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仲直り


 翌日は、七瀬家からの登校となった。

 朝起きて、顔を洗って歯を磨き、ご飯を食べてから愛音と一緒に学校へ向かう。いつもと同じ朝のはずなのに、いつもと違う家から学校に向かうのってなんか新鮮だ。


 道中は、昨日と比べると、私と愛音が一緒に歩いていても目立たなくなっている。でも比べてなだけで、やっぱりジロジロと見られはする。


「おっす、愛音、桜!」


 視線に耐えながら教室までやってくると、元気な声が私達を迎えた。

 鬼灯さんだ。鬼灯さんが駆け寄って、手をあげて挨拶をしてきた。


「おはよう、巡」

「おはよう、鬼灯さん」

「あー……なぁ、愛音。昨日は大丈夫だったか?」


 昨日愛音を遅くまで連れまわしたせいで、愛音が和音さんに何かされなかったかと心配しているようだ。

 それでいの一番に駆け寄って来たと。


「スマホに返事したじゃない。何も無かったから平気よ」

「そ、そっか。ならいいんだけどよ」


 チャットとかじゃなくて、直接会って聞かないと気が済まないって言うのは、ちょっと分かる。心配な事程そうで、鬼灯さんが友達想いな事が更によく分かった。


「おはよーお二人さんー」


 遅れてやや間の抜けた声でやって来たのは東堂さんだ。

 相変わらず背は小さめで、つけ爪やら口紅でピンクを強調された唇が、凄くギャルっぽい。


「おはよう、静流」

「……」


 東堂さんは、化け物だった。しかも愛音曰く、あまり近寄らない方が良いという新種と呼ばれる化け物……。

 私には新種がどうのとかはよく分からない。化け物は化け物であり、人に紛れて暮らしている。どっちも同じだ。


「どしたー桜ー。人の顔じっと見て、なんかついてる?」

「あ、い、いや、なんでもない。東堂さん、小さくて可愛いなと思って……」

「惚れたか。まぁー仕方ない」


 慌てて誤魔化した言葉に反応し、東堂さんは後頭部に手を回して反対の手で太腿をなぞり、無表情なままセクシーなポーズをしてくる。セクシーというより、可愛く感じるその行動は微笑ましい。


「うわぁ、似合わねぇ……」

「静流にはなんかこう……まだちょっと早いかなって感じね」

「うっさいなー。一部のコアな人間にはウケるんだよ」


 そう反論する東堂さんに、鬼灯さんと愛音が笑う。つられて私も笑ってしまう。


 愛音は近づかない方がいいなんて言ってたけど、やっぱり東堂さんは東堂さんだ。それに化け物ってたぶん、そんなに怖い存在という訳でもない。

 そう教えてくれたのも愛音で、私は今まで通りに東堂さんと接していこうと思う。




 その日は学校が終わると、私は真っすぐに家に帰った。そして仕事から帰って来るであろうお母さんを待ち受ける事にした。

 とりあえずは勉強してたけど、落ち着かない。ゲームをしても、落ち着かない。学校でも授業に集中出来なかったけど、家でも何をしても落ち着かない。

 結局何もせずに、ただただ時間が過ぎてあっという間にお母さんが帰って来るであろう時間になった。


「……」


 しかし、お母さんが帰ってこない。

 残業で遅くなる事はたまにあるけど、そういう時は必ずスマホで連絡をくれる。しかしスマホを見ても、連絡は来ていない。

 嫌な予感がしてきた。私は昨日の自分の行動を思い返す。


 私は、お母さんに殺意を向けた。愛音がとめてくれなければ、実際の所殺したりは出来なくとも、殴ったりはしてたと思う。また、言葉でも傷つけた。


 あの時のお母さん、凄く悲しそうな顔をしていた。


 私はバカだ。今日ちゃんと話すつもりではあったけど、まずは昨日の事を謝っておくべきだった。そしてちゃんと話がしたいと、前もって言っておくべきだった。傷つけっぱなしで放置された相手が、おとなしく待っていてくれるなんて思うなよ。

 いてもたってもいられなくなった私は、お母さんに電話をかけた。


「っ!?」


 でもお母さんのスマホの着信音がリビングで聞こえて来て、私は更なる不安に襲われる。

 もしかしたら家の中にいるんじゃないか。そう思って家の中を探したけど、どこにもいない。そして家に置かれて行った、お母さんのスマホ。


 不安は、頂点に達した。


 私は衝動的に、玄関へと向かって駆けだす。まずはお母さんの職場にでも電話すべきなんだろうけど、とにかくまずは家を出てからだ。動いていないと、不安で潰されて死んでしまう。

 玄関で急いで靴をはき、そして玄関の扉を開こうと手を伸ばした時だった。扉の施錠が向こう側から解かれ、扉が開いた。


「ただいまー……さ、咲夜?またどこか行くの?」


 開かれた扉から、お母さんが恐る恐るといった様子で顔を覗かせ、尋ねて来る。


 その姿を見て、私は安堵した。安堵して、その場に座り込んでしまう。


「どうしたの、咲夜!?大丈夫!?どこか痛いの!?」


 座り込んだ私に、すぐにお母さんが駆け寄って背中を支えてくれた。

 私を心配してくれるお母さんは、やっぱりお母さんだ。


「違う。違うの。お母さんが出て行っちゃったと思って、私心配して……!でも帰って来てくれたから安心して、力が抜けちゃった」

「で、でも私は化け物で、咲夜をずっと騙して来た……」

「お母さん」


 私はお母さんの手を握り、真っすぐにお母さんを見つめて呼んだ。


「は、はい」

「お母さんは、私の事、好き?」

「好きよ。この世界で一番大好き」

「愛してる?」

「愛してる。この世界で一番、愛おしい存在」

「それは私のお母さん……『桜 陽真璃』としてではなくて、成り代わった化け物としての感情?」

「正直に言えば、記憶を継承した事によって影響は受けていると思う。桜 陽真璃は、やっぱり咲夜の事を本気で愛していたから。私はそんな桜 陽真璃を演じて生きて来ただけ。病気が治ったフリをして、退院してからはかねてからの夢だった運動をするようにして、健康に気遣って、大切な愛娘の成長を見守る。それが桜 陽真璃がしたかった生き方。でも化け物にだって感情はあるのよ。感情は記憶と融和し、やがて影響し合って新たに形成される。……私は間違いなく、化け物としても咲夜を愛してる。最初は戸惑いもあったけど、咲夜は私の大切な子供。ずっと、ずっと、大切に作って来た咲夜との思い出は、偽物じゃないと言い切れる。それだけは信じて欲しい」


 一番聞きたかった言葉を、お母さんが言ってくれた。お母さんは、私を愛してくれていた。勝手に、全部偽物だと決めつけていたお母さんとの思い出は、決して偽物なんかじゃなかった。


 嬉しくて、涙が溢れ出て来る。


「……咲夜」

「う、うぅ……ごめんね、お母さん!昨日は酷い事言って……私本当にバカだよ!」

「謝らないで。大切なお母さんが化け物なんかと入れ替わってただなんて聞いて、怒らない人間はいない。貴女は大切なお母さんのために怒ってあげただけ。全部私のせいだから」

「だとしても!私はお母さんを傷つけた!身勝手に怒って、お母さんとの思い出まで否定したりした自分が許せないよ!」

「否定はしても、無くなった訳じゃない。後悔なんて誰でもする事で、取り返しのつく事を憂いても仕方ない事よ。自分を許して、前を向いて。私の大切な咲夜」


 お母さんが、私を胸に抱きしめて来た。お母さんの匂いに包まれながら、私は更に泣く。

 この匂いは間違いなくお母さんの匂いで、化け物の匂いだ。とても良い香りで、嗅いでいると落ち着く。だけど昔、お母さんが化け物になる前はどんな匂いだっただろうか。

 ふと思った疑問に答えるかのように、鼻に別の匂いが入って来た。ああ、そうだ。お母さんの匂いは、確かこんな感じだった。

 匂いはすぐに消え、元の化け物の匂いになってしまったけど、だけど今のは間違いなくお母さんの匂いだった。


「お母さん。大好き」

「……私は、化け物よ」

「どっちのお母さんも好き」


 幼い頃、死んでしまったお母さんも、それから私を育てて来てくれたお母さんも、どちらも私にとっては本物のお母さんだ。お母さんと話して、それが分かった。


「……咲夜っ!」


 お母さんが、私を抱きしめる力を強めた。驚いたけど、力強い抱擁は嫌ではない。

 そしてお母さんまでもが泣き出し始めてしまった。


「私本当は、この家を出て行くつもりだった。桜 陽真璃としての人生はここで終わらせて、全部忘れようって。そう思ってた」

「だ、ダメだよ。絶対にダメ。お母さんはここにいて」

「今は思ってないわ。咲夜が私を受け入れてくれたから、もう出て行ったりはしない。一応七瀬さんから、咲夜がもう一度話したがってるっていう連絡は受けてたんだけど……七瀬さんって、お母さんの方ね」


 和音さん、私が失念していた事を伝えてくれていたんだ……。


「話をするのは良いんだけど、もしまた私の存在を否定されたらと思うとスマホを見るのが怖くて、昨日からずっと放置してた。帰るのも躊躇して帰りが遅くなったけど……帰って来て良かった」

「私も怖かった。お母さんに嫌われてたらどうしようって……でも、愛音や和音さんがちゃんと話した方がいいって勧めてくれて、勇気が出て、それでもう一度ちゃんと話さなきゃって思ったの」

「そう……。七瀬さん達には感謝しないといけないわね。て、よく考えたらこうなったのって、私の正体をいきなりバラした七瀬さんのせいなんだけど」

「それは……確かにそう」


 なんのフォローも出来ないくらいに、その通りである。


「ここは、細かい事は気にしないでおきましょう。せっかく仲直りできたんだし……でも七瀬さんとは今度ゆっくりと話したいわね」


 ゆっくりと何を話すつもりなのだろうか。泣きながらやや顔を引きつらせてるのを見ると、ちょっと怒ってるのかなと思わなくもないけど冗談ともとれる。


「いつまでもこんな所で話してるのもなんだし、とりあえずお風呂に入ってもいい?仕事で少し汗かいちゃって」

「う、うん。よかったらお背中お流ししやすぜ。ぐへへ」

「あんたの手つきって、なーんかやらしいのよねー……でもまぁ、お願いするわ」


 こうして私とお母さんは、仲直りする事が出来た。

 話が終わると、一応すぐに愛音に報告しておく。仲直りできた、と。するとすぐに返事がきて、おめでとうと祝福された。


 化け物は、私達の生活に深く入り込んでいる。今回私は実感した。でも化け物達は知らなければ無害で、優しい。

 きっとこの先も、愛音や和音さんに、お母さんと東堂さんを始めとした化け物達とは仲良く出来るはずだ。

 そんな予感を胸に抱き、とりあえずはお母さんとのお風呂を楽しむ私だった。


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