光と影
「遼君、もう一回したい?」
「それは、もちろんしたいです。でも、ここ山小屋ですよね」
「そうよ。雨宿りした小屋」
「鍵って掛けてるんですか」
「山小屋に鍵なんてない……あ!」
そうだった。遼平を助けるのに必死で他の登山者が来ることなど考えもしなかった。こんなところを見知らぬ男たちに見られたらと思うとぞっとする。
「大変」
美菜は急いで遼平から離れ、下着を着けた。
「そうだ、遼君は何を着よう」
「俺もう大丈夫ですから、濡れたやつでも」
「だめ、下るまでまだ時間かかるから、また低体温症になっちゃう」
しばらく考えた。遼平には自分の服を着せ、美菜は雨具をとも思ったが、ズボンのサイズが合わないだろう。
「遼君、雨具着て。雨具だけだと下が寒いから、私のパンツ穿いて」
そう言って、一度穿いたパンティを脱いで遼平に渡した。
「でも、そしたらミーナさんがノーパンになっちゃう」
「大丈夫、ズボンは温かいから」
美菜がそう言うと、遼平は素直に美菜のパンティを受け取って身に着けた。
パンティ一枚の遼平の姿に思わず見惚れた。
すぐに我に返り、美菜もズボンを穿いて、Tシャツを着た。
遼平には美菜が持ってきたジャージの上着を着せた。下は雨具だけだ。
「下がちょっと寒いかもしれないけど、雨さえ降ってなければ動いていれば大丈夫」
美菜は荷造りを始めた。
「遼君、雨が降っていないか見てきて」
遼平が裸足で土間に降りて、小屋のドアを開けて外を見た。
「大丈夫です。降っていません。お日様が出ています」
「よかった。荷造りしてさっさと帰ろう」
美菜は新聞紙を元の場所に戻し、靴の中に入れていた新聞紙はリュックに入れた。
荷造りを終え、外に出てすぐに、二人組の中年の男たちとすれ違った。小屋に入るようだ。
美菜が「こんにちは」と挨拶すると、男の一人が、
「こんにちは。凄い雨だったけど大丈夫だった?」と声を掛けてきた。
「はい、びしょ濡れになりましたけど、そこで着替えました」
と、美菜が答えると、もう一人の優しそうだが好色そうな男が
「それは残念。もう少し早く来れば、かわいいお嬢さん方の生着替えを拝見できたのにね」
と言った。
答えようもなくて「ははは」と笑ってごまかして別れた。
しばらく歩いたあと「危なかった」と、美菜が独り言のように言うと、
「そうですね、着替えどころかセックスしてるところ見られちゃいましたね」
遼平の『セックス』という言葉が生々しく響いた。そうか遼平とセックスしたんだ。
「私、遼君とセックスしちゃったのね」
美菜がそう言うと遼平は笑い始めた。結んだ右手の甲を口に当て、声を殺して笑っている。
「何、私変なこと言った?」
「いえ、その言葉、前回は俺が言ったんです。今回はミーナさんに言われちゃいました」
物語が変わったと思った。
それまで、遼平が美菜を通して一年後の美菜を見ているような気がして、どこか割り切れない思いを抱いていた。『俺のミーナさん』という言葉にずっと引っ掛かりを覚えていた。
もう一年後のミーナに嫉妬や対抗意識を持つのはやめようと思った。これからは遼平と今の美菜で新しい物語を紡いでいけばいい。そう、私の遼君と。
もうひとつ、美菜には思い知らされたことがある。
遼平がかけがえのない存在だということだ。
もし遼平があのまま目を覚まさずに完全に冷たくなっていたら、美菜も後を追っていただろうという確信があった。遼平を守るためなら自分はどうなっても構わない。本気でそう思った。そして、遼平の願いは何でも叶えてあげたい。遼平のためだけに生きていこうと心から思った。
だれかのために生きる。それがこんなにも心地よいものだということを、美菜は初めて思い知った。
「ミーナさん」
呼ばれて遼平の顔を見た。切なさがこみ上げる。抱きしめたい気持ちを押さえて
「何」とだけ答えた。
「さっきの事故みたいなものですよね」
「低体温症になったこと?」
「いえ、セックス」
言われてみればそうだ。二人とも意図したわけではない。アクシデントの類のものだ。
「そうね」
「だから、その……ちゃんとしません?」
おどおどした、ためらいがちの様子にも愛しさが溢れ出る。
「ちゃんと? セックスを?」
「あ、でもミーナさんの体が大丈夫ならですけど……」
「それは大丈夫。遼君と抱き合ってて気持ちよかったし」
セックス自体は微妙だったが、遼平と結ばれていることに心が震えるほどに感動していた。それをもう一度味わいたいと思った。
「でもちゃんとって、どう違うんだろう」
「それは違いますよ。感動とか喜びとかがちゃんと段階踏めば……」
「あ、わかった。おっぱい触りたいんでしょう」
「えっと、それは……その……さ、触りたいです」
真っ赤になってる。かわいい。
「私のおっぱいちっちゃいよ。がっかりするんじゃない?」
「おっきいちっちゃいは関係ないです。ミーナさんのおっぱいってことが大事なんです」
「そうなの?」
両側の樹林が途切れ、吹きさらしの場所に出た。冷たい風に体温が奪われる。
「うー、寒い。とにかく早く帰ろう。なんか温かいもの食べよう」
「はい」
「そんで、遼君のアパートでいっしょにお風呂入ろうか」
「あ、はい!」輝く笑顔に胸がきゅんとなる。
「その後どうするかはその時の気分でってことでいい?」
「はい、うわ、やった」
遼平はもうそのつもりでいる。美菜もそうなるだろうと思っていた。
遼平のためだけに生きると決めたんだ。遼平が望むこと、遼平が喜ぶことであれば何でもしてあげようと思う。
遼平の足取りが明らかに軽くなっている。
遼平との未来が明るく輝いている気がしていた。同時に、その光の陰に、遼平を失えばすべてを失ってしまう怯えが潜んでいることも感じていた。




