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頼み事


 連れて来られた廃ビルは、荒廃としている。窓ガラスやらなにやらは全て取り除かれ、柱やコンクリートの壁がむき出しになって他は全て排除されている。

 かろうじて残されているのは工事用の立ち入り禁止の看板や、三角コーンの破片など、ゴミと呼ばれる物ばかりである。


 一応は立ち入り禁止だけど、きっと夜に不良と呼ばれる人間が訪れるのだろう。壁にはスプレーで落書きされ放題で、治安の悪さの演出に一役かっている。


 こんな場所に連れて来られて、良い予感がする者はいないはずだ。


 私もこれから自分がされる事を考えて、不安になって来た。こんな場所では何をされたとしても助けてくれる人はいない。声を出したとしても、助けてくれる人にまでは届かないだろう。

 華奢な東堂さんはともかく、鬼灯さんの筋力を駆使して殴られでもしたら相当痛いはず。この時ばかりは、鬼灯さんの筋肉が汚く見えてしまう。


「あー……桜」


 ビルの前で、鬼灯さんが言いにくそうに頭を掻きながら私の方を向いた。

 緊張が走る。今すぐ背を向けて駆け出したい衝動に駆られるも、きっと逃げた所で無駄だ。今逃げる事に成功しても、いずれは同じ事が訪れるだろう。


 ならば今、これから起きようとすることを受け入れる。そして二度と同じことがおきないように、しかるべき所に相談してしかるべき処置をとってもらう。

 今までは直接手を出してこなかったので、相談がしにくかった。けど直接手を出してくれるのならそれはそれで今後の展開が楽だ。2人にはもう二度と私に近づく事が出来ないようになってもらう。ここに七瀬さんがいないのは残念だけど、取り巻きがいなくなれば七瀬さんも動き辛いはずだ。


「……なに?」


 私は覚悟を決めて、返事をする。


「わ、悪かったな。この前の、アタシの告白の件……変な噂がたっちまって」

「……はい?」


 予想外にも鬼灯さんが謝罪の言葉を口にして来たので、私は首を傾げ、変な声を出してしまった。


 確かに、あの件によって私の性格の悪さが一層広まってしまい、私の心は深く傷ついたよ。だけどそれをしたのは七瀬さんや東堂さんに、鬼灯さん達だ。悪意を持ってやられた事に対し、謝罪されても被害者としては戸惑うばかりである。

 というか気持ち悪い。


「あの噂のせいで、仁藤の奴最近元気がなくなっちまって……。お前が対象のはずなのに、関係のない人間まで巻き込むなんてのはナシだ。というか、そもそも今までのがおかしいんだよ!こんな陰湿なやり方はアタシ好みじゃねぇ!」

「そ、そんな事、私に言われても……」


 まるで私に怒りをぶつけるように言ってくるので、言い返した。


「分かってる!アタシは本当はこんなやり方嫌なんだって、ただそれだけは知っておいて欲しかっただけだ!ただの自己満だ!」

「……」


 また罠なのではないかと、私は勘ぐってしまう。


 だけどこの場に七瀬さんはいなくて、七瀬さん抜きで何か頭脳的な事を仕掛けて来るとは考えにくい。

 それじゃあ……コレは鬼灯さんの本心?いやでも怪しい。特に後ろで興味なさそうにスマホを弄り続けている東堂さんが怪しい。


「自己満ついでに、もっと自己満な事をお前に頼みたい。実は今日はそのためにお前を連れ出したんだ。愛音のいない所じゃないと、話せねぇ内容だ。イエスでもノーでも、愛音にだけは話した内容を漏らさないで欲しい」

「それは内容にもよるけど……何?」

「一位を、愛音に譲ってやって欲しい」

「一位?それって、成績的な?」

「そうだ」


 思いつく限りで私が一位なのは、成績の事しか思い浮かばない。そして譲るという事は七瀬さんが私に次ぐ物ではないといけないので、確定だった。


「……いきなりそんな事を頼まれても、頷けない。何か理由があって頼むんだよね?」

「あ、ああ……」


 鬼灯さんは、言いにくそうに頷いて頭を乱暴に掻く。それから東堂さんの方に、縋るように目を向けた。


「別に言ってもいいでしょー。というかここで言わなきゃ答えはノーのままだよ。というか言わなきゃ始まらない」


 依然としてスマホに目を向けたまま、投げやりのように言い放った。

 投げやりではあるけど、その通りだ。理由を聞かなければ答えはノー以外にあり得ないし、話は進まない。


「……愛音の母親は、超がつく程の毒親なんだよ。アイツが一位を取らないと、努力が足りないからだとか言われて親から酷い目に合わされる。でもアイツは努力してるんだぜ!?毎日頑張って勉強してるし、図書館で真剣に調べ物をしたり……それに本当はアイツ……良い奴なんだよ!優しくて、本来は他人を貶めたりは絶対にしない奴なんだ!でも今は必死すぎて周りが見えてなくて、それでずっと一位のお前に色んな事をしちまう……。アタシはそんな愛音を見ていられなくて、こうしてお前に頼んでるんだ」

「……一位を取れないと、どんな目に合うの?」

「まず学校以外の時間が制限される。しばらく自宅と学校を行き来するだけになって、帰って休まずの勉強。飯は集中力を高めるためだとか言って甘い物ばかりを無理やり食わされる。途中で眠ろうものなら、身体をつねられて服の下が内出血だらけ。親監修のテストでいい点をとるまでそれがずっと続く。中学の頃はそれでもまだライバルがいなくて、常に学年一位をキープしてたからマシだったんだが……高校になってからお前に負けるようになって、それで火がついちまった……」


 話を聞くだけだととんでもない毒親だ。学校に行かせてもらえるだけまだマシなんだろうけど、それはそれでたぶん世間体とか、内申点とかを気にしての事なのだろう。


 私が勝てば勝つほど、七瀬さんはそんな目に合って来たという訳だ。


 でも高校生になってからそれほど時間は経っていないので、私のせいで罰を受けて来た回数はまだ少ないはず……。いや、回数の問題でもないけども。


「だから頼む!この通りだ!愛音に勝たせてやってくれ!」


 鬼灯さんは、私に向かって深々と頭を下げて来た。


 プライドの高そうな鬼灯さんが、友達のために頭を下げている。それは驚くべき行動で、実際に私は驚いている。


「……わざと負けるなんて、今更出来ない」


 驚きつつ、私が出した答えはやはりノーだった。


 七瀬さんには、同情できる所がある。だけど私には私なりのプライドがあって、わざと成績を落とすなんて事は出来ない。

 それにこれまで私に対してやってきた仕打ちを考えれば、当然だ。ここまでされた上でこんな事を頼まれても、ざまぁ見ろとしか思えない。

 もっと早く……最初から素直に言ってくれれば、また違った答えが出ていたかもしれない。何もかもが遅すぎなのだ。


「ま、待ってくれ!確かに愛音はお前を傷つけて来た!だけどそれは親のせいで──」

「違うよ。その選択をしたのは、七瀬さん。私を貶めて精神的に追い詰めて、そうして自分が助かる道を歩もうとした。他の誰かが傷つく事は厭わずに、自分だけが救われようとした時点でもうダメなんだよ」

「で、でも、よ……それじゃあ愛音は……」

「この話は聞かなかった事にするから。それじゃあ……私は帰るね」


 そう言い残し、私は鬼灯さんに背を向けた。


 逆上して殴られるかもしれないと、少しだけ思った。だけど私の期待通り、そんな事にはならなかった。

 鬼灯さんは、案外お人好しのようだ。友達のためにこんなお願いを必死に出来る人が、逆上して他人を傷つけたりはしないだろう。


 少しだけ、胸が痛む。鬼灯さんのためなら、七瀬さんに敗けてあげてもいいかもしれないと、そう思った。けど、今までの私に対する仕打ちが、許すなと訴えかけて来る。

 先程自分で言った通り、全ては遅すぎたのだ。


「──面白そうな話をしてるわね」


 私と鬼灯さんが、突然聞こえて来た第三者の声に驚いて声が聞こえて来た方を勢いよく向いた。


 そこには笑顔の七瀬さんが立っており、どうやら傍のコンクリートの柱に隠れ、会話を聞いていた様子が伺える。


「あ、愛音!?いつからそこに……いや、どうしてここに!?」

「静流が教えてくれたのよ。巡が桜を呼び出して、面白い話をしようとしてるって」

「静流、てめぇ……!」


 鬼灯さんに睨まれた東堂さんが、そこでようやくスマホをポケットにしまって視線を鬼灯さんへと向けた。


「こういう話は、やっぱり本人も交えて真剣にしないとダメでしょー。という訳で、密かに呼び出させてもらったー」

「ありがとう、静流。その選択は正解よ。巡は静流を怒らないであげて。その怒りは後でいくらでも私が聞くから」

「っ……!」


 東堂さんに対する怒りを、鬼灯さんが封じられた。何か色々と言いたげにしながらも、七瀬さんに従って黙り込む。

 けど今にも爆発しそうでなんか怖い……。


「桜さん。もう少しだけ話、いいかな」

「……いいよ。けど手短にして」

「ありがとう。巡と静流は先に帰って。ここからは、二人きりで腹を割って話したいの」

「べ、別に話聞いてるくらいいいだろ?邪魔しねぇからよ」

「いいから、行くよー。あとは本人に任せとけばいいんだってー」

「静流の言う通り。後でちゃんと内容は話すし、このお礼はするから……ね」

「……分かった」


 渋々と言った様子で、鬼灯さんが東堂さんと共にこの場を去っていく。


 後に残ったのは、私と七瀬さんだけ。

 ふと気づけば日は傾き、赤い日の光が妙に眩しく私達を照らしていた。


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