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面倒な性格


 当然ながら、授業には全く集中出来なかった。


 2日間休んだ分を取り戻さなければいけないけど、今はそれどころではない。


 一体何故、七瀬さんは何事もなかったかのように、普通に……いや、普通ではない。普段の七瀬さんが、倒れかけた私を助けてくれるなんて行動に出る訳がない。

 それに、あの良い香りが気になる。あんな良い香り、七瀬さんはしていなかった。普段が臭かったという訳ではなく、もっと普通で、とにかくあんな良い香りではなかった。

 気になり、授業中だというのに何度も七瀬さんの方を見てしまう。しかしどこからどう見ても、見た目は七瀬さんだ。


 あの日の、あの出来事……アレは夢だったという可能性が出て来た。となれば私は病院に行かなくてはならない。

 もう一個の可能性としては、彼女の行動の違和感から彼女が偽物と入れ替わっている可能性が考えられる。


 いや、待てよ。そういえばあの日、七瀬さんが言っていたっけ。


『お、おかしいのよ。だって私、絶対に……この手でやったもの。何度も、何度も……絶対に生き返らないように、刺して、刺して、殺したから。なのにどうして!?次の日に当たり前のように起きていて、いつも通りに生活していた!』


 鬼気迫った表情で、そう告白していた七瀬さん。嘘を吐いているようには見えなかったけど、どこか病的には見えた。

 勿論その時私は信じずに、テレビの見すぎだと言い放った。


 でも、今は真剣に考えざるを得ない。

 死者が蘇り、死んだはずの者が人々の生活に溶け込んでいる可能性を。


「……」


 落ち着け、私。


 いくらなんでも、それはない。絶対に、あり得ない。この世界の、生ある者のルールが破られるなんて、あり得ない話だ。

 じゃあなんだ。今私の隣の席で授業を受けている、七瀬 愛音という人物はなんだというのだ。


 考えていきついたのは、偽物説。何かが死んだ七瀬さんの代わりに学校に来ていて、七瀬さんを演じている。

 死者が蘇るよりも、ありそうな可能性だ。


 ……あり得るだけで、あり得ない。


 これじゃあまるで、数日前に見たくだらない映画みたいじゃないか。この後私はタイムスリップしたり、宇宙に行ったりするのかっつーの。


 あり得ない。


 私はあらゆる可能性をノートに書きこんでいたけど、書かれた文字をぐしゃぐしゃに塗りつぶしてこれまでの考えをなかったものとする。


 結局、何がおこっているのか、考えても始まらない。


『──放課後、貴女の疑問に答えてあげる』


 私に囁くように言って来た七瀬さんが、答えを握っている。それはまぁ確かなんだろうけど……答えってなんなんなんだよぉ……。


 まぁきっと、偶然にも潰されずに済んだとか、そういう話なのだろう。そうに違いない。明らかに潰されたように見えたけど、じゃなければ説明がつかない。

 アレは角度的に、そう見えただけなのだろう。


 考えても始まらないとか思いつつ、私の頭の中ではそう結論づいた。




 長いようで、短く、でもやっぱり長い一日が終わった。

 授業が終わると、七瀬さんの方から私を迎えに来てくれた。七瀬さんは話しかけて来る取り巻きを適当な理由で先に帰らせると、場所を移動しようと言って私を引き連れて歩き出した。そして連れて来られたのは、学校の屋上だ。


 本来鍵がかけられているはずの屋上への扉は、何故か鍵がかけられておらず、私達の侵入を防ぐ物はなかった。


 初めて入ったけど、学校の屋上って案外高くて風も強いし、少し怖い。


 というか、冷静に考えると七瀬さんと二人きりになるのもかなり怖い。またあの日のように、訳が分からない理由で襲い掛かられたらどうしよう。

 何の対策もしてこずにのこのこと着いて来た自分って、もしかしたらバカなんじゃないかと思う。


「ここなら二人きりで、ゆっくり話ができるわね」


 屋上の中ほどにまで足を進め、振り返った七瀬さんが私にそう言って来た。


 私は屋上の扉の方にいる。もしあの時のようにとち狂った事をされても、この立ち位置なら簡単に逃げ出す事が出来る。

 とりあえず、距離を保ちつつ襲われたら逃げるようにしよう。


「ぎ、疑問に答えてくれるって……」

「そう警戒しないでよ。何もしないから。桜さんの疑問──えっと、たぶん、どうしてあの時潰されたはずの私が無事で、何事もなかったかのように学校に通っているか、だよね?」

「……」


 私は無言で頷いた。


「答えは単純で、明白よ。少し考えたら分かる事。私はあの時、確かに潰されたように見えたかもしれない。けどそれは……そう、目の錯覚だったの。丁度そう見えてしまっただけで、私は落ちて来た瓦礫に潰されたりなんかしなかった」


 答えを聞いて、私は息を吐きつつ胸を撫でおろした。


 やっぱり、そうだったんだ。変な妄想をしていた自分が恥ずかしくなるくらい至極当然のような答えに、安堵する。


「もしかして、私が潰されたと思って心配して休んでたの?」


 口に手を当て、からかうようにして七瀬さんが笑ってくる。


 そりゃそうだろう。目の前で人が潰れたシーンを目撃したら、誰もが休みたくなる。ましてやその原因が自分にあったら、なおさらだ。


「無事ならよかったよ。けど、あの時の事……自分が私に何をしたのか、覚えてるよね?」

「勿論。覚えてるわよ。あの時はちょっと錯乱しちゃってて……謝って許されるような事じゃないかもだけど、謝るわ。ごめんなさい」


 七瀬さんが、私に向かって頭を下げて来た。それだけでかなり強烈なインパクトを私に与えて来る。


「ほ、本当に、謝って済むような話じゃない……!」


 あの時の七瀬さんは、本当に怖かった。

 今思い出すだけで背筋がゾッとし、胃の中からこみ上げてくる物がある。


「でも、桜さんも私の頭を殴ったじゃない。痛かったなぁ」

「っ……!」


 そう言われると、確かに弱い。

 私はスタンガンで一時的に体の自由を奪われ、包丁で刺し殺される直前までいったものの、外傷はナシで済んだ。

 でも七瀬さんは私の反撃を受け、頭部を何かの金属片で思い切り殴りつけられた。当然血もけっこうな量が出て、地面に垂れていたっけ。


 女性の顔の近くに傷をつけてしまったのは、大変申し訳なくは思う。下手をしたら、一生残ってしまうような傷を──……


 そこで思ったけど、あの傷は一体どこへ行ってしまったのだろうか。

 改めて七瀬さんの顔を眺めてみるけど、特に包帯のような物は見当たらない。アレだけ派手につけてしまった傷が、たったの数日程度で治るものなのだろうか?いや、絶対に治らないだろう。


「傷……私がつけた傷は、どこ?」

「ああ、アレ?んー……」


 七瀬さんは、少し考えるそぶりを見せてから自らの髪の毛をかきあげ、その下に隠れた肌を見せて来た。

 遠くてよく見えないので、私は数歩近づいてその場所を確認する。

 と、そこにはキレイに塞がった傷跡が出来ていた。もう出血はしておらず、少しだけミミズ腫れのようにはなっているけれど、完璧に塞がっていてほんの数日前に出来た物には見えない。


「もう治ったよ」

「……」


 笑顔で傷を見せ、凄いでしょと言わんばかりにアピールをしてくる。


 でも、治る訳がない。たったの数日であの傷がここまでキレイに塞がるのは、人間の域を超えている。それともそれもまた私の勘違いで、実は大した傷ではなかったのだろうか。


「何故あの時の傷がもう塞がって、治っているのかって。そう思ってる?」

「そ、そうっ!思ってる」


 疑念を振り切るかのように、私は七瀬さんに訴えかけた。


「別に良いじゃない。そんな細かい事気にせず、私の言葉を信じて受け入れておけばいい。私はもう貴女を虐めたりしないし、嫌がらせもしない。貴女は私の言葉を受け入れる事によって、ただただ普通の、平穏な学生生活を手に入れる事が出来るのよ」

「……どういう事?」

「私はね。目が覚めたの。今までの自分の行動を改めて、貴女に対して真摯に向き合う事にした。だから私の言葉を受け入れてくれるなら、貴女にはもう危害を加えないと約束するわ」


 受け入れれば、ただそれだけで、平穏が戻って来る……。


 何も考えず、受け入れておけばいい。七瀬さんはあの時潰されたりなんかせず、無事で、だからこうして私の目の前に立っている。頭の傷も、治ったから塞がっている。簡単だ。


 なのに、そんな簡単な事を私は出来ない。私は面倒な性格なのだと、実感せずにはいられない。この面倒な性格のせいで七瀬さんとも対立する事になったのだろうと思う。上手くやれば、対立を回避する方法なんていくらでもあったはずだ。

 そう出来ず、負けず嫌いで、意地を張り、真実を追い求めてしまう。まるで物語の中の主人公のよう……それも、探偵物かミステリー物の主人公が似合いそうな性格だ。

 そんな聞こえの良い物じゃないけどね。


「……貴女は、誰?」


 私の問いかけに、七瀬さんは口角を吊り上げて笑った。


「そうよね。貴女は素直に受け入れられるような性格じゃない。だから私と対立する事になったし、嫌がらせをされたって挫けず、折れずに、この数か月を耐え忍んできた。そう聞いてくれて、ありがとう。私の予想が間違っていなくて嬉しいよ」

「七瀬さんを喜ばせたくて聞いた訳じゃない……。いいから、早く教えて。貴女は一体誰なの?」


 目の前の謎の答えを早く知りたくて、私は語気を強めてもう一度尋ねた。


「いいよ。特別に見せてあげる。私の正体」


 そういう七瀬さんの顔が、半分に割れた。


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