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再会

 いつものように昼休みに、祐美が窓際の美菜(ミーナ)の席にやってきた。空いている前の席に後ろ向きに座って言った。

「どした、ミーナ。ぼんやりしちゃって」

「いや、また山に行きたいなって思ってて、シオンの群落を見に」

 去年、祐美といっしょに登った山で、たまたま見つけたシオンの花の大群落。それをもう一度見たかった。

「ああ、あれ。あれはすごかったね。そっかあ、あれからもう一年たっちゃったんだ」

「祐美、全然山に連れてってくれないんだもん」

 半年前に、祐美に彼氏ができてから、週末はデートに忙しくて山に連れて行ってもらえていない。

「ごめんて。そうだね、近いうちにまた行こうか」

「うん、お願い」

 やった。また祐美と山に行ける。

「そうだ。山では低体温症が一番怖いって、前に言ってたじゃない?」

「うん、そうだね」

「それって冬山じゃなくてもなったりするの?」

「なるよ。雨に濡れて風に吹かれたらイチコロ」

「イチコロって死んじゃうの?」

「そうだよ。でもまあ冬じゃなければ、雨具着てれば滅多なことではならないけどね。台風みたいに土砂降りで、動けないほど風が吹いてたら危ないけど」

「万一、低体温症になったらどうすればいい?」

「体を温めるしかないかな」

「どうやって」

「それはね……」

 にやついた顔で祐美が続けた。

「まずミーナを真っ裸にする」

「やだ。裸になったら余計寒いじゃない」

「濡れたものを着てるとそこから体温奪われるからね。まず全部脱がして乾いたタオルで水分を拭き取るの」

「そうなんだ」

「それでもって、私も真っ裸になってミーナと抱き合うの」

「えっ!」

 思わず想像してしまった。

「いやだ、祐美、そんなの……」

「こらこら、妄想しないの」

「もし私が低体温症になったら、それを祐美がやってくれる?」

「そりゃ、大切なミーナの命を救うためなら、なんだってやるけどね」

「わーい、祐美、ありがとう」

 妄想が加速する。

「でもまあ、他に登山者がいれば、そこらの男どもを裸にして、上下左右からミーナを温めさせるけどね」

 妄想が消え、地獄図に変わった。

「げー、気持ち悪い。祐美は温めてくれないの?」

「私はほら、男どもがミーナに不埒な真似をしないように監視しとかなきゃならない」

「もう、祐美ったら、テンション下げるの名人ね」

「それはそうとミーナ、聞いた?」

「ん、何を」

「一年に転校生が来たんだって」

「そうなんだ、それが?」

「それがね、男の子なんだけどすごくかわいいんだって」

 かわいいなんて言葉は祐美のためにあると思った。150センチに満たない小さな体でとても高校二年生とは思えない。顔の造りも一つ一つが小造りで、そのくせ瞳だけが大きく、白目がほとんどない。その黒目がちの子犬のような目で見つめられると、思わず抱き上げてキスしたくなる衝動に駆られる。

 見た目に反して性格は男勝り。義理と人情に厚く、筋を通す。不正の匂いがすることに黙っていられない。言行不一致の人間がいれば、それが先生であれ糾弾する。恋人がいるのに他の人に食指を伸ばそうとする者には、噛みついてその非を糺す。いじめの気配を嗅ぎつけると全力で被害者の応援に回る。

 美菜は高校に入って初めて祐美に出会った。出会った瞬間に惹かれた。そして、その見た目と中身のギャップに毎日のように悩殺されている。

「またそんな目で私を見る。どんだけ私のことが好きなのよ」祐美が言う。

 しまった、想いが顔に出ていたか。

「でも嬉しいよ。こんな絶世の美女に想われて、男冥利に尽きるってもんだ」

 男じゃないでしょと突っ込もうとしたが、なんだか悔しかったので黙殺した。

「やだな。ボケたら突っ込む約束でしょう」

 それも無視して「だったら私に乗りかえてよ」と、ダメ元で言ってみた。

「私の性格知ってるでしょう。もう勇輔とエッチしちゃってたからね。裏切れないよ。エッチする前に告白してくれてたら、ミーナと禁断の海で溺れてたかもしれない」

 うー、わかってるよう。何度それを悔やんだことか。

「もう、言わないで。よけいに悲しくなる」

 人生ってタイミングだ。大事なところで逡巡していたら千載一遇の機会を逃してしまう。

「あ、それでね、さっきの男の子なんだけど、セーラー服着てるんだって。それにポニーテール」

 沈んだ空気を変えようとしたのか、祐美が明るく言った。

「え、男の子なのに? そんなことできるの?」

「うん、なんでも、トラン……、トランジスタじゃない、トランジットでもなくて、そうだ、トランスなんとか」

「トランスジェンダー?」

「そうそう、それ。それで認めてもらったらしい」

「ふーん、体は男なのに、心は女なんだ」

「だからね、私思ったんだ。この子ミーナにぴったりなんじゃないかって」

「うーん、どうだろう、それでも男なんだし」

「見に行ってみない、その子」

「え、これから?」

 祐美が美菜の手を取って、立ち上がらせた。

「そ、行ってみよ」

 確かに興味があった。男なのにかわいい。それは絶対評価なのか。男にしてはかわいいというレベルかもしれない。見てみたいと思った。

 祐美に手を引かれて歩き始めたとき、開いている入り口にセーラー服の女の子が現れた。

 かわいい! でも見知らぬ子、じゃあこの子がその男の子?

 彼女もしくは彼が不安そうな顔で教室の中を見渡している。そして美菜と目が合ったとき、その顔が笑顔に変わった。

「ミーナさーん」と叫びながら、美菜に駆け寄り抱きついた。

 え、何? と思った一瞬後、美菜は悲鳴を上げて彼を突き飛ばしていた。

 彼は仰向けに倒れて教卓に頭をぶつけた。大きな音がした。スカートがめくれ上がり、まっ白な下着が露出した。

「あ、ごめん」美菜は言った。

 祐美が駆け寄り、スカートを直し、「大丈夫?」と声を掛けた。

 クラスのほぼ全員が何事かと注目している。教室の外にも他クラスの生徒が大勢いて、教室の中を覗いている。

「頭ぶつけてるから念のため保健室に行こうか。ミーナも来て」

 そう言って祐美は彼を助け起こし、美菜の手をひいて、三人で教室を出た。

 教室の外、大勢の好奇の眼差しの中をすり抜けるようにして保健室までやってきた。

 保健の先生はいなかった。三人とも適当な椅子に座って、祐美が言った。

「頭、大丈夫? 目眩とかしてない?」

「大丈夫です。角っこじゃなかったので」彼が言った。

「あなた転校生よね」と、祐美。

「はい、一年三組に転校してきた仁藤遼平と言います」

「へえ、やっぱり男の子なんだ。で、なんでいきなりミーナに抱きついたの。ミーナのこと知っていたの?」

「はい、俺一年後の未来から来たんです。ミーナさんとは恋人同士でした」

 その言葉に祐美と美菜は同時に別の反応をした。

「一年後?」と祐美。「恋人同士?」と美菜。

 祐美がそっちかよという目で美菜を睨んだ。確かに一年後は衝撃だけど、恋人同士に驚いてもいいじゃない。美菜は心の中で反論した。

「ほんとに頭、大丈夫?」祐美が言った。

「大丈夫です。ほんとなんです。信じられないでしょうけど……」

 束の間の沈黙の後、祐美が言った。

「まずそれを私たちに信じさせないと話にならないよね。ミーナの恋人と言うなら、ミーナのこと何でも知ってるよね。話してみて」

「話しても大丈夫ですか」

 遼平が上目遣いに美菜に言った。その仕草にときめいてしまい、美菜は返事ができなかった。

「大丈夫よ。私はなんでも知っているから。そうでしょ、ミーナ。私に何か隠してることある?」

 代わりに祐美が言った。

「何も…ないと思う」

「そうですか。じゃあ」

 遼平が祐美を見ながら言った。

「あなたは森下祐美さんですよね。ミーナさんはあなたに失恋したと言ってました」

 衝撃が走った。だけどそのことは、クラスの中でも勘のいい子は気づいていたかもしれない

「ミーナさんは祐美さんに告白しようかずいぶん迷っていたそうなんです。でもそんな時、祐美さんの方から告白されたと言ってました。彼氏ができたって。三日後にはキスしたって。一週間後にはセックスしたって」

「……」

「ミーナ! それ、しゃべっちゃったの?」祐美が叫んだ。

「知らない。私、だれにも話してないから」美菜が叫び返した。

「そうか、一年後の話か」

「でも、それを私が君に話したってことよね。一年後に」美菜が言った。

「はい、俺とあかりさんに話してくれました。俺たち三人、すごい仲良しだったんですよ」

「あかりさん?」

「だれ、それ。ミーナ、知ってる?」

「あ、知らないと思います。ここから200キロ以上離れたところに住んでいる人ですから。俺もそこに住んでいたんです。ミーナさんはわざわざ転校してまで俺に会いに来てくれたんです」

「え、ミーナ転校しちゃうの? 私、嫌だよ」祐美が言う。

「大丈夫です。今回は俺が転校してきましたから。もうミーナさんは転校しません」

 祐美の告白のことはだれにも話していない。祐美が美菜以外に話すことも考えられない。

 残る可能性は、祐美の彼氏、勇輔がだれかに話したことか。確かに男の子は自分の性体験を友だちに自慢したがるというのは聞いたことがある。きっとそうだ。それに自分がこの子に会うために、失恋したとはいえ大好きな祐美から離れていくなんて信じられない。

「でも私、君を知らない。それなのになんで転校してまで君に会いに行ったのかな」

「あ、そうですね。それを話さないと。でも困ったな」

 そう言って遼平は全身から困惑のオーラを醸し出している。困った表情を浮かべ、椅子に座った尻が落ち着かず、もじもじしている。

 もう、なんなの。いちいち仕草がかわいいんですけど……

「それを説明するのはちょっと込み入ってまして、時間が……」

 遼平が壁の時計を見ながら言った。昼休みはあと10分しかない。そういえばまだ弁当も食べていない。

「じゃあ、こうしよう。明日から毎日、お弁当食べたあとに私たちの教室に来るのよ。そして話の続きを聞かせて。その上で君がミーナの恋人に相応しいか、私が判定してあげる」

「ちょっと祐美、勝手に決めないでよ」

「いいじゃない、遼平君かわいいし、ミーナ、大好物でしょ。それに話の続きも気になるでしょう」

「そりゃ気になるけど。なによ、大好物って」

「まあまあ、それで決まりね。早く戻ろう。お弁当食べる時間がなくなっちゃう」

 三人は急いでそれぞれの教室に戻った。


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