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コウノトリさん

「少し歩こうか」

 立ち上がり、手を繋いだまま池の周りの小径を歩き始めた。

 大丈夫だ、拒絶反応は出ない。遼平であればそのうち抱きしめることもできる。キスもできる。ゆっくりと愛を深めていけばいい。

「他にどんな冗談を言ったの」歩きながら美菜が言った。

「極めつけのがあります。言ったときはそんなに受けるとは思わなかったんですが」

「どんなこと」

「遊園地の帰りのバスの中でのことです。トランスジェンダーの話になって。ミーナさんが、遼ちゃんは女の子になりたいのって聞いたんです」

「何て答えたの」

「女の子みたいにすると自由になった気がするって答えました。泣きたいときに泣けるし、人前でもミーナさんに抱きつけるし」

 そうか。見た目完璧な女の子だし、人の目を気にせずに抱き合える。美菜は今さらながらそのことに気づいた。

「うん、それで?」

「でも、体は男でいたいって言ったら、あかりさんが、ミーナさんに赤ちゃん作ってあげないといけないからねって言ったんです」

「……」

 思わずその場面を、赤ちゃんを作る場面を想像してしまった。顔が赤くなっていくのを感じていた。

「で、俺言ったんです。さっき、キスしたから赤ちゃんできたか楽しみですって」

「は?」

 恥ずかしい場面を想像していたのに、思い切り肩透かしされた気分だった。

「遼君、それってマジ?」

 言ったあと気づいた。今冗談の話をしていたんだった。

 遼平が笑いながら言った。

「ミーナさん、同じこと言ってる」

「そっか。これが冗談か」

「はい。二人とも俺の言ったことに驚いてて、今のミーナさんのような反応してたんです。それでミーナさんが、『遼ちゃん、赤ちゃんはね』って、赤ちゃんの作り方を説明しようとしたんです」

「えーー」

「でも、俺がにやにやしてるのを見て、冗談だと気づいたようで、三人で笑ったんです」

「うふ、楽しそう」

「はい、でも三人が突然笑ったんで、乗客の視線を一斉に浴びちゃいました。10人以上いたと思います」

「あら」

「それで笑いこらえてたら、ミーナさんが『私、遼ちゃんに赤ちゃんの作り方、説明するところだった』と言って、あかりさんが『それ続き聞きたい』って言ったんです」

「うん、それで?」

「ミーナさんは、いいわよ、赤ちゃんはね……」

 そこで遼平は言葉を切って、勿体つけた。まさか言ってないよね。

「コウノトリさんが運んでくるのよ」

 笑いが弾けた。遼平も笑っている。

「それで三人とも大笑い。またまた視線を浴びて」

「あらら」

「必死で笑いこらえてたんですが、耐えられずに次のバス停で降りたんです。目的地じゃなかったんですが」

「ほんとに楽しそう」

「まだあるんです。バスを降りたら笑いが爆発しちゃって、ミーナさんやあかりさんは息もできないくらい笑い転げてました。俺、ほんとに心配したんです。死んじゃうんじゃないかって」

 そう言って、遼平は楽しそうに笑っている。その笑顔を見ていると、美菜の頑なな心が芯からほぐれていくのを感じていた。遼平とずっといっしょにいたい。心からそう思った。

「散々笑ったあと、ミーナさんが『遼ちゃん、殺すつもり?』って言ったんで、俺『ちがいますよ、ミーナさんのコウノトリさんのせいですよ』って言ったんです」

 また二人で笑った。楽しかった。遼平となら、こんなに楽しい時間を過ごせる。

「それで? 私、何と言ったの」

「笑いながら、ひきつった声で、コ、コウノトリさん、ご、ごめんなさいって」

 美菜は声を上げて笑った。すれ違ったカップルが笑顔でこちらを見ていたが、気にならなかった。

 ふと気がつくと、遼平が目を潤ませて美菜を見ていた。

「遼君、どうした」

「俺、ミーナさんが大笑いしている顔が大好きだったんです。それをまた見ることができて嬉しいんです。今、ミーナさんに抱きつきたいのを必死で我慢してるんです」

 遼平の目から涙が一粒零れ落ちた。

 気づけば美菜は遼平を抱きしめていた。

「あ、ミーナさん?」

「いいよ。思い切り抱きしめて」

 遼平は、最初は優しく美菜を抱きしめた。徐々に力を込めてきているのを感じた。遼平の方が10センチほど背が高いため、強く抱きしめられると美菜はエビ反り気味になる。体勢は苦しかったが幸せだった。

 これまで辛いことばかりで、自分なんて生きている価値はないと思っていた。祐美といるときだけは楽しいと感じることもあったが、祐美には勇輔がいる。いつもそばにいてくれるわけではない。寂しかった。

 遼平はそんな美菜を愛してくれている。必要としてくれている。生きていてもいいんだと思わせてくれる。

 遼平とともに生きていこうと思った。

「遼君」

「はい」

 頬が触れ合っていて、涙声で答える吐息が首筋に当たった。

「私を遼君の恋人にしてくれる?」

「は、はい。もちろんです」

 そう言うと遼平は声を上げて泣き始めた。子どものように泣いている遼平を見ていると、観覧車の中での美菜の気持ちが痛いほどわかった。

 愛おしい、守ってあげたい。心からそう思った。

 遼平が泣きながら美菜を強く抱きしめた。

「りょ、遼君、嬉しいけど苦しい。息ができない」

「あ、ごめんなさい」

 慌てて遼平は美菜から離れた。

 美菜は遼平の手を取り、恋人繋ぎをして言った。

「もう少し歩こうか」

 遼平のひんやりした滑らかな手の感触が心地よかった。ずっと触れ合っていたい。

「私、恋人ができたの初めて」

 歩きながら美菜が言った。

「ミーナさん、こんなにきれいなのに……不思議です」

「男の人、嫌いだったからね。女の子には片想いしてたし」

「ああ、そうでした」

「私ね、今すっごくわくわくしてるの、遼君の恋人になれて。でも恋人って何するんだろう。遼君、何したい」

 言ってしまって思った。遼平がセックスしたいと言ったらどうしよう。いずれそうなるだろうという確信はあったが、今は無理だ。


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