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絶対的なルール


 私と七瀬さんの影が、長く地面に映し出されている。

 この場にいるのは私と彼女だけとなり、それが妙に寂しく感じられる。


 緊張感も半端ない。


 今思えば、鬼灯さんと対峙した時はまだ緊張感が薄く、リラックス出来たっていう訳じゃないけど……威圧感は少なかった。でも今は凄いプレッシャーを感じている。それは七瀬さんが私に対する嫌がらせの主犯格だからだろう。


「それで、話って?さっきも言ったけど、手短にお願い」


 緊張感を悟られないよう、私はあえて強気に言い放った。


 私に対する嫌がらせの原因は、鬼灯さんから聞かされた。


 そりゃあ多少同情する余地はあるけれど、やはり私を貶めた罪は重い。私がどんな気持ちで毎日学校に来ていたか、七瀬さんは考えた事があるのだろうか。あったら普通はしないだろう。

 私の言葉には、これまでの多少の恨みも込められている。


「私の親の事、聞いたよね?」

「少し」

「本当に困った親だよねー。でもあの人はあの人でかわいそうで、私が子供の頃、お父さんに毎日お前はバカで頭が悪いって罵られてて、時には暴力も振るわれてたの。その末に自分は新しい女を作ってさっさと家を出ちゃって、お金だけは残していったんだけど、それが手切れ金だったんだろうね。そのお金のおかげで生活には困らないけど、それ以来お母さんおかしくなっちゃって。いや、お父さんの言う通り、元々ただのバカだったのかもしれないけど……とにかく、私はバカにならないようにって勉強、勉強でね。自分みたいに頭が悪いと、将来男に逃げられるって本気で思ってるみたい。バカでしょ?」


 カラカラと笑ってみせる七瀬さんだけど、話が重すぎて私は笑えなかった。


 でも私はこんな話を聞くために残ったのではない。同情でも誘うつもりなのだろうか。だとしたら無駄だ。私の七瀬さんに対する恨みを超える事はない。


「知らないよ。そんな話はもう聞きたくない。帰っていい?」

「いいよね、桜さんは。優しくて、良いお母さんがいて。それでいて頭がいいんだから、本当に羨ましい」

「……帰る」


 私の問いに答えなかったので、私は七瀬さんに背を向けた。


 これ以上は、本当に話すだけ無駄だ。私から同情を引き出そうとしているようだけど、それは私のイライラを募らせるだけである。


「ねぇ、桜さんは、死んだ人間って生き返ると思う?」


 私の背中に向けて投げかけられた疑問。直後に背筋がゾッとするような感覚に襲われて振り返ろうとするも、背中に何かが押し当てられて身体が硬直し、私は肩から地面に倒れ込んでしまった。

 横向きに倒れ込むと、すぐに仰向けに起こされてお腹に誰かが馬乗りになって来る。


「ぐっ……え」


 声も上手く出せない。

 その上でお腹を圧迫されて、苦しいに苦しいが重なる。


 必死に私のお腹の上に乗る人物を見上げると、そこには七瀬さんがいた。私を見下ろしながら、その手には私に見せつけるように先端に青く輝く稲妻を出すスタンガンを持っている。

 どうやら私はそれを背中に当てられたようだ。

 初めてくらったけど、話に聞く以上に凄い衝撃だった。


「な、に……」


 何をするのかと訴えかけようとしたけど、やはり言葉は上手く出せない。


「死んだ人間って、生き返ると思う?」

「……」


 再び、同じ質問を投げかけられた。

 先程は答えずに去ろうとしたけど、今は去る事が出来ない。お腹の上に乗る人物に体重をかけられ、立ち上がる事も出来ない状況だからだ。もっとも、お腹の上に何もなくともまだ体は上手く動きそうにないけれど。


 暇なので、質問について考えてみよう。


 考えるまでもない。生き返る訳がない。


 先日見た映画の中では生き返り、当たり前のように人々の生活の中に溶け込んでいたけど、あれはフィクションの中の出来事だ。現実では起こりえない。死んだ人間は、死んだまま。動き出す事などありえない。


「生き返る訳がない。生物学的に、死んだ生き物は生き返る事は絶対にない。それはこの世の摂理で、普遍で、過去から未来まで変わる事のない絶対的なルール。よね」


 私と全く同じ考えを言葉にして、私に同意を求めて来る七瀬さん。

 この人が何を言いたいのか、私には分からない。分かっているなら、わざわざ聞かなくてもいいだろう。どうして私にその質問を投げかけて来たのか、逆に聞きたい。


 というか突然の事で思考が停止していたけど、私は彼女に対する怒りがこみあげてきている。

 スタンガンをクラスメイトに当てるとか、どうかしている。こんな事をしてタダで済むと思っているのだろうか。親にでもチクって、絶対に罰を与えてやる。


「でもね、私は知ってるの。死んだはずの人間が、当たり前のように今まで通りに過ごして、人々の生活に溶け込んでいる事を」

「……テレビの……見すぎ……」


 やっとの事で、声を出す事が出来た。


「残念だけど、テレビを見る暇なんて私にはない。特に高校になってからは貴女が現れた事によって、私の自由の時間はどんどん減っていったから。まぁそれはいいの。否定するよね。普通は。でも私は知っているの。自分の正気を疑ったけど、でもどう考えてもやっぱりおかしいのよ。アイツは確かに死んだ。それなのに普通に生きていて、今まで通り私を苦しめてる」

「アイツ……?」

「そう。私のママよ。お、おかしいのよ。だって私、絶対に……この手でやったもの。何度も、何度も……絶対に生き返らないように、刺して、刺して、殺したから。なのにどうして!?次の日に当たり前のように起きていて、いつも通りに生活していた!」


 七瀬さんが取り乱した様子で、私の胸倉を掴んで訴えかけて来る。


 身体はまだ上手く動かす事が出来ず、されるがままで苦しいし、痛い。

 おかげで言っている内容が頭に入ってこない。ただでさえおかしな事を言っているのに、気が散っているせいもあって滅茶苦茶だ。


「だから……もう一度、試そうかな。って思ったの。別の人間で。どうせあんたはむかつく奴だし、邪魔だし、消えてくれればそれでいいし、生き返るならまたか……てなるだけだから……」


 七瀬さんが、自分のカバンをまさぐるとその中から白い布を取り出した。どうやらその布は何かを巻いているらしく、巻いている布を取っていくと姿を現したのは銀色に輝く包丁だった。


「ひっ……」


 刃渡り15センチはあるのではないかという包丁。冗談みたいに日没の太陽の光を反射して輝き、その存在を私にアピールしている。


 七瀬さんはその包丁を両手で持ち、手は激しく震えて目を見開いている。


 布を取る時に当たってしまったのか、包丁を握る七瀬さんの手から血が垂れていた。大した怪我じゃないし、七瀬さんは気づいていないようだ。しかしそれが、包丁が偽物でもなんでもなく、本物だという事を示している。


 思い通りに身体が動かない自分の腹上で、明らかに正気を失った人物が包丁を握りしめる姿は、迫力がありすぎる。


「いつでも出来るように、持ち歩いてたのよ。じゃ、じゃあ、殺すね。生き返らなかったら、ごめんね」


 七瀬さんはそう言って、包丁を振り上げた。


 嘘でしょ?本気で、それを私に刺すつもりなの?言葉は出ない。驚きすぎて、怖くて、喋る気力もおきない。

 代わりに、目の前の光景がスローモーションになって自分の命を奪おうとする包丁を見続ける。


 私の人生が、今唐突に終わりを告げようとしている。まだ何も成していないのに、私を虐めている人物から訳の分からない理由を告げられて、ただただ無責任で身勝手に私の命を奪おうとしている。

 こんな訳の変わらない終わり方って、ないでしょ。むしろ殺したいのはこっちだ。今までさんざん私を虐めておいて、最期も私を一方的に殺すなんて、許せない。あっていい訳がない。


 私はもがく。もがくだけで、特に抵抗とはならない。


 何かに助けを求め、必死に手を伸ばす。すると手に、何か堅い物が当たった。

 それをなんとなく握りしめるも、ここからが難しい。堅い何かを握りしめただけではこの状況を抜け出せない。ここから、何かをしなければいけない。


 今にも振り下ろされそうな、包丁。相手が私の命を奪おうとしているのなら、こちらには抵抗する権利がある。それが多少手荒な事になったとしても、仕方がない。


 私はそう判断し、手に握った堅い何かを全力で振り上げようとした。けれど、腕に力が入らない。

 やっぱりこの状況から反撃するのは無理だった。


 と思ったら、急に腕が動いて凄い勢いで七瀬さんの頭に手に握った堅い物が当たった。


「あ、があぁぁぁぁ!」


 私のお腹に乗っていた七瀬さんが、頭を押さえて痛みにもがき苦しみ、私の上から退いた。

 たぶん、その間に私から反撃される事を恐れたのだと思う。包丁を適当に振り回しながら、後ろ歩きでフラフラと私から遠ざかっていく。


 そんな七瀬さんを眺めながら自分の手に目を向けると、そこにはこの廃ビルのどこかに使われていたと思われる、金属の欠片が握られていた。さほど大きくはないけど、ズッシリと重く、角となっている部分もある。

 私はその角で七瀬さんの頭を殴りつけたようで、角には赤い血がついていた。


「っ……!」


 人を、こんなに強く、しかも凶器と呼べるような物で殴ってしまった。


 私は自分がした事に恐怖し、震える手でその金属の欠片を投げ捨てる。


 私は悪くない。これは正当防衛だ。きちんと話せば、皆分かってくれる。


「あ、あぁぁぁ……!い、痛い……痛いよぉ……!よくも、こんな事っ……!もう、絶対に殺す。殺す、絶対に殺す。生き返っても殺す。何度だって殺してやるぅ」


 頭からとめどなく溢れ出る血を、腕で拭いながら、七瀬さんが私を睨んで来た。殺意の籠もったその目に、背筋が凍り付く。


 でも直後に、その目が見えなくなった。空から降って来た何かによって七瀬さんが遮られ、同時に地面が揺れ、大きな音が周囲に響き渡る。


 空から降って来たのは、廃ビルの一部だった。老朽化が進んでいたのだろうか。大きなコンクリートの塊がこれ以上にないくらいのタイミングで崩れ、下にいた七瀬さんを潰してその命を奪った。


 私の目の前で、七瀬さんはその生涯に終わりを告げた。


「……ひっ」


 その事実に私は恐怖し、その場から逃げるように駆け出して家へ向かう。


 いつの間にか日は沈んで、辺りはすっかり暗くなっていた。


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