プロローグ
目が覚めると、見知らぬ部屋にいた。ベッドがあり、机や本棚、ファンシーケースがある。ごく普通の勉強部屋。机の上は散らかっており、床にはマンガ本やごみくずが散らばっている。自分の部屋ではないという確信があった。
外から「レン、起きなー」という豪快な女の人の声がした。パジャマのままドアを開けて階段を降りて行くと、その声にぴったりの体格のよい女の人がいた。
どうしたらいいかわからず、リビングの入り口に佇んていると、
「どうした、具合でも悪いのか」と聞かれた。
黙っていると、「頭痛いのか」「腹が痛いのか」「なんか悪いもの喰ったか」と、マシンガンのように尋ねてくる。
「あなたはだれですか」と言うと、マシンガンが止まった。
「ここはどこなんですか」「僕はだれなんですか」と畳みかけると、彼女は慌てだして電話をかけまくった。服を着替えさせられ、タクシーに乗せられ、病院に連れていかれた。そこで診察を受け、様々な検査を受けたあと、もっと大きな病院に拉致され、再び検査、検査。
その結果つけられた病名が『解離性健忘』つまり記憶喪失だった。
そんなもん、最初からわかっとるわいと突っ込みたくなったが、隣にいる豪傑女に殴られそうな気がしたので、神妙に承った。
夕方家に帰ると父親らしき人物に迎えられた。意外にも細身で高身長のいい男。その男から「頭でも打ったか」「なんか嫌なことでもあったのか」「俺がなんかしたか」と、一言一言が重いショットガンのように尋ねられた。
答えようがなくて黙っていると、豪傑女と、マシンガンとショットガンの撃ち合いが始まった。
夕食の後、腫れ物に触るような両親の様子に耐えきれず、早めに風呂に入って寝た。
これからどうなるのだろうという不安はもちろんあったが、意外に冷静だった。たぶん、これは夢だ。
目が覚めると自分の部屋にいた。まだ記憶は戻っていなかったが、きれいに整理整頓された机や、埃ひとつ落ちていない床に心が馴染んだ。机の上の本立てからノートを取り出して名前を確認した。
石谷紫苑。そうだ、これが僕の名前だ。そしてすべての記憶が一気に押し寄せた。