突然の豪雨
遼平が傘を差している。
「遼君、傘?」
「傘はだめですか」不安そうな遼平。
「うん、傘は使えない。ごめん、私のせいだ。ちゃんとカッパって言っとくべきだった」
遼平は傘を折りたたみ、リュックに入れている。
山で傘は使えない。特ににわか雨の時は、横殴りの雨や下から吹き上げるような突風が吹くことがある。傘では意味がないし危険だった。なにより、山では転倒などを防ぐため両手を空けておくのが鉄則だ。
「大丈夫。ずぶ濡れになるけど、山小屋で着替えればいいから。にわか雨だから二時間もすれば止むと思う」
山小屋から頂上まで一時間ほどかかった。下りだから4・50分で着くだろう。
「遼君、急がなくていいから。転んで怪我でもしたら本当に大変になるからね。ゆっくり、慎重にね」
ともすれば焦りがちになるが、自分に言い聞かせるように美菜は言った。
10分ほど経ったころ、前も見えないほどの豪雨となった。時折突風が吹きつけ、遠くで雷も鳴っている。道がぬかるみ、遼平が二度滑った。それを助け起こしながら、美菜は『山小屋に着けば大丈夫』と心に言い聞かせていた。
慎重に降りてきたため、結局一時間近くかかってしまった。山小屋のドアを開け中に入った。
「よかった。だれもいない」
美菜の雨具は安物のため、あれほどの豪雨の中では水がしみ込んで下着までかなり濡れている。着替えるときに男がいると困る。
「ごめんね、遼君。私がちゃんと確認しなかったから。辛かったね」
美菜は遼平を抱きしめて言った。
「いえ、俺も確認してませんでしたから。それにしても凄い雨でしたね。すぐ前を歩いてるミーナさんがよく見えませんでしたよ。こんなのよくあるんですか」
「ここまで激しいのは私も初めて。雨具着てても中までしみ込んでるし。早く着替えよう。濡れたもの着てると風邪引いちゃう」
美菜は靴を脱いで、板張りの上に上がった。入り口と反対側の隅まで行ってリュックから着替えとタオルを入れた防水加工された袋を取り出す。うしろ向きのまま下を全部脱いでタオルで下半身を拭き取ってから着替えた。
遼平が見てるかもしれないと思ったが気にならなかった。そのうち見せてあげると言ったことが本当になってしまったなんて考えていた。
上半身も裸になり念入りに拭き取って着替えた。
遼平は着替え終わって壁に寄りかかり両ひざを立てて座っていた。何か言うかと思っていたが何も言わずに目を閉じている。疲れたんだろうと思い、それほど気にせずに、脱いだ服と下着を土間に張ってあるロープに掛けた。遼平が脱ぎ捨てていた服を拾い集める。雨を大量に含んでずしりと重い。絞ってロープに掛けた。
入り口近くの小さな押入れの中から大量の新聞紙を見つけ出し、小さく丸めて、遼平と自分の靴の中に詰めた。たっぷり水を含んでいるから気休めにしかならないが、少しは水を吸収してくれるだろう。
「遼君、今温かいお茶を淹れるからね」
遼平は返事をしなかった。眠っているようだ。少し眠らせてやろうと思い、その時も気にせずに、リュックからバーナーを取り出し、お湯を沸かし始めた。
お湯が沸く間、美菜も体育座りをして遼平の顔を眺めた。
気持ちよさそうに眠っている。寝顔もかわいいとしばらく見惚れていた。
それにしても山に傘を持ってくるなんて。来る前にリュックの中を点検してあげればよかった。そう言えば、美菜も初めて祐美といっしょに山に登ったとき、祐美が美菜のリュックを点検していた。さすがに傘は入れていなかったが、着替えをそのまま入れていたのを見つけられ叱られた。
「土砂降りになったらリュックの中まで水がしみ込んでくるからね。ミーナ、下着姿で帰るつもり?」
下着だけはビニール袋に入れていた。
そんなことを思い出し、苦笑いを浮かべていたとき、はっと気づいた。まさか……
急いで遼平のリュックを開いた。
タオルとポテトチップスの袋だけが入っていた。ビニール袋の類はなにもなかった。タオルに触れると濡れていた。
すぐにバーナーを消して、遼平の服に触れた。濡れている。
「遼君、起きて。寝ちゃうと死んじゃう」
肩を掴んで揺れ動かしても、顔を軽くはたいても反応がない。
これは眠っているのではない。意識を失っている。
遼平の体操着とジャージを脱がし、美菜のタオルで体を拭き取った。
パンティをどうしようと思ったが、このまま遼平が目を覚まさなかったら絶対に後悔すると思った。
パンティを脱がし、股間を拭き上げた。
遼平をひっくり返して背中やお尻、脚を、力を込めて拭いた。
仰向けに戻し、急いで押入れからありったけの新聞紙を持ち出して、遼平の頭の近くに置いた。
それから、自分も服を脱ぎ捨て全裸になって遼平の上に覆いかぶさった。
遼平の体は冷たかった。
もうだめかと泣きそうになったが、歯をくいしばって堪えた。
新聞紙を、自分のつま先、ふくらはぎ、太もも、お尻、背中、肩、頭の上に数枚重ねで隙間なく被せた。
そして、両腕を遼平の背中に差し入れて力の限り抱きしめた。
「遼君、そっちに行っちゃダメ。戻って来て、私のところに戻って来て」
反応はなかった。
堪えていた涙が溢れだす。涙が一粒、二粒、遼平の頬に落ちた。
遼平を濡らしてはいけないと急いで両手で拭き取った。
後から後から涙が落ちる。
顔をずらして、遼平の耳元で叫んだ。
「遼君、今裸で抱き合ってるよ」
更に大声で
「エッチできるよ。遼君とエッチできるんだよ」
こみ上げるものがあり続けられなくなった。




