デートの誘い
目が覚めると私は学校の保健室のベッドに寝ていて、先生達がギャーギャー騒いでいた。その後は大袈裟にも救急車で病院へと運ばれた上で検査する事となり、その途中でお母さんが仕事を抜け出して駆け付けてくれて、こうなった経緯を話す事になった。
保健室で先生達にはもう話してある事と同じ内容を話す。
内容は、少しだけ七瀬さんを庇う形になっている。
普段の生活で色々と鬱憤がたまって言い合いになり、それで七瀬さんが我慢が出来なくなって手を出してしまった感じだと。
正直に話せば、化け物の七瀬さんが人間に対する理解がまだ足りず、女の子同士の殴り合いを経て人間だった頃の七瀬さんと私のわだかまりを解消しようとしたとなるけど、これを話せば頭のおかしい人確定である。
化け物であることを除いて話せば、七瀬さんに呼び出されて屋上へいくと、なんか急に殴って来たとなり、これじゃあ七瀬さんの立場が悪くなる。だから、その罪を少しでも軽くしてあげようと私は配慮してあげたのだ。
私は一体、何をしているのだろうと思ったよ。
何故私があの化け物を庇わなければいけないのだ。加減もせずに殴って来たのだから、本来なら怒りがこみあげてある事ない事ぶちまけてやろうかという場面だ。
それがぶちまけるどころか、庇ってあげているのだから不思議だ。
……もしかしたら私は、あの化け物に恩を感じているのかもしれない。
だって、あの化け物が七瀬さんに成り代わってくれなければ、私の人生が変わってしまっていたかもしれないでしょ。その恩返しのつもりで、怒りはこみ上げて来ず、庇ってあげようとしている。のだと思う。
その後、病院の検査では特に異常もなく、そのまま家へと帰る事となった。
気絶する程の威力で顔面を殴られただけあって、初日は口元がけっこう腫れていたけど、次の日になると割と腫れはひいていた。
だけどさすがに内出血して色は変わっており、それが顔に出来ているという事で女の子としてはけっこう気になる外傷だ。
傷も気になるけど私の心のケアも必要だと言う事になり、この日もまた学校を休む事となった。
昼過ぎには校長と担任の先生が家にやってきて、再び七瀬さんとの事を聞かれたけど話す事は昨日と同じだ。私は怒っていないし、七瀬さんとはこの先も仲良くやっていきたいと話すと驚かれたけど、最終的には私の意向を受け入れて帰っていった。
お母さんには、『殴られたって聞いて驚いたけど、やっぱり七瀬さんと仲がいいんだね』なんて言われたのがまた複雑な気持ちになったけど、まぁいいだろう。
夕方には、七瀬さんとその母親が2人で家を訪れ、謝罪にやって来た。
「この度は本当に、申し訳ございませんでした」
玄関を開くと開口一番頭を下げてくる七瀬さんのお母さんは、少しやつれてはいるけどスーツを着こなすキャリアウーマンって感じで、キレイな人だった。でもうちのお母さん程ではないけどねと、親バカならぬ子バカ発言はさせてもらっておく。
「桜さん。本当にごめんなさい」
続いて七瀬さん本人も、学校では見た事のない真剣な眼差しで、私とお母さんに向かって謝罪の言葉を述べて来た
同時に、深々と頭を下げて来る。
「いえいえ。話を聞くと、娘と言い合ってしまったようで……手をあげたのは褒められる事ではないかもしれませんが、七瀬さんには普段から娘と仲良くしていただいておりますし、この件はこれで落着という事に致しましょう」
「……ありがとうございます。しかし、大事な娘さんのお顔に傷をつけてしまったのは事実。万一将来的に傷が残ってしまった場合等を──」
「だ、大丈夫です。そんなに大した傷じゃないので、気にしないでください」
「娘もこう言っていますし、大丈夫ですよ。ですが、くれぐれも今後はお気をつけいただけると嬉しいです」
お母さんのその台詞は、少しだけ怒気がこもっていて怖かった。
普段は七瀬さんの事をいい子だと褒めつつも、内では私の事を想い、怒ってくれている事がよく分かり、嬉しく思う。
こうして私とお母さんは、七瀬家の謝罪を受け入れた。
お父さんにも後から説明して納得してもらい、全ては丸く収まったという訳だ。
しかしながら学校側からは処分が科せられる事となり、七瀬さんは一週間の停学処分となった。
それが重いか軽いか私にはよく分からないけど、状況的に考えてたぶん軽い方なのだろう。
それより、七瀬さんのお母さんってああ見て毒親なんだよね。学校からの罰以上に、七瀬さんが酷い目に合わされていないかその方が心配だ。
て、化け物を心配してどうすんだ私。
その次の日も、私は学校を休む事にした。
顔の腫れがまだ引いていないから……というのも少しはあるんだけど、それよりも学校に行って皆の反応を想像すると、ダルい。特に鬼灯さんや東堂さんがなんと言ってくるか。
今更何を気にしてるのかって思うけど、ここの所の衝撃的な出来事もあって、疲れているのだろうと自己分析してみる。
そしてその日、衝撃的な出来事の根本が、私の家を訪れた。
「こんにちは、桜さん。良い天気だし、一緒に出掛けましょう」
「……」
玄関のチャイムが鳴らされ、応対した私に向かってそう言い放ってきたのは、七瀬さんだ。何を考えているのか分からない不敵な笑みを浮かべている七瀬さんに対して、私は口をポカンと開いて阿呆のように無言になるしかない。
「……何か変かしら?」
無言になった私の反応を見て不安になったのか、七瀬さんが自分の身体を見下ろしながら身じろぎし、改めて私の方を向いて尋ねて来る。
彼女に何もおかしい所などない。でもあえて言うのなら、私服姿の可愛さが異様で変だ。首元には大人びて見える金色のネックレスをつけ、黒色のシャツに合わさって映えている。その上からベージュのショート丈のトレンチコートを羽織り、あえてボタンをとめずにネックレスが見えるようにしている。下は足首が見えるくらいの丈の、白色のレースのロングスカート。そこから覗く足にはサンダルを履き、その存在をアピールしている。更には髪の毛を片側に寄せて束ねる事により、露出した右耳につけたハートのピアスを見えるようにしている。
どっからどー見ても、可愛い。
それと比べて私は、部屋着のズボンとTシャツ姿という、女子力少な目の服装だ。自分の家の中だからそこは自由だけども。
じゃない。さすがにいつまでも黙っている訳にはいかない。私は我に返った。
「別に、変じゃない。変じゃないのはいいんだけど、一体何しに来たの。今貴女は停学期間中で、自宅謹慎中じゃないの?」
「そうだけど、桜さんと会いたくて来ちゃった。これからお出かけしましょう?」
「停学って知ってる?ただ学校に来るなって言う意味だけじゃなくて、しっかりと反省しなさいっていう意味もあるんだよ?停学中に遊びに出かけていましたなんてバレたら、面倒な事になるよ?」
「そんなのバレなければいいのよ」
「……それとね。一緒に出掛けたいなら、事前に言ってくれない?私の連絡先知ってるでしょ?私も一応は女子だから、出掛けるってなったら色々と準備ってもんがある訳」
特にこんなにお洒落に着込んだ女の子の隣を歩くとなると、自分もそれなりに気を遣わなければいけなくなる。
惨めな想いはしたくない。女ってめんどくさいよ。
「待っているから平気よ」
「……本気で一緒に出掛けるつもり?」
「本気よ」
そう言って私の目を見てニヤリと笑う七瀬さんは、マジっぽかった。
断る理由はいくらでもあるけれど、結局は私は七瀬さんの誘いに乗る事にした。家に籠もっていたって気が滅入るだけだし、気分転換になるかなと思ったからだ。
七瀬さんの強引さと、私服姿の可愛さに敗けた訳ではないとキッパリ言わせてもらっておく。
「お待たせ」
出掛けるための準備を整える間、家にあげてリビングで待たせておいた七瀬さんの所にやって来ると、口だけのお詫びの言葉を述べておく。
「……」
「な、何?」
やって来た私を七瀬さんが黙ってジロジロと見つめて来るので、少しだけ居心地が悪くなった。
そして理由を尋ねると、ニタリと笑いかけて来る。
「とっても可愛い」
やや間があってから、そう褒められてしまった。
「ど、どうも……」
私はカーキ色のロングスカートに、白色のトップスを着ている。先程七瀬さんを玄関で迎えた時はゴムで軽く髪をまとめていたけど、その髪は今はまとめておらず、今日は飾らず自然のままに行く事にした。
なにせ隣を歩くのがコレなんでね。いつもの目立たない地味な見た目ではなく、私なりに釣り合うようにしてみたという訳だ。
「それじゃあ行きましょ」
「はいはい。それで、どこに行くの?」
「デートと言えば、定番な所でショッピングモールでしょ。という訳で、お買い物に行きましょう」
果たしてコレは、デートなのだろうか。そもそも化け物とデートとか、どうなんだろう。
そんな私の想いは置き去りにして、七瀬さんは私の手を引っ張って玄関に向かって歩き出した。
私の手を握る手は、暖かくて、柔らかくて、完全に人の手だ。こんなに可愛くて、無邪気な彼女が実は化け物だなんて、誰も思わないだろう。
でも、彼女は化け物だ。
脳がバグりそうだけど、それだけは忘れずにいなければいけない。