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告白


 マンホールの中は、普段私達が使っている生活排水が流れている。だからやっぱり強烈な臭いでつつまれていて、本当に無理な人は足を踏み入れる事も出来ないだろう。

 梯子をつたっておりると、そこは分岐点となっており、少し広めの空間が広がっていた。そして四方に道がある。

 1つはちょっと高い所に横穴としてあいていて、上るには梯子が必要そうだ。もう3つは普通に穴があいていて、穴の大きさは大人一人半といったところか。穴の大きさ的に、通るのに問題はない。


「とりあえず、追っ手は来ないわね」

「うん。でも早くここから離れよう」


 心なしか、上の方が騒がしい気がする。私達を探す石塚達がすぐそこにいる気がして、落ち着かない。だから早くここから離れないという気持ちが強い。


「……どっちに行く?」

「私としては、あの高い穴が気になるわ」

「私も同じ。穴が向いてる方角的には、たぶん学校の方だよね」

「そうね。だからと言って学校に繋がっている訳ではないだろうけど」

「分かってる。でも意見も一致した訳だし、あの穴を進もう」


 私がそう提案すると、愛音が私を抱きしめて来た。そして触手を穴に伸ばして捕まると、ジャンプして飛び上がって穴の中へと飛び込む。

 着地した穴は、下の3つの穴とは少し様子が違った。こちらの穴は四角くて、あまり水が通っていないのか乾いている。


「行こう」


 愛音と手を繋ぎ、私が先導して歩き出す。

 辺りは真っ暗で、明かりは私が手にしているスマホのライトだけだ。愛音から渡され、預かりっぱなしだった。


「……こんな事になって、ごめんね」


 そう謝罪して来たのは、私の後ろを歩く愛音だ。


「謝るのは私の方だよ……。私のせいで和音さんは……それに、愛音も傷ついた」

「この事態を作ったのは、私達化け物よ。咲夜のお母さんも、ママも、私達化け物が招いてしまった事態で、こうなっている。……やっぱり咲夜は、今からでも私達を裏切って、人間の味方をするべきだと思う」


 そう言えば、お母さんも似たような事を言っていた。

 いざとなったら化け物を裏切り、人間の味方をしろって。その時私は、分かったと答えた。だけど心の中では無理だろうなと思っていて、やっぱり実際の所は無理そうだ。


 ごめん、お母さん。やっぱり私は、愛音が好きなんだよ。例え相手が化け物だろうと、関係なく。


「私は、何があろうと愛音を裏切らない」

「……私、化け物なのに?」

「あのさ。私少し前から自分の気持ちに気付いて、愛音に言いたかった事があるんだ」

「何?改まって……」

「私は愛音が好き。好きと言うか、愛してる。ずっと一緒にいて、この先も同じ時を過ごしたい」


 歩いて進みながらの告白は、ちょっと味気なかっただろうか。でも今は追われている立場上、進まなければいけないので勘弁してほしい。

 決して目を見て告白するのが恥ずかしくて、怖いという理由ではない。


「それは……あの……えっと……よく分からないから間違ってたら言って欲しいんだけど……告白と言うもの?」

「合ってるよ。私、桜 咲夜から、七瀬 愛音に対する愛の告白を今してるの」

「私、化け物よ?」

「そんなの関係なく、好き。大好き。見た目も、性格も、匂いも、手と手を繋いだ時の感触も」

「それは七瀬 愛音を食べて擬態しているからであって、私と言う個性ではない」

「例えそうだとしても、私は愛音と過ごす時間が愛おしくてたまらないの。擬態しているからとかそんなのも関係ない。……愛音は、どう?」

「……」


 告白は、相手もこちらが好きだと返してくれたら、晴れて恋人同士となる事が出来る。ごめんなさいと言われたら、好きではなかったと言う事で、恋人は成立しない。


 返事を聞くのは勇気がいる。


 でも愛音は黙ってしまい、私も振り返る勇気がなくて2人して黙って歩き続け事になる。


「ねぇ、咲夜」

「は、はいっ」


 突然名前を呼ばれて、私は緊張して裏返った声で返事をしてしまった。


「前に私が、咲夜と会った事があるって言ったの覚えてる?」

「覚えてるよ。でも申し訳ないけど、本当に心当たりがなくて……」

「覚えてなくて当然だって言ったじゃない」

「う、うん……」


 でも、だからと言って愛音の出会いに覚えがないっていうのは、自分としてはちょっと悲しい。


「咲夜と出会うちょっと前の私は、人間に捕まって実験道具にされていたの。と言っても、捕まっていたのは分体の方だけど。でも私は、分体にされた事を全て覚えている」

「え?」

「実は、殺虫剤って、私に対して度重なる実験を経て完成した道具なのよ。試作品からずーっと試験的に投与されて、徐々に効果が強くなって来たから私自身には耐性が出来て行ったみたいだけど、初めてくらう化け物にとってはやっぱり脅威ね。大抵の化け物は、普通の殺虫剤で殺せてしまう」

「……」

「ある日、私は逃げる機会を得る事が出来た。殺虫剤で死んでしまったと思われて、処分されそうになった所で逃げだしたの。でもかなり弱っていた私は、小さなヘビのような形になって地面を這い、そんなタイミングで雨まで降って来て、どうにか近くの町まで逃げて来たけど力尽きて倒れそうになってしまった。そんな時、女の子が私を助けてくれたの。傘をさして、雨で濡れた身体を拭いてくれて、食べ物もわけてくれた。おかげで私は体力を取り戻し、しばらくの間安全に身を潜める事が出来る場所をみつけ、無事に復活を果たす事が出来たの。その時の女の子は私の事を、ツチノコだと思ってたみたいね。ツチノコを見た事があるって、この間も言っていたわ」


 私の後ろで、楽しそうに語る愛音。前半、愛音が捕まっていたというのは石塚から聞いただけで、詳しくは知らなかった。

 でも後半の、逃げて弱っていた所を助けられたという話が引っかかる。


 偶然にも、私は過去に、ツチノコを助けた事がある。あの形はまさしくツチノコだったと力説し、周囲からバカにされた事もあった。


 ……偶然?全然偶然じゃない。愛音は暗に、私に助けられた事があると言っているのだ。私はあの時のツチノコですと、そう告白している。


「愛音が……あの時のツチノコだったの……?」

「うん」


 振り返りながら尋ねると、愛音が私に抱き着いて来た。


「あの時は助けてくれてありがとう」

「それが、私と愛音の出会いだったんだ……」

「そうよ。助けられて、体力が戻ってからは、遠くからだけどずっと咲夜の事を見守っていたの。咲夜に恩を返す機会を伺っていたのだけど、あの日──七瀬 愛音が死んだ日、倒れた咲夜に鉄塊を持たせたのは私。そして触手でその手を掴み、殴らせたのも私」

「ああ……」


 確かにあの時、都合よく武器が手に入った。武器を手にしたものの、動かなかった手が突然動いて驚いた。

 アレは、愛音のおかげだったんだ。


「七瀬 愛音の上から、瓦礫を落としたのも私。本当は化け物として、ルールを逸脱した行為よ。私は人間をこの手で瀕死状態に追い詰め、そして食べて擬態した。ルールを破った報いが、石塚と言う人間によって下されようとしている」

「……七瀬さんから、私を守ろうとしてくれたんだ」

「……本当は、人間を食べるのは少し怖かった。私は人間を食べた事も、勿論人間に擬態した事もなかったから。だって、食べた人間の記憶を受け継ぐなんて怖いでしょう?記憶に影響されるのが嫌で、怖くて……ずっとそれだけは避けて来た。でもここで七瀬 愛音に死なれたら、後で咲夜に迷惑がかかるような気がして……だから勇気を出して、擬態する事にした」


 本当は怖かったのに、私のために勇気出して擬態してくれた。

 嬉しい。だけど、私のために人を殺させてしまったという罪悪感がある。


「七瀬 愛音になってからは、楽しかった。咲夜とデートが出来たし、咲夜とお風呂に入って、咲夜と一緒に寝る事が出来たから。ずっと遠くで、ただ見ていただけの咲夜の事を、近くで見て喋る事でたくさん知る事が出来た。この世界に来てから、他の化け物が人間に擬態し、楽しそうに過ごしているのをただ見て来た。どうしてそんなに楽しそうにしているんだろう。どうして楽しくなれるんだろうって、人間に擬態する事もなく、疑問ばかり浮かんでいたけど、七瀬 愛音になる事でようやくその楽しさを理解する事が出来た。でもその楽しさは、咲夜が一緒じゃなきゃ理解する事なんか出来なかったと思う」

「私も、高校になってからつまらなくてたまらなかったけど、愛音のおかげで楽しくなったよ。それも好きになった理由に含まれてる」

「私も──いえ、私は……分からない。自分と同じ化け物も、勿論人間も、好きになった事なんてないから、この気持ちが自分の物なのか、七瀬 愛音の物なのか、判断するのが難しい……」

「愛音はさ、私にキスしてくれたよね。ていう事は、自分の気持ちかどうか分からなくても……その……とりあえずは私の事、好きって事?」

「……」


 愛音はやや間を置くと、顔を少しだけ赤く染めて、私に向かって頷いた。


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