表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/45

乱入者


 鳴るはずだった銃声は、鳴らなかった。

 当然弾丸は私に飛んでこず、私の突進を邪魔する者はいない。


「あああぁぁあぁぁ!」


 何故銃声が鳴らなかったのかとか、そんな事を考える余裕はない。


 私は叫びながら石塚に向かっていき、石塚を間合いに捉えると手にした石で石塚の顔面を殴りつけた。つけようとした。

 石を持った私の手は、石塚によって手首を掴まれ止められてしまった。ならばと逆の手で殴りつけようとしても、そちらの手も掴まれた。私は石塚に両手を捕まれ、万歳の格好を強要された形となる。


「くそっ。なんだってんだ!」


 私の目の前にいる石塚が、悪態をついて周囲を見渡している。まるで私以外の何かを警戒しているかのようだ。


 私はこちらを見ていない石塚の隙をついて、石塚の顔面に頭を向けてジャンプ。


「がぁ!?」


 頭は石塚の顔面に、クリーンヒットした。

 たまらず私の腕から手を離し、石塚がよろける。


「いっつぅ……!」


 私も頭を押さえて、その場にうずくまった。

 かなり思い切りジャンプしたので、私の頭に感じた衝撃も中々だった。この勢いで物に頭をぶつける事なんて、そうはない。それくらい本気でやってやった。


「同じ種で殺し合う姿……なんて醜い姿なのでしょう」


 落ち着いた、女性の声がした。

 声のした方を見ると、全身真っ黒な女性が立っていた。体に張り付き、体のラインがくっきりと浮かび上がったドレスを着こみ、黒いタイツに、二の腕まで包む黒いアームカバーをつけている。更に顔は、黒のベールで隠れている。

 浮かび上がった体はとてもスタイルがよく、少しエロティックな雰囲気も感じさせる。けど、まるでどこかの国の喪服のような服装で、しかもこんなタイミングでの登場に不気味さが勝る。


「……てめぇ、化け物だな?」


 喪服姿の女性を睨み、石塚が言い放った。


「ええ。そうですよ」


 女性があっさりと認めると、ドレスの間から触手が出て来た。その触手の先端には、銃が握られている。

 たぶん、先程石塚が持っていた銃だ。

 いつ取ったのか私には分からないけど、この女性が石塚から銃を取り上げてくれたおかげで、私は撃たれずに済んだみたいだ。


「……」


 返答を聞くと、石塚はすぐに懐から円柱の機械を取り出した。

 その円柱の機械のピンを抜くと、機会の中から殺虫剤がばら撒かれる仕組みだ。


「よせ!その方を殺すな!」

「ああ!?」


 ピンを抜こうとした石塚の行動を、低い大人の声が制した。

 声は喪服の女性の更に後ろの方にいて、こちらに駆け寄って来る所だった。


「え……?」


 駆け寄って来るその人物は、私がよく知る人物だった。

 その人物を見て、少しだけ安心したような気持ちを得る事が出来る。


 石塚は指示を聞くと、ピンに指をかけた所で止まり、不機嫌そうに声の主の方を見る。


「桜 公平議員……!」

「お父さん……!」


 石塚がお父さんの名前と肩書を呟き、私は私から見たその人の立場を呟く。


 そう。駆け付けて来たのは、私のお父さんだ。


 お父さんはこの国の議員をしていて、悪い評判も聞くけどそれなりに支持を集めており、若くして政界に身を投じている。イケおじ議員として有名で、娘の私から見ても顔はよく整っていると思う。白髪が増えているのが悩みだと言っていたけど、それは白髪染めで隠しているので髪色は真っ黒だ。

 政界に身を投じている事を理由に、父は滅多に家に帰ってこない。ビデオ電話とかでちょくちょく話はしているけど、最後に直接会ったのは、随分前だ。


「咲夜……良かった、無事だったか」


 お父さんはまず、私の方へと駆け寄って来た。そして私を抱きしめ、抱いたまま起こし上げてくれた。

 お父さんの、力強く、頼りになる抱擁によって、ここまで頑張って我慢して来た物が溢れ出て来てしまう。


「おとう、さんっ。お母さんが……愛音もっ、和音さんも……死んじゃった……!何も悪い事なんかしてないのに!皆、優しかったのにっ!」


 泣きながら、お父さんに訴えかける。訴えても無駄だと分かっていても、訴えずにはいられない。


「ああ。大丈夫。大丈夫だ。皆死んでなんかいない」

「ひぐっ。え?」

「皆死んでない。だから安心しろ」

「うっ……ひくっ……」


 皆が死んでいないという父の言葉に、私は首を傾げる。

 確かに愛音も同じような事を言っていた。

 でもどうしてお父さんまでもがそう言い切れるのだろうか。


「……娘のピンチに、優しく頼りになるお父様の登場ってか?残念なお知らせですけどね、桜議員。あんたの娘は、化け物に魅入られてる。それは化け物と同じって事で、処分の対象となるでしょ?」

「なるわけないだろう」


 即答したお父さんに、石塚が肩をすくめる。

 指は尚もピンにかけられており、喪服姿の女性をちらちらと見て警戒は怠っていない。


「ま、そうですよね。でも娘に嘘を吐いていいんですか、桜議員?オレは今、あんたの娘が口に出した三名全員を、確かに殺虫剤で殺して、足で踏みつぶしてやったんだぜ?生きてる訳がない」

「前提が間違っているんだよ。妻は……化け物は、そんな事くらいでは死なない」

「……面白くない冗談だ。というか桜議員。あんた妻の正体を知ってたのか?」

「ああ、知ってたさ。妻は私と最期の別れをかわしてから、化け物に食われて死んだからね」

「え?」


 そんな話、初めて聞いた。そりゃそうか。誰にも言えるような話じゃない。


「私の立場を鑑みて、化け物の存在を知っていると踏んで化け物の側からそう教えてくれたんだよ」

「親子揃って化け物になった身内の存在を認めるとか、どうかしてるぜぇ!?あんたみたいな議員がいるから、この国の政治はよくならねぇんだよ!」


 石塚が私達親子に怒りをぶつけてくる。

 私達に対する武器は手にしていないけど、今にも殴りかかって来そうで怖い。だけど、お父さんが私を庇うように抱きしめ続けてくれているという安心感がある。


「いいえ。桜議員は我々化け物から見ても、中々誠実で良い方かと思います」


 お父さんをバカにする石塚の意見を、真っ向から否定したのは喪服姿の女性だ。


「ああ?化け物の意見なんか聞いてねぇんだよ!」

「化け物には発言する権利もありませんか?昔はもっと、皆の意見を柔軟に取り入れていたじゃないですか。擬態が下手な化け物でも、ここまで人が変わったようにはなりませんよ」

「……まるで昔のオレを知っているような口ぶりじゃねぇか」

「知っていますよ。ほんの一瞬ですけど、私は貴方の息子でしたから」


 そう言うと、喪服姿の女性の身体の中から無数の触手が現れ、触手が女性を包み込んで姿が見えなくなってしまった。触手が少し蠢いているのを眺めていたら、触手が開いて中から人が現れる。


 それは、小さな男の子だった。


「──てめぇだったのかああぁぁぁぁ!」


 その姿を見た瞬間、石塚が目を見開いて咆哮する。

 手にしたピンを躊躇なく引き抜き、それを男の子に向かって投げ捨てる。と同時に男の子に向かって駆けだして、男の子に襲い掛かろうとする。


「落ち着いてよ。パパ」


 でも石塚が向かった先に、もう男の子はいなかった。男の子はいつの間にか廃ビルの淵に立っていて、こちらを見下ろしていた。

 あまりにも早すぎる動きに、人間の目では追う事も出来ない。


「降りてこい!てめぇだけは、絶対に殺す!許さねぇ!ぶっ殺す!」


 男の子を見上げて興奮して叫ぶ様子の石塚は、明らかに冷静さを欠いている。


 ……そりゃそうか。

 あの男の子は、石塚の人生を狂わせた。そして彼は、息子を殺した仇だと思っている。

 それは違うと私は思うけど、石塚はそんな意見を受け入れてくれる事は絶対にないだろう。


「この姿はさすがにまずいですね。冷静に話も聞いてもらえなそう」


 気づくと、男の子は私とお父さんの背後に立っていた。

 いや、もう男の子ではなく、元の喪服姿の女性に戻っている。

 石塚はすぐにこちらを睨みつけ、喪服姿の女性と一緒に私達に対しても明確な殺意を向けて来る。とばっちりだ。


「まずいも何も、正体をバラした時点でもう手遅れです……」

「そうですね。ふふ」


 お父さんが苦言を呈すると、喪服姿の女性は上品に口元に手を当てて笑う。

 笑っている場合かと、私もつっこみたくなってしまう。現にこちらを睨む石塚の頭には血管が浮き上がり、先程火に油を注いだばかりだというのに、追加で注いでしまっている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ