ミーナの息子?
「ところで、遼君。仲のいい友達ができたんだって」
祐美が言った。
「あ、はい、紫苑君」
「シオン? 同じクラス?」
「はい」
「苗字は?」
「えっと、それがその……石谷です。石谷紫苑君」
遼平が口ごもったのが気になった。しかも石谷。
「石谷? 変だね。私ね、生徒会の仕事でクラスの名簿作ってるのよ。石谷という苗字はミーナ以外いないはずなんだけど」
「それがその……ちょっと複雑な事情がありまして。ミーナさんにはいつか話さなきゃと思ってたんですが、きっかけがつかめなくて……」
「とにかく話してみて」
「はい。ほんとの名前は島崎君です。島崎連君」
「島崎連。ああ、あの子ね」
「祐美、知ってるの?」
「うん、ちょっと有名な子なの。それで、どういうこと」
「体は連君なんですが、中身は紫苑君なんです」
「うん、それで?」え? なんで祐美、納得してるの?
「紫苑君も俺と同じで別の世界から来たんです。でも俺とは違って他の人の体に入っちゃったんです」
「そうか。やっぱりそうだったんだ」
「祐美、どゆこと。私ちんぷんかんぷんなんだけど」
「島崎君、生徒会の中でよく話題になっててね。二学期初めの頃、島崎君のお母さんが学校に来て、記憶を失ってるって言ったらしいんだ」
「記憶喪失」
「それだけでも大事件だよね。でもそれだけじゃないんだ。その後のテストでなんと学年一位、それも断トツトップ。英語と数学なんて全科目ほとんど満点」
英語三科目、数学二科目、それをほとんど満点。凄い。
「一学期の成績は中の下というところで、英語なんか赤点すれすれだったんだって。職員室でも凄い話題になってたって、顧問の先生が教えてくれた」
「そうなんだ」
「記憶を失ってるのに、成績は以前より爆上がりなんて理屈に合わないよね。それで大問題になったらしくて、でもカンニングしてるわけでもないんで咎めるわけにもいかないって顧問が言ってた」
「じゃあシオン君が島崎君に乗り移ったんだ」
「うん、会長が、誰かが乗り移ったんじゃないかって、冗談めかして言ってたけど、それが正解だったんだね」
美菜は祐美と話しながらも、石谷シオンという名に引っかかりを覚えていた。
「それで、そのシオン君も一年後の世界から来たの?」
祐美が言った。
「いえ、紫苑君は30年後、正確には32年後の世界、遼平さんや意識不明で眠っているミーナさんの世界から来たんだそうです」
「32年後」
祐美はそれほど驚いていない。美菜も同じだった。遼平が一年後の世界から来たことを受け入れた以上、そういうこともあるのかもしれない。それより中身が入れ替わっていることの方が大事件だ。
遼平が美菜の方を向いて続けた。
「ミーナさん、驚かないで下さい。紫苑君はミーナさんの子どもなんです。ミーナさんが意識不明のまま産んだ子なんです」
「!」
驚いていた。驚いてはいたが予感があった。心のどこかでもしかしたらという思いがあった。
「はあ? 嘘でしょう」
祐美は心底驚いているようだった。
「嘘じゃないです。雪さんが母親代わりになって育ててくれたことや、ミーナさんの介護の様子も細かく話してくれたし、ミーナさんの日記のことも話してくれました」
「日記? ミーナ、日記つけてるの?」
「うん、日記というか、覚書みたいなものだけど。遼君、その内容聞いた?」
「はい、いくつか」
「話してみて」
「祐美に失恋したというのと、菊井に強姦されたということです」
「……」
「ミーナ、合ってるの?」
「うん、一字一句そのまま」
祐美は返事をせずに考え込んだ。
美菜は、父親はだれだろうと考えていた。心当たりの人物がひとりいたが、そうであって欲しいという思いとそうであって欲しくない思いがせめぎ合っていた。
「父親は遼君なの」
祐美のその言葉に体が硬直した。
「違うと思います。遼平さんはリアルではミーナさんに会ってさえいないんで」
「じゃあ、だれ。シオン君はなんと言ってるの」
「わからないって言ってました。雪さんもわからないそうです」
「そう、なんだか俄には信じられない話ね、ミーナの子どもとか」
束の間、沈黙が訪れた。
「私、心当たりがある」
沈黙を破って美菜が言った。
「父親に?」
「ううん、それはわからない」
咄嗟に嘘をついた。祐美だけなら話したかもしれない。遼平には話せない。遼平に話して軽蔑されたら美菜は終わる。
「名前の方。私一時期、男の子にはシオンと名づけようと思ってたの」
「あれ? ちょっと前に話してたよね。子どもができたら男の子でもユーナかレーナにしようって」
祐美が言った。
「だからその前、女の子だったらユーナかレーナ、男の子ならシオンにしようと思ってた時があるの」
「そうなんだ」
「雪さんに名前のことを話したのがその頃だった気がするの。私が意識がなかったら、雪さんが名前をつけたはずよ」
「名前の話は前の世界で聞いたことがあります。以前は男の子だったら紫苑にしようと思ってたことも」と遼平。
「シオン君、紫に草冠の苑と書くの?」と美菜。
「そうです」
「やっぱり……なんだか気障な感じがするし、男の子でも女の子のように育てたかったから思い直したの」
「じゃあ本当にミーナの子どもなんだ。なんだかなあ、信じられないというか信じたくない。ミーナが遼君以外の男とエッチするなんて」
祐美が言った。
「うん、今の私じゃ考えられないけど、そのミーナは遼君に出会っていないから、仕方ないよ」
自分の言葉が身に染みた。もし遼平と出会っていなければ、ずっと暗闇の中で生きていたことだろう。暗闇で道を踏み外していたかもしれない。
午後の授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。
「ねえ、放課後もう一度集まらない? 私は生徒会の会議があるけど、最初だけ出てすぐに脱け出してくるから」
祐美が言った。美菜も遼平も賛同した。
「遼君、紫苑君を連れてきてよ」と祐美。
「わかりました」
三人はそれぞれの教室に戻った。




