表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/14

俺のミーナさん?

 そして次の日の昼休み、美菜と祐美が机を向かい合わせて弁当を食べているとき、遼平がやってきた。空いている椅子を美菜の隣に持ってきて座った。

「近いよ」美菜が言った直後に「ミーナさん」と言って抱きついてきた。

 美菜は両手で遼平を突き飛ばした。さすがに今回は手加減したが、遼平は椅子から転がり落ちて尻もちをついた。スカートが捲れ、下着は見えなかったが、柔らかそうな太ももが目に飛び込んできた。ときめいた自分に腹が立った。

「やめて。私、男は嫌いなんだから」

 不機嫌な声で美菜が言った。

「俺、心は女なんですけど……」

 言いながら遼平が椅子に座り直す。

「だったら、なんで俺とか言うのよ」

「だってミーナさんが、女の恰好して俺と言うのがかわいいって言ってくれたから」

 ああ、確かに……

「夫婦漫才はもういいかな」

 それまで黙って二人のやり取りを聞いていた祐美が、弁当箱を閉じながら言った。

「だれが夫婦じゃ」

「面白かったけどね。じゃ、遼君、昨日の続きを聞かせて」

 遼君? そうか、このクラスにもりょうへいがいる。

「あ、はい。でもほんとに込み入ってて難しいんです。何から言えばいいのかな」

 遼平は少し考えて続けた。

「えっと、ミーナさんはもう芸能界デビューする準備はしてますか」

「!」

 驚いた。ほんの四日前だ。祐美とショッピングで町に出かけた時に、美菜がスカウトされた。アイドルにならないかという。もちろん返事はまだしていない。この話を知っているのは祐美しかいない。

「驚いた。ほんとだったんだ。ほんとに一年後から来たんだ」

 祐美が言った。

「それで、ミーナはデビューするの」

「はい、高三の八月に。ですから10ヶ月後ですね」

「そう、そっちのミーナはデビューしたのね」美菜が言った。

「いえ、俺のミーナさんは直前に断ったんです。俺に会うために。事務所の社長にすごく怒られたそうなんですが、持病が出たって嘘をついて許してもらったそうです」

「そう、ミーナの持病のことも知ってるんだ」

 祐美が言った。美菜は「俺のミーナさん」という言葉に引っかかっていた。

「じゃあ、結局ミーナはデビューしなかったんだ」

「そうなんですけど、ここから複雑になるんです。我慢して聞いてください」

「うん」

「30年後のミーナさんはデビューしたんです。17歳の八月に。正確には32年後のミーナさんです」

「はあ? なんで30年後の私が出てくるの」

「ほらミーナ、だから我慢だって」

「あ、うん」

「ごめんなさい。これを話さないと話が始まらないので、もう少し我慢してください」

 遼平が言った。

「ごめん、わかった」と美菜。

「そのミーナさんはデビューすると、瞬く間にトップアイドルに登り詰めたそうです。歌番組はもちろん、CMやバラエティ番組にもたくさん出ていたそうです」

 美菜も祐美も真剣に聞いていた。

「そのミーナさんをテレビで見ていた俺、30年後の遼平さんがミーナさんを好きになったんです」

「ん、つまり30年後の遼君が30年後のミーナを好きになったってことね」

 祐美が言った。

「えっと、ちょっと違います。30年後の俺が、30年前にミーナさんを好きになったということです。わかります?」

「ごめん、ちょっとわからない」と祐美。

「そうですか。じゃあ、俺の隣に32年後の俺、47歳の俺がいると思ってください」

「うーん、変な感じだけど、一年後の君がここにいるんだから、32年後の君がいても不思議じゃないか。いいよ、思った」

「その47歳の俺が、31年前、16歳の時にテレビに出ていた17歳のミーナさんを好きになったんです」

「そうか、47歳の遼君が同じ時代のミーナを16歳のときに好きになったってことね。こりゃめんどくさいわ。パラレルワールドみたいに考えればいいのかな」

「あ、そうです。そんな感じです」

「ミーナもいい?」

「うん、わかった」

「でも、ミーナさんは一年くらいで突然テレビに出なくなったそうなんです」

「どうして」

「その頃ミーナさんは人気絶頂で忙しくて、二時間くらいしか眠れなかったそうなんです。だから、無理して持病が出たんじゃないかと、俺のミーナさんが言ってました」

 まただ。俺のミーナさん、美菜はどうしてもそこに引っかかった。

「二時間睡眠か、それはきついね。ミーナ、やっぱりアイドルはやめとこうか」

「なによ、散々やってみろってけしかけてたくせに」

「ああ、そうだね。いや、そんなに大変だと思わなかったから。確かに無責任だった。ごめん、ミーナ」

「ううん、いい。私のことを思ってくれてのことだから」

 そう、いろいろあって落ち込んでいる美菜を励まそうとしてくれた。

「で、それから?」祐美が遼平に言った。

「はい、それからミーナさんは全くテレビに出なくなったそうなんですけど、47歳の俺、その時17歳になっていた遼平さんはそれでもずっとミーナさんのことを想い続けたんだそうです」

「まさか30年間?」

 思わず美菜が口にした。

「はい、30年間です」

「だって、その遼平さんは私と会ったことあるの?」

「いえ、テレビの中だけです。しかも一年だけ。会ったことも話したこともないミーナさんを、ミーナさんだけをずっと好きだったそうです」

「私だけを? ずっと?」

「はい、ミーナさんだけをずっとです」

 やばい。涙が滲んできた。

「やばい、ミーナ感動してる。こういう健気な話に弱いんだよね、ミーナは」

「でも、でもね、なんで君がそんなこと知ってるの。その遼平さんに会ったの?」

「そうだね、確かに」

「いえ、全部俺のミーナさんに聞いた話です。これから始まるんです。30年間ミーナさんだけを好きだった遼平さんと俺のミーナさんとの物語が」

「おー」と祐美。なにわくわくしてるのよ。

「ここから出てくるミーナさんは全部俺のミーナさんです」

「うんうん」だから、わくわくするなよ。

「そのミーナさんがある日目覚めたら、窓もドアもない謎の部屋にいたそうです。そこに遼平さんがいたんです。そして二人とも何も身に着けていませんでした」

「え、それって裸ってこと?」と、祐美が反応し、美菜は「はだか!」と叫んで立ち上がっていた。教室中の視線が集中した。

「あー、今のは本の中の話です。もう、遼平君、そんなエッチな本の話はやめてよね」と、祐美が取繕った。って全然取繕ってない気もするけど。はい、悪いのは私です。

「ねえ、これからそんな話ばっかり?」祐美が遼平の耳元で言った。

「はい、遼平さんとミーナさんの物語は全部裸です。後半俺が出てくるときは、ほとんど服着てますけど」

「ほとんどって、裸もあるの?」

「はい、最後の方に少しだけ」

「それって絶対エッチな場面があるよね。裸だけでもかなりエッチだけど」

「そうですね。すごくエッチです」

「うーん、それじゃ教室じゃ無理だね。私もミーナみたいに叫んじゃいそうだ。今日は時間もないからここまでにして、明日からは中庭で話そう。芝生のところ。それでいい?」

「はい、わかりました。それじゃ、また明日」

 そう言って遼平が美菜に向かって両手を広げた。

「何のまね? ハグなんてしないよ」と美菜が冷たく言うと、

「えー、ミーナさーん」沈んだ声を残して、遼平は教室を出て行った。

「ハグぐらいしてあげればいいのに」

「する訳ないじゃない」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ