呼び出し
『桜 咲夜』という人物は、学園内で性格の悪さに関する噂が流れている。
例えばテストの成績のよさを鼻にかけて、自分よりも下位の者を下に見てバカにしているだとか。また別の噂では話しかけても無視されたとか、ぶつかっても謝らないとか、自分が使っていない時に席のイスも貸してくれないだとか。挙句に人の告白文を覗き見て、キモいだのとバカにしただとか……本当に嫌な人間だ。
桜 咲夜──つまりは私の事なんだけど、それが学校での私の評価で、おかげで私に近づこうとする者はおらず、友達も当然いない。
噂の大半は、事実を捻じ曲げて私を悪役に仕立て上げただけの作り話だ。この前の、人の告白文をバカにしたという噂に関しても勿論そう。
悪く言っていたのは私だけじゃない。七瀬さん達だって引いていたし、ちょっと困っていた。でも何故か私だけが悪者になってしまった。
噂の出所は七瀬さんや鬼灯さんと、東堂さんが主だろう。クラスメイトの中には真実を知っているはずの者もいるはずだけど、蛇が出て来るのを恐れて藪をつつこうとする者はおらず、現状放置されている。
入学してから、ずっとこんな感じなので今更違和感はない。
事の発端は、私の成績だと思う。前も言ったけど、実は私、学年で一番の成績を誇る才女だったりする。進学校の中でトップの成績だから、かなり頭はいい。
七瀬さんは私に次ぐ2番手の成績なんだけど、今まで行われた学年テストに、小テストでも私の点数を超えた事は一度もない。テストの度に厳しい視線を向けられ、睨まれて来た。
思い当たる節と言えばそれくらいなので、たぶんそれが正解。私が1番で、自分が2番手でいる今の状態が彼女の気に障ってしまったのだ。
噂は私のコンディションを崩すために流しているのだろう。あわよくば私が学校に来なくなれば、1番はもれなく七瀬さんの物である。
だから私は学校に通い続ける。そして1番であり続ける。
こんな方法で私をトップの座から引きずり降ろそうとする奴に、負けてたまるか。
とはいえ少しキツイ。中学まではごく普通の学園生活を過ごして来ただけに、ダメージはある。
そんな時に相談すべき相手は、友達や家族だろう。先生という手もあるけど、残念ながらこの学校の教師はどこか頼りにならない。中学からの友達は僅かにいるけれど、七瀬さん達が睨みをきかせているのか疎遠になっている。となれば家族に限定されるが、家族にはあまり心配をかけたくはないという心理が働いている。
それに相談もし難いんだよね。実はお母さんと七瀬さんのお母さんが知り合い同士で、娘である七瀬さんとも面識があるのだ。そしてお母さんの七瀬さんに対する評価はすこぶる高い。
母の七瀬さんに対する異様に高い評価があるぶん、お母さんに相談するのもためらわれる状況だ。
まぁ、耐えればいいだけだ。たったの3年間耐えれば、私はトップの成績で学校を卒業して無事に全てが終わる。
そう自分を励ましながら、私は今日も一日耐え抜いて、辛い一日が終わろうとしている時間になった。HRが終わり、下校の時間である。
「──よう、桜。ちょっと付き合えや」
「え……?」
荷物をまとめ、帰り支度を終えた時だった。私の席へとやってきた鬼灯さんが、突然私にそう声を掛けて来た。
背後には東堂さんもいて、彼女は興味なさげにスマホを弄っている。
「つ、付き合うって……どこに?」
「あー……ゲーセンだよ、ゲーセン!帰りにちょっと遊んで行こうぜ」
絶対に嘘だ。コレは遊びの誘いなどではない。
先日鬼灯さんが告白されたメッセージ画面を見せられた時のように、何か裏があっての誘いと見るのが妥当だ。
「あー……べ、勉強をしないといけないから……」
「さすが優等生だな。でもたまには息抜きも必要だ。だろ?だからちょっとでいいから付き合えや」
「わっ。ちょっと」
「いいから、持ってろ」
断って逃げようとするも、鬼灯さんは私のカバンを奪い取り、それを東堂さんに強制的に渡して持たせると、私の肩に手を回して強制的に歩かせ始めた。
逃がすつもりはないようで、物理的に引っ張ると同時にカバンを取られる事によって簡単に逃げられるような状況ではなくなった。
今まで直接的な攻撃は無かったけど、これはもしかして、アレだろうか。暴力的な虐めだろうか。だとしたら、こちらとしては助かる。体に痣が出来れば、虐めの確固たる証拠となるからだ。暴力までふったとなれば、色々な機関に相談する事が出来る。
しかし首謀者である七瀬さんは委員会の仕事でHRを免除され、この場にいない。七瀬さんがいない状況で2人が勝手に動くというのも珍しい話だ。
「……」
首謀者はいないけど、もし何かあればこの2人だけでもどうにかしてやろう。私は心の中でそう決めて、抵抗をやめ、おとなしく学校から連れ出された。
「どぅおらあああぁぁぁ!待ちやがれ、この野郎!ぜってぇぶっ殺してやっから覚悟しやがれぇ!」
鬼灯さんの怒鳴り声が響き渡る。
それは周囲の大音量で流れているゲームの音の中では、さほど遠くまでは聞こえる事のない声だ。少々下品な事を言っても、目立つ事はない。いや、さすがに目立ちはするか。
彼女は今、イスに座ってレースゲームに熱中している。ハンドルを握り、アクセルを全開に踏み切って前を走る車を追いかけている状況だ。
しかし前を走る車との差は一向に縮まる気配がない。
「ふんふふーん」
鬼灯さんの隣では、やはりイスに座ってレースゲームをしている東堂さんがいる。
こちらはマニュアル仕様を選択したのか、巧みにレバーを操ってギアチェンジをしながら、軽快な走りを見せている。鼻歌まで歌っていて、余裕たっぷりのその様子は強者の貫禄が伺える。
とまぁそんな感じで、私は今2人に連れられて学校近くのゲームセンターへと連れて来られている。近くに立たされた私は、2人がレースゲームで競い合う様子を見せられている最中だ。
人質に取られていたカバンも自分で持てと言われ、今は私の手にある。逃げようと思えば逃げられる状況だけど、ここまで放置されると逆に逃げるに逃げられない。2人が何故このような場所に私を連れて来て、2人でゲームを楽しんでいるのか……その真意を教えて欲しい。
「だーくっそー!」
レースが終了し、結果は鬼灯さんの大敗だった。
鬼灯さんはハンドルに顔を突っ伏して、とても悔しそうにしている。
「交代だ!桜やってみろ!」
鬼灯さんは席から立ち上がると、私を引っ張ってイスに座らせた。
「え。わ、私?」
「いいからやってみろ!テストの点数良いんだからつえーだろ!静流を負かせてその余裕たっぷりな顔に泥を塗ってやれ!いいな!」
テストの点数とレースゲームの上手さは関係ない。なさすぎる。
「ま、いいよー。かかってきなよー」
お金を入れて、レースが始まった。
結果から言おう。負けた。
けれど鬼灯さんよりもかなり善戦はしたと思う。実は私、レースゲームを少々たしなんでおり、ラインどりとかは分かるのだ。ただ、やはり家でやる家庭用のゲーム機でコントローラーを握っての操作と、ゲームセンターでハンドルを握ってアクセルとブレーキを操作するのとでは勝手が違う。それで負けてしまった。
負けた事によって鬼灯さんにバカにされるかと思ったけど、そんな事はなかった。
「や、やるじゃねぇか桜。静流にここまでついてくとか、普通じゃねぇぜ」
「……どうも」
むしろ、褒められてしまった。
「ま、結果はうちの勝ちだけどねー」
一方で東堂さんは、善戦しようが勝ちは勝ちというスタイルらしい。
で、次はクレーンゲームに連れて来られた。こちらも鬼灯さんは目当てのキーホルダーを取る事が出来ずにイライラしだしたけど、代わりに東堂さんがやって一発で取ってあげて、それを受け取った鬼灯さんの機嫌はすぐに直る事になる。
続いて私もやってみた。のだけど、東堂さんのように上手くはいかない。けど東堂さんの取り方を思い出して参考にし、何度かやると取る事が出来た。
鬼灯さんは何度やっても取れなかったのに、初めてやる私がものの数回で取った事となる。
「やるじゃねぇか、桜……」
でもさすがにそれを見た鬼灯さんは、ちょっとだけ顔を引きつらせていて怖かった。
「巡。そろそろ時間考えなよー。センセが見回りにくるよー」
「お、おう、そうだな。あー……わりぃな、桜。もう一か所付き合ってくれや」
「え、あ、うん」
ゲームセンターを後にすると、私は近くの廃ビルへと連れて来られた。
いきなり、それらしい場所へと連れて来られてしまった。今思い出したけど、よく考えれば私はこの2人に酷い嫌がらせをされていて、虐げられている側の立場だった。
ゲームセンターであまりにも普通に接せされ、油断していた。
だって仕方ないじゃん。久々だったんだもん。家族以外の誰かと遊びに出かけるっていうやつがさ。それでたぶん、楽し感じて、つい。
……私って案外チョロいのかもしれない。