おやすみなさい
和音さんの指示に従い、私はお風呂へとやって来た。
七瀬家のお風呂は、とても広い。和風のヒノキ風呂で香りがとてもよく、うちのお風呂とは違ってまるで温泉宿にでも泊まりに来たよう。お湯はさすがに温泉ではないけど、でも雰囲気的には温泉だ。
「咲夜の髪の毛、とてもキレイ」
「ありがとう……」
後ろからお褒めの言葉を預かり、私はお礼の言葉を述べた。
現在私はすっぽんぽんである。お風呂に入っているのだから、当然だ。
イスに座っている私の背後には同じくイスに座っている愛音がいるんだけど、私の髪の毛をシャンプーで先端まで洗ってくれている。
そんな彼女ももちろんすっぽんぽんである。
全裸の愛音の身体は、美しい。白い肌は透き通るようで、スタイルが良く、おっぱいが大きい。濡れた状態が彼女のセクシーさを際立たせ、つまりエロい。
でもそこは女の子同士。女で生まれて来た事を神様に感謝しつつ、全身を舐めるように見て目に焼き付けておく。
「毎度の事だけど、目が怖いわ咲夜。あと、洗いにくいから前を向いて」
シャンプーをされつつ首を曲げ、後ろにいる愛音を見つめていたら愛音からそう訴えかけられた。
「お気になさらず」
「さすがに気にせざるを得ない」
そう言うと、愛音が手でおっぱいと大事な所を隠してしまう。
「あ、ああ……それ、逆にエロい」
もろに見えている状態よりも、今の状態の方が百倍エロい。しかも恥ずかしいのか、愛音の顔が少し赤くなっている。こんなのもう、永久保存ものである。
「はぁ……」
じーっと愛音を見つめる私に対し、愛音が溜息を吐いた。溜息を吐かれた所で私は止まらない。凝視し続ける。
でも愛音がシャワーを手にしてお湯を出し、それを頭にかけられるとさすがに目を開いていられなくなった。
「目ガアアァァァァ!」
シャンプーの混じったお湯が私の目の中に入って来た事により、私は目を押さえて叫んだ。
思いっきり見開いていたので、思いっきり入って来た。めちゃ痛い。
「はい、おとなしくしてて」
「うぅ……」
人の目に酷い事をしといて、至って冷静に愛音は私の頭をお湯で流し続ける。
酷いよ、愛音さん。
お風呂での一幕はそんな感じで、私の暴走が目立つ。だって目の前に美少女の裸体があるのだから仕方ない。
お風呂を上がると、ご飯だ。ご飯は私達がお風呂に入っている間に和音さんが用意してくれたんだけど、とても美味しそうだ。白米に、レバニラと、かぼちゃの煮物。それから野菜と、これまたかぼちゃの入ったお味噌汁。
最初は違和感なく食べていたけど、途中で気づいた。
「……甘い」
全てが、甘い。不味くはなくて全てが美味しいんだけど、とにかく甘い。
「集中力がつきそうでしょう?」
私がご飯を食べる姿を見ながら、和音さんが自慢げに言って来た。
現在リビングのキッチン傍に設置された机を、私と愛音と和音さんの3人が囲っている。3人とも似たような柄の赤いパジャマ姿で、1人は年がアレだけど女子会みたいでなんかちょっと楽しい。
ちなみに私のパジャマは愛音に借りた。めっちゃいい匂いがするし、これが愛音の裸体を包んでいたと思うと興奮する。
ちなみのちなみに、下着は和音さんから借りた物だ。愛音よりも和音さんの方がサイズが近くて、着てみたら若干大きいけどギリつける事が出来た。というわけでないよりはマシって感じ。柄は秘密。
「そこは集中力じゃなくて、美味しいかどうかを尋ねるべきじゃない?」
「それもそうだったわね」
「お、美味しいです」
「ありがとう。たくさん食べてね」
そういえば、七瀬さんが甘い物ばかり食べさせられると言ってたな。確かに糖分は集中力を高めるだろうけど、そこまで意識して摂取して効果があるものだろうか。
「ご飯を食べ終わったら、ケーキもあるから」
衝撃的だった。甘いご飯に、その後甘いデザートつきとは、徹底してる。
しかしケーキとは魅力的だ。アレは毎日だって食べられるくらいに飽きが来ない。ただ、太るのが怖くて、とてもじゃないけど毎日は食べられない。食べたいけど、食べられない。罪な食べ物だ。
ご飯と、デザートのケーキも食べ終わると、私は愛音の部屋へとやって来た。
愛音の部屋は……ちょっと寂しい。年頃の女の子らしい派手さはなく、参考書や辞書ばかりで、テレビすら置いていない。リビングと似たような雰囲気だ。
そんな寂しい部屋に布団を敷いて、そこが私の今夜の寝床となる。愛音はその隣のベッドが寝床だ。
部屋にやって来ると、愛音は机に向かって勉強を始めてしまった。和音さんに言われた通り、今日のノルマを終わらせるまで勉強しなければいけないらしい。しなければ、罵声を浴びせられたり、身体をつねられたりといった虐待を受け、更には外出が禁止されたりと色々なペナルティが発生するのだとか。
律義に愛音の母親を演じている、和音さん。こんな毒親でも娘を愛していたという愛音のお母さん。娘に殺意を向けられ化け物になった母親と、後を追うように化け物になった娘。
その歪な関係は、いつまで続いていくのだろうか。
歪な関係と言えば、東堂さんもだ。
「……東堂さんは、いつから化け物だったの?」
勉強している人に対して、邪魔をするかのように話しかけるのはどうかと思ったけど、聞かずにはいられない。
「私と……七瀬 愛音と初めて出会った時から、彼女は化け物だったわよ」
愛音は勉強机に向かったまま、私に返事をしてくれた。
いつも基本塩対応で、表情に乏しく、スマホを弄っている東堂さん。愛音や鬼灯さん達の中で一番背が低く、友達想いで、一番ギャルっぽい彼女が化け物だったなんて思いもしなかった。
もしかしたらこの世界は、化け物だらけなのかもしれない。もしかしなくてもそうなのだろう。今までの人生で、お母さんが傍にいないのにお母さんと同じ匂いを嗅いだ事が、何度かある。その匂いがした時、きっと傍に化け物がいたのだろう。
このままだと、いつかこの世界は化け物の物になってしまうのではないか。そんな気さえする。
「ちなみに鬼灯さんは違うよね?」
「匂いは?」
「しない、けど……」
「違うわよ。巡は間違いなく人間」
そう聞いて、とりあえずは安心だ。
「……こういうのもなんだけどさ、愛音って勉強する意味あるの?」
食べた人間の記憶を継承できる化け物なので、ふとそう思った。
「前の人間の頭が良ければ、次の人間になった時にその分勉強しなくても済むわね。でも私は人間になるのはこの身体が初めてだから、それには該当しない。だからほとんど七瀬 愛音の記憶にある学力が全てね。仮に該当してたとしても、その人間の性格や擬態のために、勉強はするわ」
「ふーん……」
化け物もけっこう大変なんだ。そりゃそうか。この現代の社会で、人間にバレずに人間に溶け込むなんて至難の業だろう。それでも公にバレていないのは、擬態を徹底しているからだ。
「眠くなったら電気を消して、先に寝てていいわよ。蛍光灯は使うから少し明かりが気になるかもしれないけど」
「明日お母さんともう一度ちゃんと話す事を考えると緊張して眠れなそうだし、それに東堂さんまで化け物だったなんて驚きすぎて、更に興奮して眠れなそう」
「それでも、寝ときなさい。最近寝不足気味だっただろうし、お肌にも悪いから。それに明日頑張るためにも」
「……うん」
愛音が心配して言ってくれていると分かるから、素直に従おうと思った。時刻としてはまだ少し早いけど、眠気はある。何より愛音の勉強の邪魔をする訳にはいかないので、ここは寝ておこう。
私が部屋の電気を消すと、愛音が向かっている机の蛍光灯の明かりだけとなる。机を中心としてこちらにも明かりは漏れているけど、気になるほどではない。
「眩しくない?」
「大丈夫。……愛音」
「なに?」
ずっと机に向かったままの愛音。その背中を見ていたら、今日一日の出来事を思い出して感謝の念が溢れ出て来た。
彼女の名を呼ぶと、私はゆっくりとその背中に近づいて愛音を背後から抱きしめる。
「どうしたの、急に?」
「今日は色々、ありがとう。愛音のおかげで、たぶん私は後悔せずに済んだんだと思う」
「何言ってるの。元はと言えば、全部私が勘違いしてたのが始まりじゃない。勝手に咲夜のママの正体をバラして、咲夜を傷つけた。そこはありがとうじゃなくて、バカ野郎よ」
「何も知らずにのうのうと生きていくなんて、それこそ本当のバカ野郎で、嫌だよ。知った時は確かに驚いたけど、教えてくれたのが愛音で良かったと思ってる。暴走気味だった私を冷静にさせてくれたし、落ち着かせるために家から連れ出してもくれた。感謝してる」
「……分かった。一応、感謝の言葉は受け止めておく」
「うん。それじゃあ、おやすみなさい」
「ええ。おやすみなさい」
私は愛音を抱きしめるのをやめて、布団に潜り込む。愛音は終始机に向かったままで、その表情は伺えなかった。
いきなり大胆だったかもしれないけど、女の子同士だし別に変な事じゃない。でも今更になって、心臓が早く鳴り出した。
よく考えたら、そうだ。私は愛音と、キスをしたのだ。お風呂でだけど裸の付き合いもした。キスして裸の付き合いもした相手を、背後から抱きしめて感謝の言葉を述べるとか、それもう実質恋人じゃね。
恥ずかしくなってきた。やっぱり今日は、眠れそうにない。




