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気付いた気持ち


 愛音が私の耳に、何かをした。

 でも一体何をしたのだろうか。

 さすがに、耳の中で聞こえないはずの声が聞こえるのは怖い……けど、美少女の甘えるような声が、本当の意味での耳元で聞こえてくるのを嬉しく思う自分もいて、その方が怖かった。


『声に反応しちゃダメよ。あくまで自発的に、黙ってキスして。したければ別の所でもいいわ。唇?手?それとも、耳?足?』

「……」


 唇……は、この前した。とても良かった。耳は先程、愛音に舐められた。その仕返しと言う意味もこめて、狙うのも悪くない。手は、普通すぎる。足は、愛音の足元に這いつくばってする事になる。……背徳感に溢れていて、想像しただけで興奮する。

 どれもいいけど、やはりここは最初の指示通り、頬にしておこうと思う。これが一番難易度が低い気がする。いや、手の方が低いか……でも頬にしようと思う。そうしたい。


 意を決して私は愛音の肩に手を置く。


「どうしたの、咲夜?顔が凄く赤いわ」

「……」


 私の顔が赤いのは、先程愛音に耳を舐められたからだ。体から力が抜ける程に気持ちが良くて、正直に言うともっとされていたかった。

 それから顔を近づけると、自然と愛音が私に頬を差し出して来た。その頬に、私は自分の唇を触れさせて軽くキスをする。


 本当に軽くだけど、私にとってはかなり勇気のいる行為だった。そしてコレが、自発的にする初めてのキスでもあった。頬にだけどね。


「ふふ。咲夜ったら、外でこんな事したらダメよ」

「いやいやいや。耳を舐め……るよりは、全然ダメじゃないと思う」


 しかも私にそうさせたのは、愛音である。もしかして私、からかわれてる?


『どうやらちゃんと聞こえてるみたいね。まず最初に言っておくと、私達の服に盗聴器が仕掛けられてる。犯人はさっきの警察達ね』


 耳の中から、私にしか聞こえていないという愛音の声が聞こえて来て、そう教えてくれた。

 盗聴器とは……信じられない。イカれてるとは思ったけど、そんな事まで普通するかな。


 いや、石塚は愛音の事を、化け物だと確信を持っていると言っていた。確信しているからこそ、出来る行為なのかもしれない。


「咲夜のキスのおかげで、元気が出たわ。ありがとう」

「う、うん。私も愛音のおかげで、元気が出た」

「……正直言うと、あの男達の事は凄くむかつく。私達が人間に化ける化け物だなんて、失礼すぎる言い方よ。しかもあんな薬まで使って来て、死ぬかと思ったんだからっ」

「そ、そうだね。本当に苦しかった」

「でも私、彼らが言っていた事は嘘じゃないとは思うのよね。人間に紛れて、人間に擬態する化け物……本当にいるから、確認のために対化け物用の薬を吸わせて、結果として私達が人間だと分かったから、それ以上は何もされずに解放された……そんな感じだと思う」


 愛音は盗聴器を気にして、人間を演じていた。その事を察知して、私も愛音に合わせて会話をする。


『盗聴器の電池はそう持たないだろうけど、帰ったらたぶん咲夜のママが気づいて、潰してくれると思う。制服を渡すように言われたら、素直に渡しておけばいい。さすがに二人同時に壊すと怪しまれるから、こっちは泳がせておくわ。だから、私との会話は気を付けて』

「……」


 私は耳から聞こえて来る愛音の声に、頷いて応えた。


「あの人たちを訴えたい所だけど、きっと言ったって無駄よね」

「……そうだね。きっと特権みたいのがあって、色々と許されて、隠されてるんだと思う。映画とかでしか見た事ない、裏の組織的な?そんな人達だったのかな?」

「だとしたら、下手に話を広めたりしない方が良さそう。悔しいけど、今日の事は忘れましょう。それで咲夜と平和に生きていけるなら、安い物よ」


 人間に紛れて化け物が暮らしているなんて、愛音と出会うまで全く知らなかった。でも実際は周囲に化け物がたくさんいて、それに気づいている人もいる。

 知って、石塚達のように化け物を排除しようとする人間もいる。


 のほほんとした表の世界で生きていた自分が、なんだか一気に裏世界に足を踏み入れてしまったような気分だ。


「それじゃあ、ここでお別れね……」

「……」


 分かれ道で愛音が立ち止まると、名残惜しそうに私と繋いだ手を離して言った。

 しばし見つめ合うと、愛音が近寄って来て顔を差し出して来て、私も顔を差し出して唇を重ねる事になった。


「ふふ。また、明日」


 今回のキスは、一瞬だ。お別れの挨拶程度のもので、愛音は唇を離すともう名残はないと言わんばかりに、歩き出して去っていく。


 私はどうして、愛音のキスを自然と受け入れたのだろうか。

 そして盗聴されているなら、今の私達の関係ってどう思われるのだろうか。

 答えは、もう完全にカップルだろう。誤解なんだけど、誤解されても仕方がない。そんな行動をしている。


 でもまぁいっか。愛音との関係でカップルと誤解されるなら、私が困る事は一つもないから。


「……」


 ああ。そっか。つまり私って、愛音の事が好きなんだ。

 元々見た目だけは好みだと思っていたけど、七瀬さんが愛音に……化け物になって、仲良くなって、いつからだろう。いつの間にか好きになっていた。

 相手は化け物なのに、変なの。でも好きだと気づけて嬉しく思う自分がいる。もっと変だ。




 愛音の言う通り、家に帰るなりお母さんが私の制服が臭いと失礼な事を言い出して、臭いを消すと言いうと持って行ってしまった。

 凄いな化け物って。どうして盗聴器が仕掛けられている事が分かったんだろう。いや、それくらい分からなきゃとっくにその存在が公になってるか。


 次の日は、愛音との会話は極めて普通の物となった。化け物の話は一切せずに、あくまで日常的な会話のみを行う。


『真剣な目で授業を受ける咲夜、可愛いわ。とても好き』

「……」


 化け物の会話をしないのはいいとして、だけど私にだけ聞こえる愛音の声は、不意に私に話しかけて来る。今も授業中だというのに、耳の中で愛を囁かれている。

 こっちは授業中という事もあって、何も言う事が出来ない。ただ隣に座って同じように授業を受けている愛音にチラリと視線を送り、目が合ってまた逸らすだけ。


 この耳から聞こえる愛音の声って、一体何なのだろうか。愛音と化け物に関しての話ができないため、聞く機会がない。


 結局この日は聞く機会がなくて、放課後になってしまった。


「桜ー、愛音ー。一緒帰ろうぜー」


 放課後になると、鬼灯さんと東堂さんが私と愛音の席へとやって来て、帰りの誘いをしてきた。


「いいけど、私今日は真っすぐ家に帰るわ」

「お、おう。大丈夫か?」

「平気よ。別に特別な事がある訳じゃないから、心配しないで」

「うちも今日は用事があるから、さっさと帰るわー」

「今日もかよー。……桜は?」


 愛音と東堂さんが家に帰ると聞いてから、最後に鬼灯さんが縋るように私の方を見て来た。よっぽどどこかに遊びに出掛けたいのだろうか。


 私の用事と言えば、特に何もない。強いて言うなら、帰って勉強をするくらい。でも勉強には余裕があるから、どこかに出掛ける事は出来る。


「私は──」


 愛音と東堂さんを抜きで、鬼灯さんと2人で出掛けるというのはちょっと緊張する。けどここで距離を縮めるいいキッカケになるかもしれない。だから、暇だと答えようとした。


『──桜 咲夜。至急応接室に来てください。繰り返す』


 突然、校内放送で私の名が呼ばれた。


「応接室?珍しい所に呼ばれたもんだー」


 東堂さんが不思議がっている。

 私も不思議だ。応接室なんかに生徒が呼ばれる用事なんて、そうそうない。


「なんだろう……」

「分からないけど、いくしかなさそうね。不安なら一緒にいこっか?なんなら、待ってるけど」

「愛音は早く帰らんとでしょー。うちが待ってよっかー?」

「お前ら早く帰らないといけないんじゃなかったのかよ……」


 鬼灯さんには早く帰ると言っておいて、2人して私を待つなんて言い出したので鬼灯さんが嫉妬の目を向けて来ている。


「べ、別にいいから、先に帰ってて。それじゃあ、また。月曜日」


 今日は金曜日で、土日は休みとなるので次の登校は月曜日になる。そう考えるとこんな別れになるのはちょっと寂しいけど、皆と別れの挨拶をかわしてから私は職員室へと向かう。


『……気を付けて。嫌な気がする』


 途中の廊下で、耳の中から愛音の警告が聞こえて来た。

 警告されても、向かわなければいけない。気だけは引き締めて、そして応接室の扉の前につくとその扉をノックした。


「おう。悪いな、桜さん。急に呼び出して……」


 ノックすると、扉を開いて先生が出て来た。生活指導担当の熱血系の教師が出て来たので、一瞬怒られるのかと思った。けど、話し方から察するにそんな感じではない。


「まぁとにかく中に入ってくれ。お前に話を聞きたいって人が来てるんだ」


 そして先生がそう言いながら中に入るように促すと、応接室の中には見覚えのある人物がいた。


「よう。昨日ぶりっ」


 軽い感じで手をあげて挨拶をしてくる、白髪交じりのパーマがかったもじゃもじゃ髪の男。


 石塚だ。


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