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新種と旧種


 静まり返った愛音の家の中で、私だけか慌てている気がする。

 地雷を踏んでしまい、その対処をどうすればいいのか分からない。

 今思えば、どうしてあんたは毒親なんだとか、失礼極まりない質問だ。どうしてそんな質問を投げかけてしまったんだ私。


「和音」

「は、はい?」

「私の事は和音と呼んで」

「……はい」


 おばさんと呼ばれるのが嫌だったのだろうか。下の名前で呼ぶように促されると、私は了承するしかない。


「七瀬 和音が、娘を徹底的に追い込む理由……聞きたいの?」

「……はい」


 それには昔話をしないとね、と和音さんが前置きし、話を続ける。


「この七瀬 和音はね、夫に浮気されて捨てられたの。元々不釣り合いな結婚だったけど、夫はこの顔と身体を気に入ってプロポーズをして来た。一方で七瀬 和音は絶対に結婚すべきだと周囲から促され、流される形で結婚を了承。当然そんな理由で結婚した両者が明るい家庭なんか築ける訳なくて、冷え切った環境ながらも夜になると一方的な愛を一身に受け、その中で愛音が生まれた」


 お母さんと和音さんが知り合いだったので、その辺の事情はなんとなくは聞いた事がある。

 でも、七瀬さんちが夫に浮気をされたから離婚する事になったとか、そんな感じだけで詳しくは知らない。

 そういえば、七瀬さんがチラリと家庭の事情を話していたっけ。あの時は必死過ぎてあまり頭に入ってこなかったけど、おば……いや、和音さんが夫から暴力を受けていたとかなんとか言っていた気がする。


「子供が生まれてからも私の身体は、彼に徹底的に使い込まれた。まるでストレス発散の道具だったわ。毎日お前はバカで、身体しか能がないと罵られ、暴力をふるわれ、笑われた。でもある日、愛音が幼稚園くらいの頃だったかしら。突然暴力を受ける事がなくなって、変だなと思っていたら、しばらくして浮気相手と結婚すると言って出て行った。お金だけはある人だから、この家と、かなりのお金を残して出て行って、それで私は突然解放される事となった」

「……それと愛音の虐待と、何か関係が?」

「しばらくは解放されて子育てを楽しんでいたけど、でも長年バカにされた影響か、勉強をするようになった。徹底的に勉強して、勉強して、学力と資格を得て、もうバカにされないように努力した。そうなると次は、娘に同じ目にあって欲しくないと思って娘にも勉強を促すようになった。男から暴力を受け、バカにされていらなくなったら捨てられないためにも、頭が良くならないといけないと思って徹底的に教育したの。でも本気でこれが娘のためだと思って信じていたから、刺された時はショックだったなぁ。何がいけないのか全く分からないままに、七瀬 和音は偶然一部始終を見ていた化け物に食べられ、死に、今はこうして生きている」


 トラウマという奴だろうか。解放されても、長年バカにされ続けたせいで和音さんに脅迫的な効果を植え付けてしまい、連鎖して愛音にまで影響してしまった。

 和音さんの元夫は、よほどの悪人だ。2人の女の子の人生を滅茶苦茶にしておいて、今頃悠々自適に暮らしているなんて許せない。


「許せない、ですね」

「人間の中には、そんなの五万といる。もっと悪いのもいる。せめてお金を残していってくれたのが救いね」


 人間としては、そんな悪人が五万と言われて複雑な心境だ。でもその通りだとは思うので、何も言い返せない。


「和音さんは……愛音を愛していましたか?前の和音さんと……今の和音さんの、両方です」


 話を聞く限りでは、前の和音さんはちゃんと愛音を愛していた気がする。結果としては娘を壊れるまで追い込んだ最悪な親だったけど、全部愛音のためにやっていると思い込んだ結果だった。そう思考するに至らせた前の夫の方がよっぽど悪い。

 じゃあ今の和音さんはどうなんだろう。なんのために毒親をしていて、ちゃんと愛音を愛して、愛音のためと思ってやっていたのだろうか。


「七瀬 和音は、七瀬 愛音を心から愛していた。もし目の前で娘が暴漢に襲われでもしていたら、身を挺してでも守るくらいに」


 和音さんは当然のように言い切った。

 それを聞く愛音は、黙って何も言おうとしない。


「い、今の和音さんは?どうして愛音に対して毒親であり続けたんですか?」

「私が七瀬 和音になった直後は、七瀬 和音の強い意志をついで娘を教育していたけど、それは記憶の影響が大きかったと言える。擬態のためもあったしね。だから惰性で七瀬 和音を演じるために普段通りに過ごしていた結果よ。かと思えばある日家に帰って来た娘が私と同じ化け物になってるし、関係はそこで一旦リセットされたって感じかしら。今の愛音も含めて愛着がないと言えば嘘になるけど、愛してるとは言い切れないわね。でも私は旧種だから、その辺は若干甘い方だと思う。新種なら、そこは愛着なんて何もないって言い切るんでしょうけど」


 また、その単語だ。お母さんと愛音も、新種がどうのとか言っていた。


「新種と旧種って、なんなんですか?」

「旧種は、何百年も前にどこか違う世界からやってきた化け物達をさす。新種は、この世界に来てから生まれた化け物の事をさす。旧種は人間に影響されながら、長い時間を過ごして来た。思考も平和的で、人間にバレずに影響されながら生きていて、時には本気で人間を愛する個体もいるほどよ」

「新種はこの世界で生まれて、旧種にはない過激な思考を持っている。人間に成り代わってこの国を支配した方がいいなんて考える者もいるくらい。化け物達が長年守って来たルールを、破りかねない存在。だから、新種とは関わらない方がいい」


 新種に関して続けたのは、愛音だ。

 それに関しては、ちょっと言いたい事がある。


「愛音、前に私に化け物は安全だから怖がらなくてもいいって言ったよね?」

「基本は安全よ。基本死にかけたりしなければ、襲われたり食べられたりはしない。基本は」

「……」

「……ごめんなさい」


 やたらと基本を強調しているのがやらしい。

 私は愛音を睨み続けていたら、やがて愛音が謝罪の言葉を述べて来た。


 まぁその言葉のおかげで化け物に対しての不安を払拭出来たのは事実だ。あの時は色々ありすぎて頭が混乱していたので、助かったのも事実。事実と多少違かったとしても、見逃してやろう。


「……愛音やお母さんと、和音さんは旧種なんですよね?」

「そうよ。新種は数が少ないから、化け物のほとんどは旧種だと思っていいけど……あ、そういえば、一人いたわね。近くに新種の化け物が」


 まだ、いるんだ……。

 いい加減、嫌になって来たけどいるなら仕方ない。特に新種だというなら、距離を置くためにも知っておいた方が良いだろう。


 ああ、それにしても、愛音も和音さんも良い匂いだ。お母さんと同じような、香水でもないこの良い香りの正体は一体なんなのだろうか。

 そういえば、もう一人この良い香りを漂わせる人がいたっけ。


 そう気づいて、私は固まった。

 この良い香りを漂わせている人は、皆化け物だった。ならもしかして、彼女もそうなのではないか。


「そ、その一人って、もしかして東堂さん……?」

「……」


 2人が固まって私を見つめて来る。この反応はなんだ。合っていたのか、それとも間違っていたのか、よく分からない。


「あ、あの……?」

「どうして静流が化け物だと思ったの?」

「匂いが……」

「匂い?どんな?」


 今度は和音さんが身を乗り出して聞いて来る。2人して食い気味で、ちょっと怖い。


「お母さんと同じ、いい匂い。東堂さんも、愛音も和音さんも、皆同じ匂いがするからもしかしたらと思って……」

「匂い……」

「凄いわ、咲夜!」

「わっ。な、何?」


 いきなり愛音が抱き着いて来て、驚いた。愛音のおっぱいに顔面を包まれるような形で抱きしめられ、苦しいけど嬉しい。どさくさに紛れて顔をこすりつけておく。


「人間の中には、たまにいるのよ。私達化け物の存在を、目や耳に鼻等の五感や、第六感で感じ取れる人間が。そしてそういう人間は歴史上の有名人物に多くて、もしかしたら桜さんにも素質があるのかも」


 と言う事は、本当に東堂さんが化け物だったって事か。当たってしまった。しかも、あまり関わらない方がいいという新種タイプの。


「い、いやいや、私はただの女子高生……!」

「そうなる人が多いってだけで、将来どうなるかは分からない。けど、桜さんが私達化け物にとって特別な存在になり得ると言うのは確かよ」


 私が、特別……。

 特別と言われると嬉しくなくはない。例えよく分からなくとも、特別という称号だけは受け取っておこう。


「咲夜の事は私が支えるから安心して。私が咲夜を歴史上に残る人物にさせてあげるわ!」

「いやいやいや、そう言うのは本当にいいからっ!」


 話が膨らみ始めたので、私は嬉しそうに言う愛音に訴えかけた。愛音の胸の中でだ。


「あ。でも静流が化け物だって聞いて、平気なの……?」

「そ、それは平気だよ。東堂さんとまともに喋り出したのって最近だし、お母さんみたいに近い人じゃないから……驚きではあるけど」


 本当にショックはなくて、ただただ驚いただけだ。近しい人とは雲泥の差がある。


「さ。将来の事はおいおい考えるとして、もう遅くなってきたし今日の所は話はおしまいにしてお風呂に入って来なさい。それからご飯を食べて、愛音は勉強の時間よ。今日サボって遅れた分も、どれだけ遅くなってもきちんとやってもらうから」

「はーい。でももう少し、このままでいさせて。少しだけだから」


 いきなり毒親に戻った和音さんに対し、愛音は上機嫌に返事をして私を抱きしめ続ける。

 私も、色々とあったからご褒美のような抱擁はちょっと嬉しい。良い匂いに包まれて、幸せだ。


 でも先の事を想うと辛い。私はお母さんと、きちんと話す必要がある。仇をうつとかそんなのは後回しで、この十数年の間の思い出を軸にし、冷静に判断しなければいけない。愛音はそう教えるために……私に後悔させないために、一旦私をお母さんと引き離してくれたのだ。


 人間の事を理解出来ていないようで、出来ている。なんとも愛音らしい行動だ。


 今は全てを忘れ、もう少しだけこの抱擁を堪能しておこう。


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