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あなたと共に


 愛音が、私の事を好きでいてくれた。つまり両想いであり、カップル成立である。


「愛音……!」


 私はいてもたってもいられなくなり、愛音の唇を奪った。今までは軽く触れるだけのキスだったけど、今回は激しく、貪るように、自分から唇を重ねた。

 愛音への愛が、今私の中から弾けだしている。とにかくこの可愛い女の子を自分の物にしたい。その想いが、欲望が、私の行動原理だ。


「んっ、はぁ……!愛音、好き。だいしゅき……」


 キスしながら、愛音への告白を繰り返す。


「あっ、さ……咲夜、ちょっと待って……!」

「ぎゅむ」


 でも途中で、愛音に両手で顔を押さえられて、止められてしまった。

 しかも強めに頬を挟まれて、また変な顔をしていると思う。


「さっきも言ったけど、私はこの気持ちが自分の物なのかどうかが分からない。咲夜が告白してくれて、嬉しく思う気持ちは確かにある。だけど私はやっぱり化け物で、咲夜とは釣り合わない異形の存在なの」

「……本物だよ。きっと、本物だ。いや、確かに本物のはず。違うな。絶対に本物だ。だって愛音、絶対に私の事好きだったもん。今思えば、全ての行動で私への愛が溢れてた。それは恩とかじゃなくて、確かな愛だったよ。それによく考えてよ。七瀬さんって、私の事虐めてたんだよ。そんな人が私を好きになる訳ないって」

「七瀬 愛音は貴女に対して、ずっと申し訳ない気持ちで一杯だったわ。そこに恋愛感情とかはなかったけど……ていう事は、この気持ちは私の、なのかな?」

「少なくとも、愛音になって、私と喋るようになって出来た気持ちなんじゃないかな……?つまり、私の事が好きって事でいいでしょ」

「……うん。私、咲夜の全部が好き。咲夜の目。咲夜の肌。咲夜の身体の形。声、味、匂い、全部好き。ずっと一緒にいたい」

「じゃあ私と同じだ」


 嬉しくて、ニコリと笑って返すと、今度は愛音の方から唇を重ねて来た。

 深く、お互いを感じるための、激しいキス。ここに止める人はいなくて、私達は追われている事も忘れ、しばしの間キスを楽しむのであった。


「──ところで、私の味って何?」


 どさくさに紛れて味も好きだと言われていたので、キスが終わって顔を赤く染めている愛音に尋ねてみた。


「キスの味。咲夜の唇、凄く美味しいから噛まないようにするのが大変」


 突然、そんな化け物らしい事を言われてしまった。

 だけど私、たぶん愛音になら食べられても怒らないと思う。でも痛いのは嫌だな……。


「……少し、足を止めすぎたね。そろそろ行こう、愛音」


 キスをし終わり、この先までしたいという気持ちはある。

 だけどこんな臭くて汚い所で、そんな事はしたくない。雰囲気はあるのに、環境が整っていないせいでそこまでは至れなかった。

 なにより私達は今、追われている立場だ。足を止めてキスに夢中になっておいて言うのもなんだけど、そんな事している場合じゃない。


「そうね。そろそろ行った方がいいわね」


 私は愛音の手を取り再び歩き出そうとしたけど、愛音は手を引いて私の手を避けた。

 その行動の意味が分からなくて、私は愛音の顔を伺う。


 愛音は、ニコリと笑っていた。


「ど、どうしたの?一緒に行こう?」


 妙な胸騒ぎがする。

 私はそう訴え、半ば強引に愛音の手を握った。


「……」


 手を握ったら、愛音も握り返してくれる。だけど愛音は何も言わず、その場から動こうとしない。


「愛音……?」

「咲夜が好きって言ってくれて、嬉しかった。こんな嬉しい事、この世界に来てから初めて。だけど私は、もう──」


 突然、愛音が膝から崩れ落ちた。繋いだ手を引っ張って倒れさせまいとしたけど、その手がどういう訳か愛音からちぎれてしまい、私も後方に転んで尻餅をつく事になる。


「愛音……愛音!」


 愛音からちぎれた、愛音の手を握ったまま、私は倒れた愛音に駆け寄った。そして愛音を抱き起こし、愛音の顔を伺う。


「……」

「どうしたの、愛音……喋れないの!?」


 愛音は目を開き、私の顔を見つめている。そして口を動かしているものの、言葉が出て来ていない。


『ここまで誤魔化して歩いて来たけど……身体がもうダメそう。体が言う事をきかなくて、体の中から食い破られてるような感じがする。どうやら本当の限界が来てしまったみたい』


 代わりに、耳の中で愛音の声が聞こえた。

 殺虫剤……そうか。さっきの殺虫剤が、愛音の命を少しずつ削っていたんだ。


「嘘……嘘だよね。せっかくお互いに好きだって事が分かって、これからたくさんキスしたり、それ以上の事だってしたかったのに……」

『……咲夜。私は消えてしまうけど、貴女は全力で逃げて』

「嫌だ……嫌だよ!愛音が一緒じゃないと、私逃げられない!」


 心の底から訴えかけた。溢れる涙は愛音の顔に落ち、でも愛音は文句を言う余裕もないのか、ただ私の顔を見つめ返すだけだ。

 その顔から、徐々に生気が消えていっている気がする。

 ふと気づくと、愛音の足が溶けてなくなってしまっている。必死に握っていた愛音からちぎれた手も、溶けてなくなっていた。徐々に、身体の先端の方から溶け始め、愛音は消えようとしている。


『泣かないで、咲夜。貴女が生きて……逃げてくれさえすれば、また会えるから。私の命は、貴女とともにある。それだけ覚えていて』

「愛音!愛音ぇ!あ、あぁ……嫌……嫌だよぉ……!」


 愛音の名を思い切り叫んで、愛音を繋ぎとめようとした。だけどその行為に意味はなく、無情にも、あまりにも呆気なく、愛音が私の手から溶けていなくなってしまった。残ったのは、墨のようなドロリとした黒い液体だけ。私の手から溶け落ち、地面にシミを作ってその液体までもが消えていく。


「……」


 ついさっきまで、喋っていたのに。手を繋いでいたのに。キスしていたのに。


 せっかく告白し、好き同士だと分かり、恋人になれたと思った相手が、次の瞬間に消えてなくなった。

 その事実が私の胸をしめつけ、私を呆然とさせる。


 お母さんも、和音さんも、愛音までもがいなくなってしまった。まるで自分の全てが奪われたような気分になり、気持ち悪い。目眩もする。


「コレは……」


 気分が悪くなってきたのは、失ったからではない。ふと気づくと私がいる下水の中に、白い煙が、薄くだけど漂っている。

 殺虫剤だ。きっと私と愛音の行方が分からなくなった石塚達が、下水の中を逃げていると踏んで殺虫剤をまいているんだ。


『私の命は、貴女と共にある』


 愛音の言葉を思い出し、私は咄嗟に自分の耳を手で覆った。


 それから自分の頬を叩いて気合をいれ、涙を流すのをやめて前を見た。気持ち悪くて、フラフラする。だけど耳から手を離さないようにして、壁にもう片方の手をついて歩いて行く。

 早く、この空間から出なくてはいけない。全力で逃げて、新鮮な空気を吸いたい。


 それがきっと、愛音の命を守る事に繋がる。そう信じて。


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