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三人の幸せ

「まだ続きがあるんだけど、とりあえずここまで。どう、びっくりした?」

 紫苑が言った。びっくりしたどころではない。驚きすぎて頭の芯が麻痺しかけている。何度も突っ込みかけたが、口を挟むなと言われていたため耐えていた。

「驚きすぎて言葉が出ない」

 遼平はなんとかそれだけ言って、頭の中を整理した。

「まず確かめたいのは、ユーナは俺とミーナさんの子どもなの?」

「そうだよ。遼君が母さんをお風呂に入れたあと、結ばれたときのね」

「間違いない?」

「間違いないよ。ユーナは遼君によく似ている。目がそっくりなんだ。でも印象はちょっと違う。一言でいえば、ユーナは天真爛漫。遼君は……可憐という言葉がぴったりかな。あかりさんも言ってたけど、とても繊細で傷つきやすい。だから守ってあげたい」

「うん、傷ついてる。紫苑君がユーナに一目惚れしたから」

「それは、その、いろいろ微妙な訳があって……」

「さっき話してくれたことは、俺に会う前のこと?」

「そうだね。あの日は結局アパートに帰ったんだ。着替えとか何も持ってなかったから。それでアパートで眠って、連が目覚めて、遼君が僕のクラスに転校してきたんだ」

 だったら、紫苑は嘘をついたことになる。

「俺のこと好きになったって言ってくれたよね。こんな気持ちはミーナさん以外は初めてだって言ってたけど、その前にユーナを好きになってるよね」

「それは、だって告白するのに、そんなこと……、うん、ごめん、嘘ついてた。でも、信じて、ちょっと言い訳っぽいけど、連と紫苑は、記憶は繋がってるんだけど、感情は体に影響されるみたいで、紫苑の時はユーナ一筋で、遼君のことはほとんど思い出さないんだ。逆に連の時は、遼君のことばっかり考えてるんだ。遼君のことが好きでたまらない。今だって遼君を抱きしめてキスしたい」

 その言い訳に少しばかり釈然としない思いはあったが、つまらない嫉妬心で紫苑と仲違いしたくなかった。それにその嫉妬先が自分と美菜の子どもであればなおさらだ。ユーナが存在していて、紫苑と恋仲になっている。そう思うとむしろ喜びが湧き上がってくるのを感じていた。

「わかった、俺も紫苑君好きだから、その言い訳を信じる。ユーナって結ぶにミーナさんの菜って書くの?」

「そう、そうだよ。遼君、知ってたんだ」

「うん、ミーナさんが、子どもができたらユーナかレーナにしたいって言うから、俺が結ぶのユーナがいいって言ったんだ」

「そうだったんだ。母さんのメモ帳に、結ぶの結菜と優しいの優菜、あと王に命令の令の玲菜があって、結ぶの結菜に赤丸がつけてあったんだって。そしてその横に男の子でも結菜、女の子のように育てるって書いてあって、あかりさんがその通りにしたって聞いてる」

 その話を聞いて、遼平は美菜のアパートで美菜と二人きりで話した場面が鮮明に蘇ってきた。もし角刈りに襲われなかったら、結菜と三人で、あるいはその弟か妹の玲菜と四人で幸せに暮らしていたのかもしれない。結菜に会いたいと思った。

「ユーナ、かわいいの?」

「うーん、その質問に答えるの、ちょっと難しいかも、遼君、気分害するんじゃない?」

「大丈夫。さっきは紫苑君に嘘つかれたのがショックだったんで。考えてみればユーナは俺の子どもなんだし、紫苑君に愛されて今は嬉しいと思ってる」

「そう、だったら遠慮なく言うよ。紫苑はユーナにメロメロだから当然かわいくて仕方ないんだけど、連の目で客観的に見ても、ユーナはとんでもなくかわいい。あんなにかわいいのは女の子でもそうはいないと思う。見た目だけでなく仕草や性格もかわいいの一言に尽きると思う。あれで男の子っていうんだから信じられなかったよ。それは遼君も同じだけど」

「信じられなかったって、今は信じてるの?」

「うん、証拠見ちゃったからね。お風呂で」

「へえー、お風呂入ったんだ。綾ちゃんも?」

「うん、あの次の日、ユーナが入ろうってせがむもんだから。紫苑はユーナの頼みを断れないから」

「他人事みたいに言うんだね。それで、どうだった」

「あ、うん、見たくなかったかな。僕にとっては、ユーナは女の子でいて欲しかった」

「違うよ。綾ちゃんに襲われなかった?」

「ああ、それがね、綾ちゃん、前日とは打って変わっておしとやかだったんだよね。恥ずかしがってるのか照れてるのかわかんないけど、全然僕の方を見ないんだよ。話しかけもしなかった」

「そうなんだ。それで、綾ちゃんを愛せるの? 三人で愛し合うんでしょう」

「たぶん。ユーナが望んでるし、ユーナと愛し合ってる綾ちゃんだったら、紫苑も愛せると思う」

「また他人事みたいに。そうか紫苑君、綾ちゃんと交尾しちゃうんだ」

 傷つくかと思ったが、言葉にしてみても胸は痛まなかった。どのみち遼平は紫苑とは直接は結ばれない。美菜を通して結ばれる。紫苑も結菜と結ばれるためには綾が必要なんだと思った。

「でも、当分先のことになると思う」

「そうなの」

「綾ちゃん、妊娠中だからね。安定期だからやってやれないことはないそうだけど、万一ってこともあるからね。ユーナも妊娠がわかってからはやってないって言ってたから」

「そっか、じゃあ赤ちゃんが生まれてからだね」

 あれ? 結菜の子ども? だったら俺の孫?

「俺、おじいちゃんになるの?」

「何を今頃? 母さんもおばあちゃんだよ」

「えー、俺、15歳だよ。それなのに息子の結菜が17歳で、もうすぐ孫が生まれる! なんだこれ」

「そうだね、なんか変な感じだね。それより、遼君生きてたんだよ、それは気にならないの?」

 言われてみれば確かにそうだ。意識不明で眠っていると言われて、ああ生きていたんだとは思ったが、結菜の存在が強烈で、さほど意識には登らなかった。

「うん、死んだと思ってただけで確信はなかったからね」

「そうなんだ」

「そうか、俺とミーナさんをVRに繋ぐって言ってたね。目を覚ましたら、俺はどうなるんだろう。そっちに行っちゃうのかな」

「大丈夫って言っていいのか、残念ながらって言っていいのかわからないけど、遼君、目覚めたんだよ。母さんも。ツインVR成功したんだ」

「え、ほんとに?」

 喜びとともに疑問も湧いた。自分はここにいる。だったら目覚めた遼平はだれなんだろう。30年後の遼平であって欲しかった。

「それで、目覚めた俺はだれなの」

「遼平さんだって、ユーナが、パパが遼平さんになってたって言ってた」

 それを聞いて遼平は心から安堵した。そして美菜のために喜んだ。自分を愛してくれた美菜を悲しませずに済んだ。その喜びが涙となって溢れた。

「よかった。ミーナさん、ほんとによかったね」

 遼平は両手で顔を覆って泣いた。

「遼君……」

 紫苑がそばに来て、遼平を横抱きに抱いた。

「あっちの母さんに会いたかった?」

 遼平が少し落ち着いたとき、紫苑が言った。

「会いたいよ。会って思い切り抱きしめたいよ。でも、そしたらこっちのミーナさんと別れなきゃなんない。やっと心を開いてくれたミーナさんを悲しませたくない。それに紫苑君とも別れたくない。だから、これでよかったと思う。みんなが幸せになれる」

「遼君……」

 紫苑が遼平を強く抱きしめて言った。

「ほんとによかった。遼君がいなくなるかもしれないと思って不安だった」

「紫苑君、ミーナさんに会った? 抱きしめてもらった?」

「ああ、会ってない。あかりさんに止められてる。母さん、ユーナのことで驚くと思うから、僕のことは母さんが落ち着くまで待ってって言われてる。僕もそう思う。僕が母さんの子だというのも説明が難しいしね」

「そうなんだ。ユーナは会ったの?」

「うん、最初は母さん、すごく驚いてたそうだけど、あかりさんが説明してくれて、ユーナを抱きしめてくれたって。ユーナ、すごく喜んでた」

 言いながら、紫苑が笑ってる。

「どうした。なんか面白いことがあったの」

「それがね、ユーナ、母さんのおっぱいを吸ったんだって」

「えーー」

「ユーナはおっぱいが大好きなんだよね。小さいときはあかりさんのを吸ってたって言ってたし、中学生になってからは綾ちゃんのを吸ってたんだって。それに僕と同じで、毎日母さんの体を拭いてたそうだから、きれいな母さんのおっぱい、吸いたかったんじゃないかな」

 思わず想像してしまった。まだ見ぬ自分の息子の結菜、見た目完璧な女の子の結菜が上半身裸の美菜の胸に顔を埋めている様子を。それは遼平が美菜と結ばれたときの回想よりはるかに甘美な想像だった。

「今、その場面を想像してたでしょ」

 紫苑に図星を刺され、苦笑いしながら遼平は「うん」と答えた。

「僕もだよ。その時の母さんの気持ちを思うと、なんかおかしくてつい笑っちゃうんだ」

「そうかな。すごく艶っぽい感じがしたけど」

「ああ、そうね、そんな感じもあるけど、考えてみて、母さん17歳で意識喪失してるから精神的には17歳のままなんだよ。それが同じ17歳のユーナにおっぱい吸われてるんだよ。母さんどう思ったかなって」

「ああ、そうか。戸惑っただろうね」

「戸惑っただろうし、その刺激に必死で耐えていたんじゃないかな。つまり悶えてたんじゃないかなって、そう思うとなんか笑っちゃうし、母さんのことが愛おしくなった」

 愛おしい! そうだ、その言葉が今の遼平の心にぴたりとはまった。

「もちろん、自分の娘に胸を吸われることに幸せも感じていたと思うよ」

「娘? 息子じゃなくて?」

「うん、ユーナ、セーラー服着ていたし、ポニーテールだからね。でも、その後いっしょにお風呂に入ったらしくて、母さん驚いて、抱きしめるのを一瞬躊躇したそうなんだよ」

「ああ、そうだろうね。それで?」

「ユーナが泣きそうになって、ユーナの泣いてる顔、ほんとに遼君そっくりになるんだよ。たぶんその時に、ユーナが遼君の子どもだと、母さん実感したんじゃないかな」

「それで、どうなったの」

「お風呂の中で抱き合ったって、『17年間も待たせてごめんなさい』って、二人とも泣きながら」

 目頭が熱くなった。美菜の喜びが時と空間を越えて、遼平の心に流れ込んでくる気がした。

「俺はその時どうしてたの」

「まだ眠っていたんだって。でも二人がお風呂に入ってるときに目覚めて、ちょうど仕事から帰ってきた綾ちゃんが気づいて、お風呂に呼びに行ったそうだよ」

「うん」

「でも、それが遼平さんだったらしくて、遼平さん、状況がわからなくてすごく戸惑ってたらしいんだけど、母さんの顔を見て落ち着いたんだって。母さんは中身が遼平さんだってわかってたみたい」

「それは、VRの中で会話してるだろうから」

「ああ、そうか。ユーナが言ってた。パパとママ、すごく愛し合ってる感じだったって」

 遼平は美菜のために喜んだ。美菜は幸せに暮らしていける。未来の遼平といっしょに。あかりや綾もいる。そして結菜も紫苑も。そこに自分だけいない寂しさも少しだけ感じていた。

「ミーナさん、遼平さんに話してくれたのかな。俺とミーナさんの物語」

「どうだろう。僕はその場にいなかったし、ユーナにそこまで聞いてない。ただ、ユーナと母さんと遼平さんが三人で抱き合ったっていうのは聞いた。ユーナは嬉しくて大泣きしたって」

「そう、じゃあミーナさん大丈夫だね。紫苑君がいてくれてよかった。ミーナさんが悲しい思いをしてないか心配だった」

「うん、ほんとはもっと早く話すべきだったんだけど」

それはそうだと思ったが、嘘をついてしまったことで話しにくかったのだろう。

「大丈夫、話してくれてありがとう。これであっちのミーナさんの心配をしなくてよくなった。こっちのミーナさんに全力で向き合える」

「そうだね、日曜日初デートだね」

「うん、すごい楽しみ。何着ていこうかな。紫苑君どう思う」

「うーん、そうだねえ」

 紫苑はしばらく考えて言った。

「そうだ、あれがいい。ミニのオーバーオール。あれ着てる遼君めちゃかわいい」

「そう? じゃあそうしようかな」

「うん、それがいい。きっと母さん、遼君の可愛さにメロメロになるよ。ああ、なんか僕の方がどきどきしてきた」

「ふふ、紫苑君も来る?」

「やめてよ。お邪魔虫になるだけじゃない。報告を楽しみにしてるよ」

 紫苑が心からの味方でいてくれる。それが嬉しかったし心強かった。

「そうだ、ずっと聞きたかったんだけど、遼君、何か格闘技やってる」

「格闘技? なにもやってない。というか殴り合いとか好きじゃない」

「そうだよね。遼君優しいからね」

「でもなんで」

「母さん、きれいだから。男たちにとって母さんはすごいご馳走なんだよ。言葉悪いけど」

「うん、そうだね」

「悪い奴なんか、無理やり手に入れようとすると思うんだ。高校の先生や強姦未遂事件みたいに」

「そうか、そいつらからミーナさんを守らないといけないんだ」

 強姦未遂事件のときは不意打ちでうまくいったが、差しの勝負となれば全く自信なかった。

「手に覚えがあればいざという時、役に立つと思うんだよね」

「紫苑君は何かやってるの」

「うん、空手やってる」

「空手? すごいね。それは、ミーナさんを守るため?」

「うん、いや最初はね、体力作りのためにやってたんだけど。僕外に出られないでしょう。だから雪さんが、近所の空手道場の先生と話をして、家に来てもらって稽古つけてもらってた」

「そうなんだ」

「最初はそんなに一生懸命取り組んでなかったんだけど、母さんの日記見てからかな。母さんを守ろうと思って真剣にやり始めた」

「どれくらいやってるの」

「12歳のときからだから18年」

「18年! じゃあ強いんだ」

「二段くらいの力があるから、相手が素人ならまず負けないって先生は言ってくれたけど、実戦経験ないから、本番でうまくいくかわかんないけどね」

 遼平にも美菜を守ろうという心意気はある。そのために命をかける覚悟もある。だけど、心意気や覚悟だけではどうにもならないことは前の世界で思い知ったはずだった。力がなければ、守りたいものを守り切れない。殴り合いが好きじゃないなんて甘いことを言ってはいられない。

「そうだね。俺もミーナさんを守る力を身につけないといけない。紫苑君、空手を教えてくれる?」

「うん、僕もね、体が変わっちゃってるから毎日トレーニングして筋力をつけてるんだ。だから、いっしょにやろう。今度こそ母さんには幸せになってもらいたい。辛い思いをして欲しくない」

 そうだ、美菜の幸せを守ることが自分の幸せに繋がる。紫苑と二人で美菜を守っていこう。そして三人で支えあって生きていこう。

 生きる目標ができた。そのためにすべきことも明確になった。

 遼平は腹の底から漲ってくる力を感じながら、目前に見えている幸せを掴み取ろうと、決意を固めていた。


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