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殺虫剤


 男が見せて来た警察手帳には顔写真が張られ、名前も書いてある。

 男の名前は、『秋月 隼人』。たぶんまだ20代の、新人ぽい警察官だ。黒髪短髪という髪型が、いかにも新人らしい。顔はまぁまぁ整っていて、どこかのアイドルグループの男性芸能人に似ている。

 目の前にいる人物と写真を見比べると、間違いなく同一人物だ。


「警察が私達に、何の用ですか?」


 手帳を見た愛音が、堂々とした態度で言い放つ。


「少し聞きたい事があるだけです。協力してもらえればすぐに終わります」

「そそ。そういう事。協力してもらえれば、すぐに終わる。けど協力してもらえなければ、それなりに時間がかかる事になるって訳」


 最初に私達に話しかけて来た、だらしない格好の方の男が、きっちりとしたスーツ姿の方……秋月さんの言葉に付け加えるように続けた。

 秋月さんの方はともかくとして、だらしのない方は喋り方がなんか気に入らない。なんかこう……喋り方までだらしがない。


「ただ話がしたいってだけにしては、随分と大勢いるじゃないですか。何か、大事件でもあったんですか?」

「あー……まーそういう話は後で詳しくするから、とにかくおとなしく付いてこい。めんどくせぇんだわ」

「……石塚さん。そういう言い方は──」

「こういう言い方しか出来ねぇんだよ。付いてこい」


 そういうと、石塚と呼ばれただらしのない方の男が歩き出した。

 その勝手な行動に、スーツ姿の男達が動揺している。まだ私達の同意を得ていないのに、勝手に歩き出してしまったからだ。


「……という訳だから、出来ればおとなしく付いて来てくれ」

「……」


 彼等はきっと、私達に触れる事が出来ないのだろう。自発的に動き出す事を待って、誰も触れようとはして来ない。


「ど、どうする、愛音?」

「……確かに、ここで逃げたりしたら余計に面倒な事になりそう。言われた通り、おとなしく付いて行きましょう。少なくとも秋月さんは警察なんだし、おかしな事はされないと思うわ。ね?」

「勿論身の安全は、保障する……例外はあるけどな」

「例外ー?」


 例外と言うのは、かなり気になる発言だ。私はスルーしたりせずに聞き返したけど、秋月さんは目を逸らしてしまった。


「行きましょ、咲夜」

「う、うん」


 不安に駆られる私をよそに、愛音が私の手を取って歩き出した。

 先行する、石塚と呼ばれただらしのない刑事の後を追い、やって来たのは商店街の裏道だ。建物と建物の間の路地で、薄暗く、人気はない。

 周囲に誰もいない事を確認してから、石塚さんは立ち止まった。


「先に自己紹介しとくと、オレは石塚。そっちの若いのは秋月。他のは……まぁはしょっていいか」


 だらしがないのが、石塚。きっちりとしたスーツ姿の方が、秋月。2人が呼び合っていたので分かってはいたけど、改めて自己紹介された。


「それで。聞きたい事と言うのはなんですか?」


 自己紹介に対し、愛音は名乗り返したりしない。用件を早く済ませたいっていう態度で、石塚さんに対して言い放った。


「はは。君、度胸があるねぇ。君みたいの年頃の女の子が、これだけ大勢の大人に囲まれたら普通は委縮して上手く喋れたりしないよ」

「本当に早く帰りたいんですよ。遅くなると親がうるさいので」

「ん。この間、近くで廃ビルの一部が崩れて降って来たのって、知ってる。よな?」

「……」


 私は鮮明に覚えている。だって落ちて来たビルの破片によって七瀬さんが潰され、化け物に食べられて入れ替わるキッカケとなったから。


「勿論知っていますよ」

「……『桜 咲夜』の方は?」


 いきなり石塚さんが私の名前を呼んできて、驚いた。

 この人、私の名前を知っている?どうして?


「し、知っています」

「だよねぇ。知ってるよねぇ」

「それがどうしたと言うんですか?」

「いやね。実はあの日、ビルが落っこちて来るちょっと前、君等がビルの中に入っていくのを、偶然近くの監視カメラが撮っていたんだよ」


 確かにあの日、私と愛音……というか七瀬さんは、ビルの下にいた。どこかの監視カメラに姿が映っていても、不思議ではない。

 まさか、七瀬さんとのやり取りも映っていたというのだろうか。あの日、崩れて来たビルの下で、七瀬さんとしていた生々しいやり取りが。包丁で刺そうとしてきた七瀬さんを、鉄の塊で殴り飛ばし、その後瓦礫で潰された事が。


「んでさ、崩れたビルの破片なんだけど、調べたら明らかに外部から力を加えられた痕跡があって、もしかして君等が悪戯か何かでビルを壊して遊んでたんじゃないかなぁと思ってね。こうしてお話を聞かせてもらえないかとやってきたって訳」


 一瞬冷や汗が出たけど、石塚さんが聞きたい事はそうじゃなくて、瓦礫に関してのようだ。


「い、いやいや、ビルを壊して落とすとか……そんなの無理に決まってるでしょ……」

「まー、無理だろうね。アレを壊すにゃ重機が必要だ。とてもではないけど君達に出来るような事じゃあない。でも何かしらの情報は得られるかもって思ってね。何か怪しい物を見たり、聞いたりはしなかったかな?」


 どうやら、七瀬さんとのやり取りはバレていない。化け物に関しての事も、勿論バレてはいない。

 彼らが聞きたいのは、誰か怪しい人を見なかったかとか、それ以外に気付いた事はないかとか、そんな感じの事だ。私達を怪しんでいる訳じゃなくて、目撃者を探しているに過ぎない。


「み、見てないし、聞いてません。ね、愛音」

「そうね」

「んー、そっかぁ。まぁそうだろうねぇ」


 顎に手を当て、顎を揉みながら石塚さんがさほど興味もなさそうに呟く。聞いておいて、その態度はないだろうと心の中で言わせてもらおう。


「話は終わりですか?先程も言った通り、親がうるさいので早く帰りたいのですが」

「いいや、もう一個聞きたい事がある。あんたら……ツチノコって信じるか?」

「何を聞かれるかと思えば……」

「ツチノコなら、見た事ありますよ。だから私はその存在を信じています」


 信じていると言い放ったのは、私だ。

 愛音はツチノコと言われて若干呆れ気味だったけど、私は大真面目に答えずにはいられない。いち目撃者として、これだけは引けないのだ。


 あれは私が物心ついて間もない頃、道端に弱ったツチノコがいるのを見つけた。そして水やおやつを分け与えた事がある。本やテレビで見るような、蛇のような形で胴体が膨れている形だった。蛇ではない。アレは確かに、ツチノコだった。

 水とおやつを与えるとすぐに元気になったツチノコは、私の前から去って行ってしまったからその後の足取りは分からない。


「お。いける口だねぇ、君!何を隠そう、オレもツチノコ見た事あんだよ!」

「本当ですか!?」


 テンションがあがる石塚さんにつられ、私もテンションが上がった。だって、他にツチノコを見た事ある人なんて初めてなんだもん。

 小学生の頃はツチノコを見た事あるなんて言ったらバカにされたし、中学になってからは変わった子扱いされた。高校になってからは今日が初めて口にして、ようやく仲間に巡り合えたんだからテンションもあがる。


「嘘だよ、見た事なんかねぇよツチノコなんて」

「はぁ?」


 私今、すっごくイラっとした。


「ツチノコってのはものの例えでよ、この世にはUMAと呼ばれる未確認生物がいる。大抵は嘘だろうよ。ツチノコなんていねぇし、ネッシーも存在しない。人間が作り出した幻想だ」


 いやだから、ツチノコはいるんだって。さらっと否定されて、更にイラっとする。


「そんなUMAどもの中でも、この国には厄介な連中がいてな。奴等はな、人間に擬態して、人間に紛れて当たり前みたいに生活してんだよ。信じられるか?すげぇこえーだろ?」

「……」


 人間に擬態して、人間の生活に紛れている、UMA。いきなり核心に迫る事を言われて、私は固まった。目が自然と愛音の方を見かけたけど、そんなあからさまな行動はせずに真っすぐに石塚さんを見続けておく。


 この人は、化け物に関して知っている。


「それこそ本当に、人間が生み出した幻想でしょ。バカらしくて、聞いていられないわ」

「そ、そうだよ。ツチノコならともかくとして、人間に擬態するUMAなんている訳ない。いたらとっくに見つかって、テレビかなんかでも発表されてるって」


 否定した愛音に、私も乗っかった。

 このまま自然な形で否定しておけば、怪しまれる事はないはずだ。


「人間に擬態する化け物の中には、擬態が下手糞な奴もいてな。例えば今までまーったく仲良くなかった人間と突然仲良くなったりして、周囲の目を引いたりすんだわ」


 石塚さんは、私達の言葉なんて意に介せず話を続ける。


 それは、愛音の事だ。キッカケ作りはしたけど、最近の私と愛音の関係は、周囲から見たら明らかにおかしな現象だろう。


「ま、そんだけじゃ判断はつかねぇんだけど、ビルの崩れ具合だとか、カメラに映る女子高生とか……総合して、オレの勘がこいつら怪しいって言ってんだよ。刑事の勘ってやつだ。……おい。やれ」


 石塚さんの合図で、突然背後から他のスーツ姿の男達が私達を押さえつけて来た。膝を後ろから蹴られて膝を地面につかされると、両腕を後ろに引っ張り上げられた上で足を踏まれて前のめりになったまま立ち上がれなくされてしまう。


「い、いたっ……あ、ぐっ……!」


 あまりに一瞬で制圧されてしまい、声を出す暇もない。声を出そうとしても、痛いし苦しくて上手く叫ぶ事も出来ない。

 隣では愛音も同じ状況に陥っており、2人して何も出来なくなってしまった。


 こいつら、本当に警察なのだろうか。一般人に、しかも女子高生にこんな事をしてくるなんて信じられない。


「どっちですか?」

「たぶん『七瀬 愛音』の方だけだと思うんだけどなー……でももう一匹の方もなんか怪しいんだよなぁ。……面倒だ。両方やっとくか」

「そんな自信がない感じで()()()を使うのは、危険でしょう。人間にだってけっこう効いちゃうんですから」

「責任はとるから、出せ」

「……はぁ」


 秋月さんが溜息を吐き、別のスーツの男が持っていたアタッシュケースを受け取って開いた。その中から取り出されたのは、スプレーだ。先端に酸素を吸う時に使うようなマスクをつけ、手にした秋月さんが私達の方へと歩み寄って来る。

 そして何の躊躇もなく、マスクが私の口に当てられた。


「っ!」

「このっ、おとなしくしろ!」


 私は全力で顔を振るう事によって、マスクを拒んで抵抗する。

 こんな怪しい物、誰がおとなしく吸わされるか。でもまともに動かせるのは首から上くらいなので、ちょっと滑稽だ。


「貸せ。こうやんだよ」

「ふ、ぐっ……!」


 スプレーを秋月さんから奪い取るようにして手に取った石塚さんが、右手で私の顔を掴んで来た。アゴクイとか、そんなんじゃない。頬が潰されんがばかりの勢いで掴まれ、固定され、そこにスプレーのマスクが迫って来て装着させられた。

 全く抵抗できない。凄い力だ。頬も痛いし、涙が溢れて来る。


 そしてそのままスプレー上部のノズルがおされ、スプレーから煙が発射された。

 私は無抵抗に、その煙を吸い込んでしまう。すると、効果はすぐに現れた。


 ぐらりと、世界が回転する。同時に強烈な吐き気がこみ上げて来て、手足が勝手に震え出す。

 この煙は、絶対に吸ったらいけない毒物だ。そう理解しつつも、煙は出され続けて私は呼吸のために再び吸ってしまった。


 これ、ダメだ。


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