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裸同士


 温もりに、優しく包み込まれている。

 暖かくて、とても心地いい。

 まるで、太陽の下で布団を敷き、そこで布団にくるまって眠っているかのような気分。

 ここはきっと、楽園だ。

 隣に愛音がいてくれたら、もっと良くなる。

 そう願ったら、隣に愛音が現れた。

 現れた愛音は、私を胸に抱いてくれる。

 私も、愛音を抱き返した。


「──咲夜」


 愛音が、私の名を呼んだ。


「うん……?」

「起きて、咲夜」


 返事を返すと前髪を手でかきあげられ、無防備になった額にキスされた。


「……」


 額にキスされてから、ややボーっとしてから、段々と意識がハッキリとして来た。

 ああこれ、夢じゃない。そう気づくと、自分の顔が真っ赤に染まっていくのが分かる。


「あ、愛音。今、キス……した?」

「ふふ。した」


 目の前の愛音が、悪戯っぽく笑う。


「っ~~!」


 恥ずかしくなって、私は目の前の愛音を見ていられなくなった。手で自分の顔を隠し、うずくまる。


 そこで気づいたのだけど、私今、素っ裸だ。布団は被せられているものの、一糸まとわぬ姿でベッドの上で寝ていたという事実が更なる赤面を招く。


「ていうか愛音……服は!?」


 ついでと言ったらなんだけど、私の隣で寝そべっている愛音も素っ裸だった。私は愛音と、素っ裸同士で抱き合って眠っていた事になる。


「気を失ってる人って、人肌で温めると良いんでしょう?拾った漫画で読んだ事ある」

「いや、んー……状況による……か?」

「分かってる。別にしなくてもいいんだろうけど、私がしたかっただけ。咲夜が心配でたまらなかったから」

「……ありがとう」


 そう言われたら、余計な事しやがってとは言えない。むしろ裸の愛音に抱きしめられて眠れるとか、どんだけご褒美なんだという話だ。

 今なら裸同士なので、ダイレクトに愛音の身体を感じる事が出来る。


「はぁ……はぁ……」


 愛音とさりげなく身体をこすり合わせると、興奮して息が荒くなってきた。


 自分のね。


「調子が出て来たみたいで良かったわ」


 そう言うと、愛音は私から離れて立ち上がってしまう。しかもベッドの傍にあったバスローブを肩にかけ、その美しい裸体を隠してしまった。


「あれ……ていうかここ、どこ?」


 私も布団にくるまって自分の身体を隠しつつ起き上がると、そこは見知らぬ場所だった。


 窓の多い部屋だ。窓から光が多量に入り込み、ちょっと眩しいくらい。部屋には観葉植物がたくさん置かれていて、私が寝ていたベッドの周りを囲んでいた。部屋自体さほど広くないのに、ベッドと植物と、あとはキャンバスやスケッチブックといった絵を描く道具でやや散らかし気味だ。窓の外には木々が見え、開かれた窓から風が入って来て気持ちが良い。


「私と同じ、旧種の化け物が使ってる家よ。同じ町の中だけど、山の方にあるから人眼につきにくいはず。事情を話して借してもらったの」

「家って、そんな簡単に借してもらえる物なの……?」

「化け物同士の事だし、それに今回は事情が事情だもの。向こうも快く受け入れてくれたわ」

「……」


 とりあえず、家を借してくれた人には感謝しておこう。


 というか、どうして家を借りる必要があったんだっけ。

 そこで考えて、私は気を失う前の事を思い出した。


「あっ……あれ?」


 私、体が動いてる。自分の意志で動かせて、言葉も喋れる。東堂さんが言う話では、私はもう二度と自分の意志で体が動かせなくなってしまったはずなのに。

 実際、愛音によって体から東堂さんの一部を剥がされた後、全く動けなくなってしまった。怖いくらいに自分の体を感じなくなり、言葉も上手く出せなかった。


 背中を気にして見ようとしたけど、私は人間だ。自分の背中を道具なしに自力で見る事は出来ない。


「安心して。背中にはもう何もないから」

「東堂さんの、アレの事だよね?」

「そうよ。でもごめんなさい。少しだけ、傷が残ってしまったわ」

「傷……?」

「咲夜の背中にくっついてた静流の一部を切り取って、咲夜の神経を私の中で丁寧に結って繋いで傷も塞いだんだけど、どうしても少しだけ傷が残ってしまって……」

「愛音が治してくれたから、私は動けるようになったの?」

「そうね。人間にはない技術だろうけど、化け物の力をもってすれば出来る事よ。もっとも、新種は人間の神経に自分を繋いで痛めつける事が自分達の研究成果で、繊細で簡単に出来る事ではないし、旧種の化け物には真似する事の出来ない技術だと思ってたみたいだけど……旧種にとっては造作もない事よ。そんなの旧種なら、やろうと思えば誰でも出来る。治す事だって造作もない。でも、全部元通り繋げるのは少しだけ疲れたけどね」


 疲れたと言いつつ、愛音がイスに腰を下ろした。バスローブ姿の下には何もつけていない状態で足を組むと、非常に危うい。思わず足と足の間を覗こうとして顔が斜めになってしまった。だけど絶妙に中を見る事は出来ない。


「ありがとう、愛音。愛音のおかげで、私は今動けているんだね」

「お礼を言われる筋合いはない。私が巻き込んで、私が気づくのが遅かったせいで、結果的に咲夜を苦しめる事になってしまったんだもの。でも咲夜。真剣な話をしている時に、脚の中を覗かないでちょうだい」


 愛音に溜息混じりで言われてしまったので、私は顔をあげて愛音の顔を見る。


「怖かったけど、愛音が来てくれるって信じてたから平気だった」

「嘘。殺してって言ってたじゃない」

「え?そんな事言った?」

「言ってたわよ。確かに聞いた。だから、凄く慌てた。咲夜が心配でたまらなくなっちゃったんだから」


 本当に言った覚えがないので、たぶん無意識で言ってしまった言葉なんだと思う。

 思い返せば、本当に怖かったし、本当に痛かった。人生で味わった事のない大容量の痛みは、忘れる事の出来ない経験となりそうだ。今思い返して震え出してしまう。


「私、どれくらい寝てたの?」


 震えを誤魔化すように、私は愛音に尋ねた。


「まる四日間ね」

「そっか。四日も……四日も!?」

「安心して。筋肉が固まらないように私が毎日、動かしてあげてたから」

「確かに動ける……ありがとう。でも私、四日も寝てたの!?ここで!?お母さんに連絡しないと!」

「それはしてあるから平気」

「そ、そっか……でも学校とか、色々と他に問題が……」

「学校も平気よ。今世の中はそれどころじゃなくなっているから」

「……どういう意味?」


 不穏な事を言われ、不安になってしまう。

 言葉の意味を聞くと、愛音が悲しそうに顔を伏せてしまったのがまた私の不安を煽って来る。


「新種がね……バカな事を始めてしまったの」


 そう言うと、愛音が指を伸ばした。人間的にではなく、化け物的にである。伸びた指はテレビのリモコンのスイッチを押し、それによって部屋の壁にかけられていたテレビのスイッチが入った。

 ちょっと便利そうで羨ましい。


 一方でスイッチの入ったテレビには真剣そうな顔をしたキャスターが映し出され、どうやらニュースを放送しているようだった。でもいつもと様子が違くて、テロップが流れ続けており、画面の隅には非常事態宣言発令と書かれている。


『今入った情報によりますと、〇〇駅前で暴れ出した化け物に対し、警察が出動して毒ガスを使用しました。これによって、化け物は現場で殺害されたようです。しかしながら怪我人が複数名出ており、こちらでも甚大な被害が出ている模様です。えーこれまでの情報をまとめますと、犠牲者は全国でおおよそ870名。1000名近い数の方がなくなっており、本当に危うい状況が続いております』

「何これ……」


 テレビで淡々と語られる、化け物による人間への被害状況。


 視聴者投稿による実際の映像とされる物には、愛音のような化け物の姿が映し出されており、人間を追いかけ追い詰める様子がおさめられていた。さすがに最後までは再生されなかったけど、情報によるとこの化け物はその後、親子を殺害したらしい。


『──国としては前々から人に化ける化け物の存在は把握しており、この化け物に対する対策を練ってまいりました。その対策により、化け物は順調に、この国から駆除されています。今は不要不急の外出は控え、化け物を発見した場合は速やかに警察にご連絡ください』

『前々から把握しておきながら、発表しなかった理由は何ですか!?今の状況は国として予想された事態と言う事ですか!?』

『対応が遅すぎたのでは!?』

『大勢の人が亡くなっているんですよ!?それに化け物に効くと言う毒ガスは、人にも効いてしまうと言う話も出ています!』

『毒ガスに巻き込まれた人が死んでしまうケースもあるようですが、それに対してはどうお思いですか!?』

『この会見場にいる方々には、全員毒ガスを吸っていただいているはずです。多少の体調不良はあるかもしれませんが、死に至る事は絶対にありえない。適当な情報を流し、混乱を招くような行為は慎むようにお願いしたい。また、このガスは我々大臣を始めとして議員の皆さんにも吸っていただいている。誰も死んだりはしていません』

『その中には、化け物はいたんですか!?』

『……それに関しては、コメントを差し控えさせていただきます』


 続いて流れたのは、記者会見の様子だ。会場で話す大臣に対し、大勢の記者から一斉に質問が飛んで止むことがない。いつもの整然と雰囲気はなく、混乱して慌てた様子が見て取れる。


 愛音にお願いしてチャンネルを変えてもらっても、全てのチャンネルが同じように、化け物による人間への奇襲攻撃が報道されている。


「今の状況は、こんな感じ。登校が制限され、社会機能は半分くらい麻痺しかけているから。だから、学校の方は大丈夫」


 見せたい物は見せ終わったと言わんばかりに、唐突に愛音がテレビの電源を消した。


「……お母さんや、和音さんは平気なの?」

「何とも言えない。けど、あの二人ならたぶん平気だと思うわ。心配なら連絡してもいいけど、一応自分のスマホじゃなくて、この借りたスマホでしてね」


 愛音に手渡されたのは、私のスマホではない。発売されたばかりの最新のスマホで、けっこう高い高スペックなスマホだ。


「ロック番号は、8888。覚えやすくていいね」

「……今は、やめておく」

「そう。それじゃあ着替え……る前に、シャワーでも浴びておく?」

「そうだね。浴びたいかも」

「じゃあ、一緒に行きましょう。また髪の毛を洗ってあげる」

「う、うん」


 私は愛音に手を引かれてベッドから立ち上がると、愛音に誘われて裸のまま家の中を歩いて行く。

 道中足元はフラつくし、平衡感覚も麻痺しがちで歩くのもままならない。だけどそのたびに愛音が優しく抱きしめてくれるので、倒れたりはしない。


 お風呂場につくと、フラつく私は愛音に全身を丁寧に洗われてしまい、もうお嫁にいけない身体にされてしまうのであった。

 この責任は、愛音にとってもらわなければいけない。


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