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仲直りの方法


 七瀬さんの顔が半分に割れると、中から細長い手が伸びて来た。手と言っても、人の手ではない。全体的に骨ばっており、細長い4本の指が枝分かれして出来た異形の物の手だ。指の先端は尖っていて、何かを突き刺すのに使えそう。

 手はその後もズルズルと顔から飛び出して来て、指と同じような細長い腕が数メートル続く。

 その後、先陣して飛び出してきた腕が生えている、胴体が飛び出て来た。

 胴体の方は割と肉付きがよく、ブヨブヨとしている。ように見える。その胴体から先に出て来た腕と反対側に、左右対称で腕が生えている。

 続いて顔となる物が飛び出て、こちらを見据えて来た。

 顔は目が大きく、2つの目玉だけで顔の半分をしめている。鼻と思われる小さな穴が開いていて、その下についた口は左右に開いて、ネバネバの粘液が糸を引く。カマキリと少し似ているかもしれないけど、今目の前に現れた顔は腕と同じで肉付きが少なく、まるでガイコツのようだ。

 それらが出終わると、七瀬さんだった物は足へと姿を変えた。かろうじて七瀬さんの名残は残していたけど、その名残は七瀬さんだった部分が服ごと色を変える事によって異形の物の一部となり、消え去った。


 全長は、大体4メートル程だろうか。細長い身体の上体を起こし、私の目線を遥か上にあげ、灰色の化け物がこちらを見下ろして来る。


「……」


 私は目の前の出来事に、心底驚いている。驚きすぎて、声を出す事も、この場から逃げ出す事も忘れてしまっている。


 それよりも、なんだコレはという想いが先にきてしまっている。


 本当に、なんなのだコレは。突然私の目の前に現れたこの化け物は、先程までは確かに七瀬さんだった。七瀬さんは、どこへいった。いや、七瀬さんがこの化け物に変身したのか。七瀬さんの正体は、化け物だった?違う。化け物が、あの時潰れた七瀬さんに入れ替わった?


「驚いた?コレが今の私の正体」


 声は、七瀬さんの物だった。口は動いていないけど、私のを見下ろすカマキリのような顔の部分から聞こえて来た。


「……本物の七瀬さんは、どこへ行ったの?」


 震える声で、私は問いかける。


「気になるのはそこ?まぁ別に隠すつもりもないから教えてあげる。貴女も見たと思うけど、七瀬 愛音は落ちて来た瓦礫に潰されて瀕死の重体を負ったの。死んではいなかったわ。だけど内臓が潰されて、苦しみながらものの数分で死に至るほどの傷を負った。そこを私が拾って、食べたの。私は元はこんな見た目だけど、食べた人間の姿を再現する事が出来る。そういう化け物なのよ」

「食べた人間になれる、化け物……!」

「そう」

「む、無理。見た目だけ人間になれても、七瀬さんの性格だとか、過去の情報なんて分からないから会話に矛盾が出るはず……!」

「私が食べて継承できるのは、見た目だけじゃなくて記憶もよ。食べた人物が過去にどんな経験をしてきて、どんな出来事があって、どんな事を思いながら生きて来たのか……その全てが分かる」


 見た目と記憶を継承したら、そんなのはもう、七瀬さんそのものではないか。


「そんな化け物、存在するはずがない……コレは、夢……?」

「夢だと思う?」


 夢……じゃない。

 映画とか小説でだけしか見ないような空想上の化け物の登場に現実逃避しかけたけど、夢じゃない。七瀬さんが潰されたのも、夢じゃない。現実だ。

 ならば何かのトリックかとも思うけど、それも違うだろう。トリックでこんな化け物の登場を再現できるとは、到底思えない。


「夢でもなんでもなくて、本物の化け物がいて、七瀬さんになりすましていて……はは。おかしいね。なんか笑っちゃう」

「確かに、私を見て笑うって言うのは少し可笑しい反応ね。人間はよく分からないけど、普通は叫ぶとか、逃げ出すとかするんじゃないかしら」


 そういう化け物の涎が垂れて来て、私の目の前の床に落ちた。粘り気のある粘液は、糸をひきながら床に落ちると跳ねる事なく小さな水たまりを作っている。


 ここに至り、私は激しい鳥肌がたった。人と入れ替わる化け物が目の前にいて、化け物がペラペラと自分の事を教えてくれる。


 その後、私がされる事といったら相場が決まっている。


「私を、食べるつもり……?」

「え?食べないわよ。私はこの身体があれば十分だし、二体目の身体とか望んでない」

「う、嘘。じゃあどうして、こんなにペラペラと自分の事を話してくれたの?見せる必要もない正体も見せてくれた。それは私が他の誰かにこの事を話す可能性を想定していないから……つまり、この場で殺すつもりなんでしょう?」

「……」


 七瀬さんは黙り込むと、化け物のその手が私に向かって伸びて来た。


 私は驚いて目を瞑り、身を縮こまらせて自分の身に起きようとする事を身構える。

 けど、想像していたような事は起きなくて、むしろ私は優しく、柔らかく何かに包まれた。


「安心して。殺したりなんかしないわ」


 柔らかく私を包み込んでいたのは、七瀬さんだ。

 私が目を瞑っている間に人の姿に戻った七瀬さんが背後から私を抱きしめて、耳元でそう呟いて来る。

 驚いてすぐに七瀬さんを振りほどこうとしたけど、片手で腕を捕まれ、もう片方の手を胸下に回されると全く動けなくなってしまった。


「ふふ」


 七瀬さんが、動けなくなった私を笑うと、直後に拘束が解かれた。


「な、何を……」

「例え貴女が私の正体を周囲に打ち明けたとして、どうなると思う?貴女が変人扱いされて、それでおしまいよ。だから貴女は、私の正体を黙っておくしかない。じゃあ何故話したかというと、意味がないと言えばないんだけど、あえて言うなら貴女が私の正体を知りたがったから、教えてあげただけ」


 滅茶苦茶な理由だ。滅茶苦茶すぎて、全く信じられない。もしかしたら私は、次の瞬間殺されるかもしれない。

 そう警戒しつつも、言葉で殺さないと言ってもらっただけで気持ちは安らいでしまう。


「……貴女はこれから、七瀬さんとして生きていくつもりなの?」

「そうね。当分はそのつもりよ」

「な、七瀬さんの記憶を継承しているという事は、貴女が七瀬さんに成り代わって私に嫌がらせをするっていう認識でいいの?」


 今までは七瀬さんから受けていた虐めが、化け物に成り代わる。それは緩くなるのか、はたまた厳しくなるのか分からない。

 どっちにしろ、化け物が成り代わるなら不安が強くなってしまう。


「うーん……確かにこの人間は貴女に陰湿な嫌がらせをしていたみたいだけど、私はその嫌がらせに意味を見出せないのよね。だから、もう貴女を虐めたりなんかするつもりはないわ。むしろ私の秘密を知っている者として、仲良く出来たらいいなと思ってる」


 ……元の七瀬さんよりも、この化け物の方が理性的な気がする。


「仲良くって……嫌がらせをやめるだけでも周囲からは疑問の目を向けられるのに、それが仲良くなんかなったらもう異様でしょ。間違いなく、今までの七瀬さんという人物像を壊す事になる。それは貴女にとってマズイ事なんじゃないの?」

「何か問題が?人間、まるで別人のようになるタイミングなんていくらでもあるでしょう?私が仲良くする人間を変えた所で誰も気にもとめないし、気になったとしてもすぐに日常として受け入れるわ」


 この化け物は、人間という生き物をよく知っている。知っているけど、理解は出来ていないという印象を持った。

 確かに人間が急に変わってしまうようなタイミングはある。でもそれにはキッカケがあるはずだ。生活環境の変化や、大切な人が出来た時とか、必ずその人に影響する物があって初めて変わる。


 七瀬さんが違和感なく変われるタイミングは、今ではない。


「擬態するつもりなら、そんなリスクを冒す必要なんてないでしょ。今まで通り、私を虐めればいいじゃない。そうすれば誰も貴女を奇異の目で見たりなんかしない」

「……」

「な、何?」


 七瀬さんが私の方をじっと見て黙り込んだので、私は自分の顔に何かついているのではないかと思った。

 袖で顔を拭いたり、手で鼻や口元を隠しつつ答えを待つ。


「もしかして、虐められたいの?貴女が希望するなら、このまま続けても──」

「いやいやいや、違うから。別に虐められたくないから。むしろ虐めがなくなるなら清々するというか、心が休まるというか、ストレスがなくなるから」

「なら、何も問題ないじゃない。これから仲良くしましょう。でも仲良くするその前に、仲直りって言うのが必要だと思うの。ほら、私達って一応、喧嘩中というか、犬猿の仲?とかってやつじゃない?それがキッカケもなく仲良くするのは、さすがに違和感が強すぎるかなって。という訳で、協力してくれる?」


 私が抱いた懸念を、この化け物もしっかりと考えていたようだ。

 これが化け物だという事に、ゾッとする。人間という生き物を理解しているこの化け物なら、きっと何の違和感もなく人間に溶け込む事が出来るのだろう。

 というか、溶け込んでこれたからこそ、誰もこの化け物の存在に気付かずに今日に至っているのだろう。


「……協力って、何をすれば?」

「人間同士の仲直りと言えば、相場が決まっているでしょう?」


 次の瞬間、私の頬に七瀬さんの拳が飛んできた。


「ぶふぉう!?」


 私はいきなり殴られた衝撃で変な悲鳴をあげた。


 拳の勢いが強すぎて、床に辿り着くまでに空中で数回転した気がする。上も下も、右も下も分からないまま回転しながら床に到達すると、ぐるぐると回る空が目に映り、空の中心で七瀬さんが私を見下ろして来た。

 さすがに、空中で何回転もしたというのは気のせいだ。たぶん顎を殴られた衝撃で平衡感覚が麻痺してしまってそう感じたんだと思う。


「……ごめん。殴り合いの喧嘩をしたかったのだけど、強く殴りすぎたみたい。まだ少し加減になれていないのよね」

「……加減、出来ないのに……なぐら、ない、で……くれる?」


 そもそも殴り合いで仲直りとか、ヤンキーか。それとも青春物の漫画か。なんにしろ、女の子同士でやるような物ではない。やっぱり化け物は化け物でしかなく、全然人間の事を理解出来ていないようだ。

 むしろ禍根が残りそうな仲直り方法に、心の中でツッコミが止まらないじゃないか。でも言葉にする事が出来ない。


 私の意識は、そこで途切れた。


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