兄弟の証
次の日、約束通り四時前にユーナがやってきた。
昨日とは違って、なんだかしょんぼりしているように見えた。
「どうした。なんかあった」
「うん、ちょっと」
「綾ちゃん、大丈夫だった?」
「うん、やっぱりユーナの遺書を読んでて泣いてた」
「そう、でもユーナが慰めたんでしょう」
「うん、ユーナ一生懸命慰めて、お兄ちゃんのことも説明したんだよ。でも、綾ちゃん分かってくれないの。ユーナがお兄ちゃんに騙されてるって言うの」
「騙されたって吸血鬼のこと?」
「うん、それもあるけど、お兄ちゃんがママの子どもだってこと。そんなわけないって。お母さんもそう言ってた」
「お母さん?」
「あ、ユーナ、ママの親友に育てられたの。だからお母さんって呼んでる」
「そうなんだ」
「どうしよう。綾ちゃんもお母さんも、もうお兄ちゃんに会っちゃいけないって。今日だけは約束したし、荷物もあるから許してもらったけど、五時までには帰って来なさいって。ユーナ嫌だよ。お兄ちゃんに会えなくなるなんて、絶対嫌だ」
泣き出しそうになるのを懸命に堪えている。
「そうか。お兄ちゃんもユーナに会えなくなるのは絶対嫌だ。なんとかしないとね」
「なんとかできる?」不安そうなユーナ。
「そうだねえ、お兄ちゃんがママの子だって証明できればなんとかなりそう?」
ユーナの表情がぱっと明るくなった。
「うん、それができれば大丈夫だよ」
「その前にいくつか確認したい」
「うん、何」
「ママは今どうしてる」
「ママは、うちで眠ってる。18年間、だからユーナはママの起きてる姿を見たことない」
「やっぱりそうか。もうひとつ、ママは芸能界デビューした?」
「してない。デビュー直前にやめたって聞いてる。パパに会うために」
「パパ?」
「パパもうちで眠ってるの、18年間」
パパが出てきたのは想定外だったが、どちらにせよ美菜がデビューしていないのであれば、どこかで歴史が変わったということで、紫苑は枝分かれした過去に飛ばされたということになる。証明のハードルは上がるが、なんとかなるだろう。最後の手段でDNA鑑定という手もある。
「ユーナ、これからお兄ちゃんが言うことをよく聞いて。びっくりすると思うけど嘘や冗談じゃないから。ユーナが信じてくれないとどうしようもない」
「わかった。ユーナ、お兄ちゃんの言うこと信じる」
「お兄ちゃんはね、別の世界からやってきたんだ」
「別の世界?」いきなり不安そうな顔になった。
「だけど、お兄ちゃんのママは石谷ミーナで間違いないんだ。まず、それは信じて」
「わかった。信じる」
「お兄ちゃんのママは芸能界デビューしたんだ。そして、超売れっ子になって一年間過ごしたんだ」
「うん」
「だけど、あまりに忙しすぎて持病が出たんだ。そして意識不明になった」
「うん」
「そして、意識不明のままお兄ちゃんを産んだ」
「ユーナとおんなじ」
「そう、ユーナと同じで起きてる母さんに会ったことがない。だけどいつもそばにいた。こんなきれいな母さんが誇らしかった。僕は母さんが大好きだった」
「うん、ユーナも。ユーナもママが大好きだよ。ママが目を覚ましてユーナを抱きしめてくれることを何回も夢見てた」
涙ぐむユーナ。それを見て、今完全に心が繋がった気がした。
「そうだね、お兄ちゃんもそうだ。母さんに抱きしめてもらいたい」
ユーナを抱きしめた。
「だからね、お兄ちゃんはどうしても母さんに目覚めてもらいたくて、VRに繋いでもらったんだよ。VRってわかる?」
「わかるよ。お父さん、VRを作っている会社の社長だから」
「え、そうなの? この時代にもうVRがあるの?」
「そうだよ、VRの機械は何年も前にできてるの。だけどツインVRだっけ? そのやり方がわからないってお父さんが嘆いてた」
「そうなんだ」
「でもね、それが完成しそうだって、こないだお父さんが喜んでた。やっとママとパパに会えるかもしれない」
ユーナが嬉しそうに言った。紫苑も美菜に会えるかもしれないと思うと喜びがこみ上げてきたが、同時に無意識にそれを抑えようとしていた。
前の世界でツインVRが完成して、美菜と相性抜群の人が見つかり、紫苑は眠れないほどに期待した。期待が大きかっただけに、うまくいかなかった失望が大きかった。もうあんな思いはしたくない。それ以上に失意に沈むユーナを見たくない。
「ユーナ、お兄ちゃんの世界にもVRがあって、母さんと相性のいい人に繋いでもらったんだ」
「そうなんだ」
「でもだめだった。母さん、目覚めてくれなかった」
「えー、そうなの?」
悲しそうなユーナの声。可哀そうだけど失敗することもあることも覚悟しておかないと。
「だからね、母さんを助けるために、僕がVRに繋いでもらったんだ」
「それで、どうなったの。ママは目を覚ましたの?」
「わからない。目が覚めたらここにいた。この部屋に」
「ふーん、それってどゆこと」
「よくわからないけど、もしかしたらVRが見せる夢の中にいるんじゃないかって思ってる」
「ふーん、え? じゃユーナはお兄ちゃんの夢の中にいるってこと? それ変だよ。ユーナここにいるもん。ほら、ちゃんといるでしょ」
そう言って、紫苑の両手を取って、ユーナの両頬に当てた。
「そうだね、ユーナはここにいる。実を言えばどうでもいいと思ってる。こうやってユーナと抱き合えてる。それで十分だ」
「うん、ユーナも。お兄ちゃん、大好き」
しっかりと抱き合った。
「さあ、そろそろ帰らないと五時に間に合わなくなる。まだ日が出てるからお兄ちゃんは行けない。七時頃に行くって伝えてくれる?」
「わかった。じゃあね」
荷物を取ろうとしたユーナに
「荷物はお兄ちゃんが持って行くからいいよ」
「重いよ」
「大丈夫、お兄ちゃんだから」
「ふふ、たった一日違いだけどね。じゃね」
そう言って、ユーナは出て行った。