初デート
「遅いね、遼君。待ち合わせの場所間違ってるのかな」
遼平と美菜の初デートの日、美菜にせがまれて最初だけ付き添うことになった祐美が言った。約束の五分前に、待ち合わせのバス停に着き、そばのベンチに座っていた。
「10時になったばかりだから。もう来ると思うけど」
美菜はそう言って、上体をひねってアーケード内の歩道を見渡した。
「あ、あの子かわいい」
「え、どの子」
「ほら、薬局のカエルさんの前に立ってる子」
白いTシャツにミニのオーバーオール、青いキャップを被って、不安そうにあたりを見回している女の子がいた。
「ほんとだ。かわいい。それに脚、かっこいい」
祐美が言った。さらに
「あれ、遼君じゃない?」
「うそ、ちがうでしょ。ポニーテールじゃないし」と美菜。
キャップの下から長い髪が胸まで届いている。
「ほどいただけでしょ。遼君だよ」
祐美が立ち上がって「りょうくーん」と呼びかけ手を振った。
オーバーオールの子がこちらを向き、笑顔となって小走りで近寄ってくる。
美菜はその笑顔と仕草に釘付けとなり、これが男の子であるはずがないと思った。それに、これほどミニスカートが似合う男の子なんてあり得ない。
「おはよう、遼君」と祐美。
「おはようございまーす」満面の笑顔で遼平が言う。
またしてもその笑顔に、美菜は金縛りにあったように立ちすくむ。
「ミーナ、どうした。挨拶しないの?」
「え、何」
「何じゃなくて、挨拶」
「あ、そうね。えっと、その、末永くよろしくお願いします」
なんとかそう言って頭を下げた。
「ミーナ、何言ってるの。それじゃ嫁入りの挨拶じゃない」
笑いながら祐美が言った。
「なんだか頭がぼーっとしちゃって」
「こちらこそよろしくお願いします」
遼平も結んだ右手を口元に当て、半分笑いながら言った。
その仕草にも引き込まれてしまう。これが男の子の訳がない。確かめたいと思った。
「ま、いっか。いずれ結婚するんだろうから」
そう言って祐美は周りを見渡して、
「とりあえず、あそこの喫茶店に入って、これからどうするか決めよっか」
三人でその喫茶店に入る。
水とおしぼりを持ってきたウエイトレスに注文を告げたあと、祐美が言った。
「でも、遼君ほんとかわいいね。ほんとに男の子なの?」
「そうですよ。証拠見せましょうか」
「いやいや、そんなこと……」
照れたように祐美が水を飲む。つられるように遼平もコップの水を飲んだ。
「私、見てみたい」美菜は独り言のようにぼそりと言った。
二人が飲んでいた水を噴き出した。
「やだ、何やってるの二人とも」
美菜はそう言って、おしぼりでテーブルの上を拭いた。
「ミーナ、なんてこと言うの」
祐美が咎めるように言った。
「だって、仕草も声も完全に女の子なんだもん。それにミニスカートもすごく似合ってるし」
「あのね、普通男の証拠と言えば、パンツの中身のことを言うの。ミーナはそれを見たいって言ったのよ」祐美は美菜の耳元で囁いた。
「え?」
祐美が言った内容がすぐには頭に入ってこなかった。
「えーーー、私そんなこと全然思ってなかったからね。信じて、遼君」
「あ、はい。信じてます」
「じゃあ、何だと思ったの、男の証拠」
「だから、学生証とか?」
「学生証は持ってきてないです」
ウエイトレスが注文した飲み物を運んできた。
アイスコーヒーを飲みながら祐美が言った。
「でも私も思ったな、仕草と声が女の子だって。元々そんな感じ?」
「ちょっと作ってます。女装を始めてから意識して。今ではこれが自然な感じです。男の声を出せと言われても意識しないと出せません」
「出してみて」
遼平が咳払いして、
「こんな感じです」男の低い声で言った。
「おー」二人が声を揃えた。
「じゃあ、女の声で」と祐美。
「ミーナさん、大好きです」
「いやだ、遼君……、私も好きよ」
思わず言ってしまった。
「やだやだ、デートの付き添いなんてするもんじゃない。当てられるだけじゃない」
そう言って祐美はアイスコーヒーを飲み干して、
「ミーナ、もう大丈夫でしょ。私行くね」
「うん、祐美ありがとう」
「どういたしまして。じゃね、ミーナがんばって。遼君はがんばっちゃだめよ。少しずつ少しずつ距離を近づけて」
「はい、祐美さん、ありがとうございました」
自分の分の料金をテーブルに置いて、祐美は出て行った。
「わざわざ来てもらって、なんだか申し訳ないです」
遼平が言った。
「あ、いいのよ。祐美もこれからデートだから。近くで待ち合わせしてるみたい」
オレンジジュースを飲みながら、美菜が言う。遼平はカフェオレを飲んでいる。
「そうなんですか」
「これからどうする。映画でも見る?」
「それもいいですけど、俺ミーナさんと話がしたいです。だから、どこか静かな所へ行きたいです」
「じゃあ、近くに公園があるから、そこに行こうか」
「はい」