表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

遼平の失敗

 次の日、祐美と一緒に中庭に行くと、既に遼平が待っていた。芝生に横座りして、顔を斜めにして空を見ている。その顔が美菜たちに気づいて笑顔に変わった。胸を一突きされたような衝撃を感じた。

 祐美が遼平の隣に座り、美菜は祐美の隣、遼平から離れたところに座った。

「ミーナさん、なんでそんなに離れてるんですか」遼平が言う。

「だって、君、すぐ抱きつくから」

「えー、悲しいです。俺、こんなにミーナさんのことが好きなのに」

 悲しげな声で遼平が言った。

「大丈夫よ、遼君。遼君の話が全部終わったとき、ミーナも遼君のことが大好きになってるから」

「またそんな無責任なこと言って」

「そりゃね、絶対とは言えないけど、確率高いと思うな。ミーナ、さっきも遼君の笑顔にキュンときてたでしょ」

「え!」

「ほら、図星」

「い、いや、た、たしかにかわいいなって思ったけど」

「ほらー、だからね、遼君、未来は明るいよ。頑張って昨日の続きを話そう」

「はい」

「あ、ちょっと待って。確認だけど、昨日、裸って言ってたけど、それって全裸だよね。パ、パンツも穿いてないのよね」

「ちょっと、祐美。なに興奮してんのよ」

「だって、ミーナの裸よ。服着ててもこんなにきれいなのに、裸のミーナってどんなに凄いかと思って。遼君は見たんだよね、ミーナの裸」

「はい、たくさん見ました」

「た、たくさん……どうだった」

「とってもきれいでした。女神様みたいで、触るのが畏れ多かったです」

「キャー、触ったんだ。どうする、ミーナ」

「もう、なんなのよ。人の裸でなに盛り上がってるの。そんな話するんだったら私は教室に戻るよ」

「ごめん、ごめん、取り乱しちゃった。じゃ、遼君、続き話して」

「あ、はい。でもどうしようかな」

「どうしたの、遼君」

「あの、実は昨日話したの、ちょっと違ってて」

「なに、裸じゃなかったの?」

「いえ、裸は裸なんですけど、大事なことを話してなくて、これを言うとミーナさんに怒られそうな気がしてて。でも話さないと、ミーナさんが遼平さんを好きになったことの説得力がないような気がしてて……」

「なになに、そこまで言ったのなら話してもらわないと。ミーナも怒らないよね」

「そうね、話してくれないと気になってしょうがない。内容によっては怒るかもしれないけど」

「えー、ミーナさん」縋るような目で遼平が言う。涙目になっている。

「わかった、わかった。怒らないから」

「ほんとに、ほんとですよ」

「しつこいと怒るよ」

 そう言われて、しぶしぶ遼平が話し出す。

「実は、ミーナさんが目覚めたとき……」上目遣いで心配そうに美菜を見ている。

「遼平さんに犯されていたんです」

「はあ?」美菜と祐美が同時に反応した。

「犯されたって、セックスされてたってこと?」祐美が言った。

「は、はい」

「私、帰る」美菜が立ち上がって、その場を去ろうとした。

「待って、ミーナさん、最後まで聞いて」

 帰ろうとする美菜の後ろから抱きついて、遼平が言った。

「嫌だ、そんな話、聞きたくない」

「遼平さんは夢だと思ったんです。こんなことあり得ないって」

 美菜にしがみついたまま、遼平が言った。

「だから、抱きつくなって」

 美菜は遼平を突き飛ばして続けた。

「私が男にどんなに酷いことをされたか、君は聞いてないの?」

「聞いてます。先生に襲われたって」

 芝生に転がったまま、顔を上げて遼平が言った。

「そう、何でも知ってるのね。だったらわかるでしょう。私がどんな気持ちになったのか」

「……」

「初めて男の人を好きになって、これでやっと普通に恋をして、結婚して、赤ちゃんを産めるって、希望のあかりが灯ってたのを、あの男が全部打ち砕いたのよ」

「ミーナさん……だから」

「そんな私を……私、また強姦されたんだ」

「ミーナさん、お願い、話を聞いて」

「強姦した男を好きになんかなるわけがない。そんな嘘ついて、君は何が目的なの? 私とエッチすること? そんなの君のミーナとやればいい。私は絶対、お断りだからね」

「ミーナさん、お願いです」遼平が泣き出した。

「君の顔はもう見たくない。二度と私の前に現れないで」

 そう言って、美菜はその場を離れ、教室に戻って行った。

 遼平は泣き叫んでいる。


      *    *    *

 

 遼平は泣き崩れながら思っていた。

 なぜうまくいかなかったんだろう。遼平と美菜は特別な絆で結ばれていると思っていた。だから、会えば、会いさえすればすぐに自分のことを好きになってくれるはずだ。自分もアルカディアで初めて美菜に会ってすぐに恋に落ちた。美菜もそうなるはずだと思い込んでいた。

 やはり強姦の話はするべきではなかったのだ。何度も抱きついたのもまずかったのかもしれない。

 美菜は本気で怒っていた。恋人どころか友だちでいることもできないかもしれない。遼平は取り返しがつかない後悔に沈んだまま泣き続けていた。

「ねえ、もう泣き止んで」

 祐美が声を掛けた。

「私も悪かったよ。裸のことでミーナをからかったのはまずかったね。でもね、やっぱり強姦はちょっとね」

 その言葉に止めを刺されて、遼平はさらに大声で泣き出した。

「ほんとにミーナのことが好きなんだね」

「は、はい、大好きです」泣きながら遼平は言った。

「その想いを遂げさせてあげたいけどね。きっとミーナにとってもそれが幸せなことなんだろうな。だから私は君を応援するよ」

 祐美が遼平の背中を擦りながら言った。

「ねえ、強姦事件のこと、君のミーナは何と言ってたの」

「どっちのですか」

「高校の先生の方」

「えっと、初めて好きになった男の人に裏切られて、前より男の人が嫌いになったって言ってました」

「そう、まあ事実としてはそうなんだけど、そんなに生易しいものじゃなかったよ。あの事件の前と後ではミーナの性格が大きく変わったもの」

「そうなんですか」

「遼君はミーナに対してどんな印象を持ってる? まあ好きなんだからいい印象だろうけど、具体的に」

「えっと、ミーナさんは、あんなにきれいなのにそれを鼻にかけることは全くなくて、誰にでも優しく、気さくに接していました。冗談が好きで、俺やあかりさんといるときはいつも笑っていました」

「そう、それは事件前のミーナの印象と同じだね。でも事件後は違ったんだ。笑わなくなった。私といるときは笑顔を見せてくれたけど、いつも怒ったような顔をしてる。特に男の子に対してはひどいんだ」

「あー、確かに男の人は避けてる感じがありました」

「そんなもんじゃない。話しかけられても徹底的に無視するんだよ。一度なんか無視されて怒った男の子がミーナの腕を掴んだことがあってね。そしたらどうなったと思う?」

「んー、俺のときみたいに突き飛ばしたとか?」

「違う。悲鳴を上げて、教室の隅に逃げるように座り込んで泣き叫んでた。ごめんなさい、ごめんなさいって喚きながら。腕にはびっしりと鳥肌が立っていた」

 衝撃を受けた。美菜とは心が繋がっていると思っていた。美菜のことはなんでもわかっているつもりだった。甘かった。あの事件がそんなに美菜を傷つけていたとは思っていなかった。

 その時の美菜の気持ちを思うと、涙が溢れてくるのを止められなかった。

 遼平は両手で鼻と口を覆って嗚咽を堪えた。

「でも、一年後のミーナは元の明るいミーナに戻っていたんだよね。それは遼君のお陰?」

 遼平は両手で涙を拭って、深呼吸して気持ちを静めて言った。

「違うと思います。出会ったときにはもう明るいミーナさんでしたから。たぶん、遼平さんのお陰だと思います」

「そう? 強姦した人が強姦の傷を癒したってこと?」

 そう言って祐美はしばらく考え込んだ。

 午後の授業の始まりのチャイムが鳴った。

「もしかして遼平さんとのセックスが気持ちよかったとか?」

「そうです、そうです。鳥肌が全く立たなかったって言ってました」

「そうか……、遼君、よく聞いて」

「はい」

「ミーナはあれで頑固なところがあるから、しばらく教室に来ちゃだめだよ。中庭も。顔も見たくないって言っちゃったから、ほとぼり冷まさないと何を言ってもだめ」

「はい」

「私がなんとかするから。今日は木曜日だよね。遅くとも来週中にはミーナを説得する。私を信じて」

「はい、お願いします」

「よし、じゃ、教室戻ろうか」

 急いで教室に戻ろうとすると「遼君」と呼び止められた。

「もし、うまくいったら私にキスしてくれる?」

「え! それは……ちょっと」

「よし合格! もし承諾したらミーナを説得するのをやめようと思ってた」

 うわ、怖。呆然としていると、

「おーい、なにぼーっとしてるの。授業始まっちゃうよ」

「あ、はい」

 急いで教室に戻った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ