸い、その胸を何度も何度も撫でた。

 いきなり天地がひっくり返った。

 仰向けになった遼平に、連が口づけた。舌を絡めあった。体の芯が痺れたような感覚があり、それが脊髄を伝って脳まで達した。

 唇を重ねながら遼平は気づかされた。連が好きだ。今日初めて会ったばかりの連のことが好きでたまらない。

 上にいる連を力いっぱい抱きしめながら、幸せな思いに包まれていた。

 同時に美菜を裏切っているような思いにも捕らわれていた。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ