父との約束
美菜はミートソースを食べ終え、片付けながらその時のことを思い出していた。父は「ミーナの願いはなんでも叶えてやる」と言った。今がその時ではないか。
美菜の願いは赤ちゃんを授かること、それを父に叶えてもらう。つまり、それは父との性交渉を意味している。これまで美菜は、父親とそんな禁断の関係になることなど考えたこともなかった。しかし今なら、美菜の心が死の縁に立っている今なら許されるような気がした。
風呂に入る準備をしながら思った。そうだそれしかない。美菜が触れることができる男は父親しかいない。美菜が生き延びる道は父に縋るしかないと思った。
父はどう思うだろうか。浴槽に浸かりながら考えた。
それは驚くに違いない。驚いて思い直すよう美菜を説得するだろう。しかし、美菜がもうそれしかない、それができなければ死ぬつもりだと泣いて頼めば、美菜を愛している父は折れてくれるはずだと思った。
浴槽から出て、全身を丁寧に洗った。父はこの体に満足してくれるだろうかと思ったとき強烈な恥じらいに襲われた。が、すぐに思い直した。恥ずかしがっている場合ではない。生きるか死ぬかの瀬戸際に立っているんだ。もし父親が美菜を受け入れてくれなければ、美菜はこの世から消え去るしかない。
覚悟を決め、風呂から出た。新しい下着とパジャマを身に着け、その足で父親の部屋に向かった。
ドアの前に立ったとき、心臓が激しく脈打っていた。深呼吸で鼓動を鎮める。やり切れるかどうか再度心に問いかけ、ドアを静かに開けた。
あとはもう迷わなかった。
着ているものを全部脱ぎ捨て、眠っている父親の横に滑り込んだ。
仰向けで寝ている父を抱きしめた。この身に馴染んだ父の匂いに、緊張がほどけていく。
「お父さん」
万感の思いを込めて呼びかけた。
「ん、ミーナか」
父が目を覚まし、横向きになって美菜を抱きしめた。
美菜の裸の背中に、父の手が戸惑いを見せる。その手が腰のあたりまで彷徨ったとき、
「ミーナ、服は?」
と驚いたように言って上体を起こした。
布団が捲れ、美菜の上半身が露わになった。咄嗟に両腕で胸を隠してしまった。
すぐに、父が布団をかけなおし、横になって布団の上から美菜を抱いた。
「お父さん、あのね」
美菜はすべてを話した。
初めて好きになった男に強姦されたこと。
打ちのめされ心はボロボロになったが、赤ちゃんができたかもしれないという思いに縋ることで、むしろ生き生きできたこと。
しかしそれも幻に終わり、赤ちゃんへの渇望だけが残ったこと。
赤ちゃん欲しさにクラスメートを罠にかけようとしたこと。
街角で見知らぬ男に声をかけ、性交渉を持ちかけたこと。
その男に淫売扱いされ、警察に連れて行かれそうになったこと。
そんな自分が嫌になり死のうと思っていること。
父親は仰向けのまま黙って聞いていた。
「赤ちゃんが欲しい。赤ちゃんがいればミーナは生きていける。だから、お父さん、お願い。ミーナに赤ちゃんを作って」
ここは泣いて頼むべきなのに、涙が出なかった。
「お父さん、言ってくれたじゃない。ミーナの願いは何でも聞くって。お願いよ。そうでないとミーナは何するかわからない。夜道を超ミニで歩いて強姦されるのを待っていようって思ったこともある。気が狂いそうになって裸で町に飛び出しそうになったことも」
美菜は父親の胸に縋って必死で訴えた。
「もうお父さんに縋るしかないの。お願い、ミーナを助けて」
父親は美菜を抱きしめ、半回転して上になって言った。
「それでミーナは後悔しない?」
美菜はゆっくり頷いた。
スモールランプに照らされた父は、悲しそうな、しかしどことなく嬉しそうな複雑な表情で微笑んだ。
それから美菜に口づけた。小鳥がついばむような軽いキスを二・三度したかと思うと、次の瞬間、舌を差し入れ美菜の舌と絡み合わせてきた。
ああ、これで救われたという喜びと快感に、美菜は胸を震わせた。
父親の両手が美菜の胸を愛撫している。思わず漏れる吐息。
そして、美菜の胸に顔を埋め唇と舌で愛撫した。
その強烈な刺激に耐えきれず、「ああ、お父さん」と漏らした声に、父の動きが止まった。
「だめだ、だめだ」美菜から離れて父が叫んだ。
え? 何がだめなの。
「ミーナが消えてしまう。それは嫌だ」横になって父が言った。
「お父さん?」
美菜は上体を起こし、布団で胸を隠しながら呼びかけた。
「済まない、ミーナ。俺にはできない」
「どうして。それをやってくれないとミーナは生きていけないんだよ。本当に消えちゃうんだよ。それでもいいの?」
「嫌だ。それはもっと嫌だ」
嫌だ、嫌だと駄々っ子のような父を初めて見た。
「だったら」
父は少し考えて言った。
「俺はミーナが好きなんだ」
「知ってる。前に愛しているって言ってくれた」
「違うんだ。それは父親として娘のミーナを愛しているということ」
「……」
「最近、ミーナが高校生になった頃からかな。ミーナを女として見ているときがある」
「それは……どう違うの」
「ミーナを俺のものにしたい。独占したい。つまりはミーナを俺の女にしたいと思っているときがあるんだ」
「いいよ、それで。ミーナはお父さんの女になる」
「だけど、困ったことにそういう時は、俺の大好きな天使のミーナが消えてしまうんだ」
「天使のミーナ?」
「ミーナが小さいとき、俺が家に帰るとミーナは『おとちゃんおかえりー』と言って俺の胸に飛び込んできた。俺がリビングでテレビを見ていると、必ず俺の膝の上に乗っていっしょにテレビを見てるんだ。時には俺の方を向いて俺にテレビを見せないようにする。もうかわいくてかわいくてたまらなかった。まるで天使のようだった」
美菜はいつもに増して饒舌な父の顔を見た。それは一瞬燃え上がった欲望を必死で抑えているからだろうか。
「だから、天使のミーナが消えてしまうからミーナとしてくれないの」
「それは……したいよ。ものすごくしたい。だけど、それと同じくらい俺はミーナのいい父親でいたい。もし今、ミーナと最後まで行ったら、俺はミーナを手放せなくなってしまう。出張先までミーナを連れて行って、ホテルに缶詰めにして毎晩ミーナと愛し合ってしまう。俺は、そんな生活をミーナにして欲しくない。ミーナには幸せになってもらいたい」
「だから、それでいいって言ってるじゃない」
つい強い口調で言ってしまった。父は驚いて黙り込んだ。
気を静めて、なるべく穏やかな口調で美菜は言った。
「お父さん、ミーナはついさっきまで死ぬつもりでいたのよ。でもお父さんが帰って来てるってわかって、お父さんならミーナを助けてくれる。ミーナに赤ちゃんを作ってくれるって信じて、覚悟してここに来たんだよ。その覚悟が鈍らないように服を脱いでここにいるんだよ」
「うん、わかってる。その覚悟は伝わった」
「だったら……」
言いかけた美菜を父親が起き上がって美菜を抱きしめた。弾みで胸を隠していた布団が落ちた。
「お願いだ、ミーナ、死なないでくれ」
「お父さん……」
「俺はミーナを愛している。心から愛している。それだけじゃだめか。それだけじゃ心の支えにならないか」
「でも……」
「ミーナはきれいだし、性格もいい。きっといつか、俺のようにミーナを愛する男が現れる。それまで待てないか」
「いつ」
「え?」
「いつその人は現れるの」
「いつかはわからないが、きっと現れる」
「必ず現れる?」
「いや、それは……必ずとは断言できないが……」
「でしょう。二年後、三年後に必ず現れるとわかってたら待てるけど、いつ現われるかわからない、現れないかもしれない。それじゃ待てない」
父親がそう説得してくることは予想できていた。父は美菜を抱きしめたまましばらく考えていた。美菜も父親の首に両手を回して抱きしめた。
「期限を切ろう。期限を決めてそれまでにそいつが現れなかったら、俺がミーナに赤ちゃんを作ってやろう。それならどうだ」
力を込めて父が言った。
「ほんとに? 約束してくれる?」
「約束する。その時は俺ももう迷わない。ミーナを俺の女にする」
「いつまで」
「そうだな、ミーナが30歳になるまでとかどうだ」
「えー、無理無理、そんなに待てない」
「じゃあ……」
「25歳もだめ。ミーナが高校卒業するまで」
「それは、早すぎるだろ」
「だって、またなんかあって死にたくなるかもしれないし」
少し考えて父が言った。
「そうか。じゃあ、ミーナが20歳になるまで頑張れ。20歳になったときか、頑張って頑張って、もうこれ以上頑張れないってときが期限だ。俺がミーナを貰う。それでいいか」
それなら頑張れる。父親が20歳というゴールで待っていてくれるなら頑張れる。
「うん、うん。頑張れる」
美菜は父親に頬を寄せて言った。
「でも、明日また死にたくなったらどうしよう。お父さん、ミーナを貰ってくれる?」
「明日か……うん、それでいいんじゃないか。とにかく今日一日頑張ってみる。明日になったら、また一日頑張るんだ。辛いときはそれを繰り返すんだ。そのうち時が癒してくれる。それでも、どうしても、どうしてもだめなら、その時は俺がミーナの人生を貰う」
「うん、お父さんありがとう」
美菜は父親を強く抱きしめた。父親も美菜を抱きしめ返した。
「ミーナは強姦なんて辛い目にあった。俺は男だからそれがどんなに辛いことか本当のところはわからない」
「うん」
「俺はミーナにセックスを嫌なものだと思って欲しくない。毛嫌いして欲しくない。それに、自棄になって誰とでもセックスするような女にもなって欲しくない」
「……」
「好きで好きでたまらなくなった人として欲しい。それがどんなに素晴らしいものか、どんなに感動的なものか、とても言葉では表せない。その瞬間、自分が世界で一番幸せなんだと心の底から言える。そんな感動をミーナにも味わってもらいたい」
「お父さん」
「きっと、きっと現れる。ミーナのことを心から愛してくれて、ミーナも好きでたまらなくなる男が。だから頑張ってくれ。死なないでくれ」
感極まって涙ぐむ父の姿に美菜も胸が一杯になった。
「ミーナの様子が変だって雪さんから電話があって、飛んできたんだ。自殺なんてしたらどうしようなんて雪さんが言うもんだから、心配で心配でたまらなかった」
父親が嗚咽を堪えながら美菜を強く抱きしめた。背中を押さえる父の手が温かい。
父の優しさが身に染みて、美菜は泣き出した。
「辛かったろう。こんなこと誰にも言えずに一人で耐えてたんだね。頑張った、ミーナはよく頑張った」
「お父さん、お父さん」
美菜は父親に縋りついて声を上げて泣いた。やっと泣けた。涙とともに美菜の中に貼りついていた屈辱も恥辱も溶けだしていく気がした。今は父の優しさに包まれ、父への愛情が胸いっぱいに満ち溢れ、喜びの涙に変わっていた。
父親は泣きじゃくる美菜を優しく抱きしめていた。
しばらくして、美菜の泣き声が治まってきたとき、父が言った。
「もう大丈夫か」
「うん」
「だったら、ミーナさんにお願いがあるんだけど」
父は困ったり、照れたりしたときに、よく「ミーナさん」と呼びかける。
「ん、何」
「そろそろ服を着てもらえないかな。お尻が丸見えなんですけど」
それはわかっていた。身も心も父親に捧げたつもりでいた美菜は恥ずかしくもなんともなかった。むしろ父親がその気になってくれたらいいなと思っていた。
「嫌よ。このままお父さんといっしょに寝る」
「いや、それは、ちょっと……」
「あーーーー」
「何、どうした」
「お父さん、さっきミーナのおっぱい吸ったよね」
「あ、そ、そう……だね。吸っちゃったね」
「美味しかった?」
「あ、うん、す、すごく美味しかった」
「ミーナ、あれで体に火がついちゃったみたいでもやもやしてるんだけど、お父さん、責任とって最後までやってくれない?」
「えー、それはまずいだろう。父親らしくしようとして散々恰好つけてたのに、そんなことしたら恰好悪すぎる」
「ふふ、ほんとね、恰好悪い」
父の慌てぶりがかわいかった。虐めるのはこれくらいにしておこう。布団をかけて体を隠した。
「これでいいでしょ。その代わりっと」
美菜は父親の上に覆いかぶさってその胸を抱きしめた。
「これもなあ、刺激強いよ。ミーナさん裸だし」
そう言いながらも美菜を抱きしめてくれた。
二十歳になったら大好きな父親と結ばれる。待ち遠しかった。赤ちゃんを授かるために父親と交わろうとしてたのに、いつのまにかそれが目的に変わっていた。
「お父さん、大好き」
「俺もだ、ミーナ愛してるよ」
美菜は父親の上で安らかな眠りに就いた。




