痛み
背中の服が破かれ、そこには背骨に沿うように肉の塊がついていた。蠢く肉の塊は、私の肌と癒着して一体化している。私の身体の一部ではない物が、私の体の一部となっている。
「はぁ……あぁ……」
呼吸が早まり、心臓の音も早まっていく。気持ち悪い物の正体が何なのか、知りたい自分と知りたくない自分がいる。
「それはうちの一部だよー。ほら」
問答無用で、東堂さんが説明をしてくれる。
背中についていた物と、東堂さんの足から生えた触手が繋がっていた。
「今うちの一部が、桜の神経と繋がってるんだー。神経と繋がってるって事は、うちが頭の中で思うだけで桜に好きな感覚を味合わせる事が出来るの。すごーく痛かったり、すごーく痒かったり、チクチクさせたり、ざわざわさせたり……自由なんだよー。凄いっしょ。新種の化け物が、長年かけて開発した人間を限界まで苦しめるための手法だよ。人間じゃこんな事出来ないからねー。で、もう一度聞くけど、化け物を裏切った?」
「……」
私は震えながらも、首を横に振った。
「きゃあああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁ!!」
先程よりも、長く、そして痛い。全身が引き裂かれそうで、だけど実際は何もされていない。なのに、とにかく痛い。私は、叫んだ。声が裏返るほどに叫び、与えられる痛みを受け入れるしかない。
「はぁ!はぁ!はぁ!」
やがて、痛みが過ぎ去ると私は大きく、短く息を吸った。
そして体に力が入らなくなり、倒れそうになる。しかし天井から吊られた鎖に手が繋がっているので、目が覚めた時のように吊られるような状態になって倒れはしなかった。
「桜はさー。もううちの玩具なんだよー。それ、もう絶対にとれないんだよー。完全に桜の体と繋がってて、うちの体経由で神経が通ってるから切り離したりしたらもう二度と身体が動かなくなっちゃう。桜はもう、逃げられないの」
「……にげ、られない」
こんな物がついた状態で、日常生活が出来るのだろうか。そもそも東堂さんの言う通り、私は逃げる事が出来ない。もし仮にこの拘束が解かれたとしても、私は東堂さんの気まぐれでいつでも先程の痛みを与えられてしまう。
怖い。今目の前に立っているこの少女の気まぐれで、あの痛みが与えられてしまうと言う恐怖に支配される。
「お。良い顔になったねー。いつも済ました顔してた顔が、恐怖に染まっていい感じだー。うちの事、怖い?怖いよねー。だってうちが桜痛くなれーって思うだけで、あんな悲鳴をあげるくらい痛くなっちゃうんだからー」
「ひっ……」
東堂さんの手が、私の頬に触れる。それだけで怖くて、私は目を瞑った。
「正直愛音がどうなろうとどうだっていいんだけどさー。同じ化け物が人間に裏切られて人化生物対策課の連中に捕まるのって、やっぱ嫌じゃーん?てかむかつく。旧種だったらなんとも思ないし、何もしないんだろうけど、うちはスルー出来ない。桜にはちゃーんと後悔して、反省してほしくてここに連れて来たんだー。て事で、もう一回聞くよー?うちらを裏切った?」
「あ……」
怖くて、返事が出来ない。ここでもし否定すれば、またあの痛みを与えられる。私は黙り、ただ震えた。
「え、無視するの?うち、無視されるのが一番きらーい。すごーく痛くなっちゃえー」
「あ、きゃあああぁぁぁぁぁぁ!」
全身が焼けきれるような感覚。私の声だけではなく、体までもが悲鳴をあげて全身が痛みに苛まれる。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!あ、あぁぁぁぁぁぁぁ!?」
しかも今回の痛みは、長い。長すぎる。終わらない。ずーっと、痛みが終わらない。
涙が溢れ出す。涎も垂れる。
あまりの痛みの中で意識を失いそうになるも、しかし何故か意識はハッキリとしている。気絶も出来ない。
「っ……ぁ……」
どれだけ痛みに耐えていたか分からない。叫び続けたせいで声が枯れ始めた所で、痛みがようやく引いた。
「気絶は出来ないよー。そういう神経も、うちと繋がってるからねー。どんなに痛くても、桜は意識を失う事無く痛みを感じ続ける事が出来るの。ちなみに、与えられるのはさっきも言った通り、痛みだけじゃないよー。例えばー……」
「うっ!?あっ、はぁん!?」
突然体がビクビクと震えて、自分の物とは思えないような色っぽい声が出た。
「気持ちいいでしょー?」
そうこの感覚は、気持ち良いだ。まるで全身を何かが這い、私の全身に快楽を与えているかのような感覚。
嬌声が自然と出て、止まらない。
「もっと、気持ち良くしてあげるねー」
「あっ!?はっ、あ……うっ、ぎ!?あ、きゃああぁぁぁぁぁ!」
気持ちいいのが、天井知らずで上がっていく。ある一定のラインを超えた所で、気持ちいいはずなのが頭が焼けきれそうな苦しみとなり、私は身体を震わせながら、痛みの時と同じように泣き叫ぶ事となった。
「うんうん、やっぱり叫び声がイイネ。そんで、やっぱ痛い時の声の方が好きだから、気持ちいいのはここまでしとこっかー」
「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!」
気持ち良かったのが、痛みに変わった。だからと言って、私に出来る事は何も変わらない。ただ叫び、泣いて、震えるだけ。
「あ……あぁ……」
やがて痛みがなくなり、私は再び体から力を抜いて天井から吊られる形となった。
『すぐに、私が行く。それまで耐えて』
「……愛音」
「はー?残念ながら愛音はここにはいないよー?もう壊れちゃったー?早いよー。もっと、ゆーっくり遊ぼうねー」
痛い。叫ぶ。喉が枯れて、叫べなくなる。でも、金切り声をあげて叫ぶ。痛い。凄く痛い。たまに痛み以外の物を与えられる。だけどそれもまた暴力的な感覚となり、本来苦しくない物までもが苦しくて、頭の中が沸騰する。
時間の感覚は、最初の方でだいぶ狂っていてどれくらい経過したのかも分からない。
愛音はすぐに来てくれるといったけど、すぐとはどれくらいなのだろうか。そもそも、来てくれたとしても私は助かるの?背中におかしな物をつけられて、東堂さんの話じゃもうコレを外す事は出来ないらしい。それじゃあ、来たって無駄じゃないか。
ならばいっその事……──
「……殺して」
次の痛みが与えられる前に、私は静かにそう呟いた。
「ダメだよー。まだ始まったばかりなんだからさー。少なくとも、一か月はこのまま生きていてもらうからねー」
「……」
それはあまりにも長すぎる。私を更なる恐怖のどん底に突き落とす、悪魔の言葉に震えが止まらない。
「良い。凄くいいよ桜ー。恐怖に染まったその顔……興が乗って来たね。もっと、もっと、たくさん苦しもうねー。たくさん叫ぼうねー。生まれて来た事、後悔させたげるー」
東堂さんが楽しそうに、笑う。普段は見せる事のない、とびきりの笑顔をこんなシーンで見せている。
どうやらこの、普段無表情な少女を笑顔にさせるのは、狂気のようだ。あるいは人間でいう所の、性癖とでもいうのだろうか。
なんにしても、この異常者を止められる力は私にはない。次に与えられようとする痛みにに備え、目を瞑った。
しかし次にやって来たのは痛みではなく、激しい轟音だった。
何かを強く叩きつけるような音が響くと、無数の重い物体が飛んできて、また音と揺れをおこす。
やや遅れてからゆっくりと目を開くと、目の前に大小さまざまな大きさの無数の岩の塊が転がっていた。この塊の出所を探すように、目線を横方向にずらすと壁に大きな穴が開いている。
「……愛音っ!どうしてここが分かったの!?」
「っ……!」
壁に開いた穴の中から姿を現したのは、制服姿の愛音だった。ゆったりと、優雅に穴を超えて部屋に入って来て、東堂さんが驚きの声をあげている。
私も声をあげようとした。出来れば駆け寄って、抱きしめたかったけど両方出来ない。
「……」
愛音は黙って東堂さんを睨みつけている。いつもの愛音じゃない。明らかに怒った様子の愛音からは、殺気すら感じ取る事が出来る。
「そ、そんな怖い顔しないでよー。うちらは化け物同士、殺し合ったりなんかしないっしょー?」
愛音は依然として黙ったまま、手を東堂さんに向けた。
すると、次の瞬間私の体から何かがプッツリと切れた気がして、体に力が入らなくなった。
「あっ、ぅ……」
見ると、愛音の手から触手が伸びていて、触手が私の背中に回り込んでいた。どうやら私の背中にくっついた気持ちの悪い物を、愛音が触手で切断して取り外したらしい。東堂さんの言う通り、無理に外された事によって私の体は神経が切断されたかのように、もう自由がきかなくなってしまう。
同時に、拘束された手足の鎖が、愛音の触手によって壊された。体に力が入らず、拘束もとかれた事によって私は地面に向かって顔面からダイブしようとするけど、そこへ愛音の本体がやって来て私を胸に受け止めてくれた。
全ては、一瞬の出来事だ。目で追う事は出来ず、気づけばそうなっていた。
「遅くなってごめんね、咲夜。まさかこんな場所に隠れていたなんて……酷い臭いで、化け物からも隠れる事が出来る厄介な場所ね」
「……」
口を動かして喋ろうとしたけど、声は出なかった。体も動かない。
私は愛音の胸の中で、愛音に抱かれたまま何もする事が出来なくなってしまった。
「確かに、遅すぎたかなー。乱暴にうちから切り離したせいで、桜はもう、二度と自分の意志で立つ事も、喋る事も出来なくなっちゃったよー?」
「……静流。どうして咲夜を狙ったりなんかしたの?」
「桜が人化生物対策課に、愛音の正体をバラしたんだよ。酷くなーい?よければそれを使ってストレス解消するといいよ。だって桜のせいで愛音は連中に……あれ?どうして愛音がここに来れたん?」
「……これだから、新種とは関わりたくないのよ」
愛音が溜息混じりに呟いた瞬間、遠くから怒号が聞こえて来た。
大勢が大きな声をあげ、何かが始まった合図を送っている。




