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もうひとつの秘密

「ミーナさん、もういい。もういいよ。辛すぎる」

 遼平が美菜に抱きついて、泣き出した。

「ミーナさんがそんなに苦しんでたなんて全然気づきませんでした。ごめんなさい」

 泣きながら遼平が言った。

「遼君、それは私の台詞。ごめんね、ミーナ、ほんとにごめん」

 祐美も泣きながら美菜に縋りついてきた。

「話してくれたらよかったのに。何もできないけど、いっしょに泣いてあげられたのに」

 そう言って、美菜を強く抱きしめた。

「だって、祐美には言えないもの。祐美に軽蔑されたら私は終わるから」

「軽蔑なんかするわけない。友達じゃない。ばかだよ、ミーナは。一人でそんなに苦しんでて」

 美菜の肩を両手で揺すりながら、泣き叫ぶ祐美。それを見て美菜も胸が詰まる。

「うんうん、そうだね。ばかだった」

 祐美はしばらく泣いていたが、ぴたりと泣き止んで言った。

「それって、ミーナが学校、二日休んだ時のこと?」

「うん、休む前、街角に立ったのは土曜日の夜」

 日曜日は一日中ベッドの上で死ぬことばかりを考えていた。眠ろうとすると嫌な夢を見た。大勢の男に襲われる夢や、裸で町を歩いている夢だった。その度に飛び起きてぐっすりとは眠れず、心はすり減るばかりだった。

 月曜日、とても学校に行く気にはなれず、雪に休みの電話を入れてもらった。雪が美菜のことを心配しているのはわかっていた。心配かけないように食事はなるべく摂ろうとしたがあまり喉を通らなかった。

 月曜の夜に心配した祐美が電話をくれたが、持病が出そうだから二・三日休むと告げ、電話を切った。本当は祐美に助けてもらいたかった。だけど祐美には話せない。祐美との絆が、美菜をこの世に留めている一本の糸のような気がしていた。それが切れたらと思うと怖くて祐美を呼べなかった。

「そんなに苦しんでたのに二日で、日曜も入れて三日か。三日で立ち直れたの? 水曜日にミーナが学校に来たときは、いつもと変わらないような気がしてたんだけど」

「うん、火曜日の夜にある出来事があったの。それが私のもうひとつの秘密。それは紫苑に関係してるの」

 そう言って美菜は紫苑を振り返った。

 その言葉に反応して紫苑が顔を上げた。涙と鼻水で酷い顔をしている。

「やだ、紫苑。なんて顔してるの。遼君、ティッシュを取って」

 遼平からティッシュの箱を受け取った美菜は、ティッシュで紫苑の顔を拭いた。

「酷い顔、でもありがとね、私のために泣いてくれたんだね」

「母さん」

 紫苑が美菜に抱きついた。美菜もしっかりと抱きしめた。

「母さんをこんなに苦しめた菊井を殺してやりたい」

「まあ、だめよ、紫苑。人を憎んじゃいけないの。罪を憎んで人を憎まずって言葉があるでしょう。人を憎むと紫苑もその人と同じレベルになっちゃうのよ」

「だけど……」

「私はもう大丈夫。遼君も祐美もそばにいてくれるし。紫苑もよ。紫苑もずっと私のそばにいてくれるんでしょう?」

「うん、ずっとそばにいる。そばにいて、菊井のような奴から母さんを守る」

「そう、ありがとう」

 美菜は紫苑の顔を両手で包み込んでその顔を見つめた。この子が自分の息子であると思うと不思議な気がした。その子が美菜のために泣いてくれた。今まで感じたことのない暖かいものが胸の奥から湧き上がってくるのを感じていた。

「紫苑、父親のこと、本当に心当たりはないの?」

 紫苑はすぐには答えなかった。話すべきか迷っている気配がした。つまりは心当たりがあるということだ。

「心当たりというか、もしかしたらと思っている人はいます」

 美菜は深呼吸して、自分の心に問うた。これを話して本当に大丈夫だろうか。遼平や祐美が呆れて美菜から離れていくのではないか。

 不安は残るが、二人を信じようと思った。つらいことを共有すれば絆が深くなるという紫苑の言葉を信じようと思った。

「実は、私には心当たりがあるの。違う、心当たりなんかじゃない、ほぼ間違いないと確信してる。紫苑の父親は、紫苑のお爺ちゃん、石谷祥吾、私のお父さんよ」

 時が止まった。

 紫苑は目を大きく見開いて美菜を見つめている。

 何も音がしない。静寂の中で祐美と遼平は驚愕の表情を浮かべて固まっている。

 はるか遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてきた。その音に目が覚めたように祐美が叫んだ。

「ミーナ、ほんとにいいの? そんなこと言って、ほんとに大丈夫なの?」

 言いながら祐美は美菜と遼平の顔を見比べている。

「うん、遼君を信じてる。私、話したいの。火曜日の夜に起こったこと。久しぶりに帰ってきたお父さんとのこと。その出来事が私を救ってくれたの。それがあったから私は生き延びて、遼君と出会えて愛し合うことができた。だから、遼君に知ってもらいたい」

 美菜は遼平を見つめた。遼平も美菜を見つめ返している。

「大丈夫だよね、遼君。私が何を言っても私を嫌いになったりしないよね」

 遼平は返事をせずに下を向いた。美菜の心臓がドクンと大きな音をたてたような気がした。

「遼君……」

 遼平が顔を上げ、微笑んだ。薄暗くなりかけていた部屋が急に明るくなった。

「大丈夫です。ミーナさんが何を言ってもミーナさんを嫌いになることなんてありません。ただ……、もう俺の顔を見たくないってことだけは聞きたくないかな」

 思わず笑いが漏れた。遼平も笑っている。

「大丈夫よ。そんなこともう二度と言わない」

 笑いながら美菜は言った。

「それじゃ話すね。火曜日の夜のこと。私を救ってくれたお父さんとのこと」


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