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お祝い


 つい先日、顔に絆創膏を貼った状態で登校した時は、かなりの注目を浴びたものだ。でも今日はその時よりも注目を浴びているかもしれない。


 愛音と2人で並んで登校して来ると、皆が皆で私達の方を見て来て、ヒソヒソと会話を始める。注目され過ぎて、私達が歩いて進むと周囲の生徒達が退いて、自然と人の道が出来てしまっている。更には生徒達だけじゃなくて、教員までもが驚いた顔をしてジロジロと見て来るんだから、居心地が悪くてたまらない。

 思わずふかーい溜息が出てしまう。


「はああぁ……」

「どうしたの、溜息なんてついて」

「どうしたのって……愛音は気にならないの?見てみなよ、周りの皆を。皆が私達の方を見て、またなんかある事ない事喋って面白がってる」

「皆が見てるのは、きっと咲夜が可愛いからよ」

「……」


 そんなキザな台詞をしれっと言って見せた愛音さん。あまりにも自然に堂々と言われてしまったので、少しだけときめいてしまった。


「──おっす、愛音!桜!」


 注目を浴びつつ歩き、校舎の昇降口へと差し掛かった時だった。昇降口の前にいた人物が、私達に向かって手を振りながら迎え入れてくれた。


「おはよう、巡」

「おはよう、鬼灯さん」

「へへ。なんかこう、新鮮だなっ!」

「わっ」

「ちょっと、巡。暑い」


 鬼灯さんが、正面から私と愛音をそれぞれ片手でハグして来た。

 ちょっとだけ筋肉質で固い鬼灯さんの腕の感触。でも痛い訳じゃなくて、その中に確かに女の子らしい柔らかさもあり、幸せな気持ちに包まれる。


 昔なんかで見たけど、ハグはストレスを軽減させる効果があるとかないとか。たぶん、本当だ。


「いいじゃねぇか、別に。久しぶりなんだからよー」


 鬼灯さんのテンションが、ちょっと高い。愛音の停学が解けたのが余程嬉しいのか、私達を抱きしめたまま良い笑顔を見せている。

 愛音はそんな鬼灯さんをあしらうような言葉を放ったけど、別に嫌という訳ではなさそうだ。少しだけ、笑っている。


 でも、鬼灯さんのその行動は周囲の注目を更に高めてしまっている。注目を浴びすぎて、さすがに恥ずかしくなってきた。


「じゃあ、二人は先に教室に行ってて」


 愛音が、そう言いながら鬼灯さんの手を掴んでのけて、ハグをやめさせた。

 一方で私は肩に手を回され、鬼灯さんと密着状態を維持する事となる。


「愛音はどこか行くの?」

「職員室。登校したら、まず来いって言われてて。たぶんまた叱られるんじゃないかな」

「そ、そっか……。私も一緒に行こうか?」


 傷はもう治っているし、愛音が怒られるのは嫌だ。そう思うけど、どうにもならない事はある。

 ならばせめて隣にいようと思ったけど、愛音は首を横に振った。


「子供じゃあるまいし、大丈夫よ。じゃあ行くね」

「あ、うん……」


 務めて笑顔で、愛音は手を振って去っていった。


「じゃ、アタシ達も教室に行こうぜ」

「……今日、東堂さんは?」


 鬼灯さんは、毎日東堂さんと登校していると聞いている。だから一緒にいないのが不自然に感じ、そう問いかけた。

 ちなみに、相変わらず鬼灯さんと密着したままである。


「静流は先に行っちまった。今日、当番だからな」

「なるほど」


 当番の人は、教室内の備品の在庫補充や、飾られている花の水やりに、教材の準備等がある。

 私達を待っていたら時間が無くなってしまうので、仕方なく鬼灯さんと別れたと言った所か。


 その後、教室で東堂さんとも会った愛音は熱烈な歓迎を受け、ようやくいつもの仲良し3人組が揃った。いつもと違うのは、その3人の中に私も混じっていて、皆で仲良くお喋りしているという事。

 もしかしたら、愛音が復帰したら自分のポジションが無くなるのではと少しだけ心配もしていたけど、そんな事は全くなかった。3人とも私に積極的に話しかけてくれるし、そもそも話の輪から私を外そうともしない。


 今私は、高校生活を楽しんでいる。


 奇しくも化け物との出会いが、灰色だった私の高校生活に色を添えてくれた。




 授業が終わると、私達は遊びに出かける事になった。

 愛音の停学解除を祝さずにはいられないと、鬼灯さんが提案したのだ。私も、東堂さんもそれに賛同した。


「──おっしゃー、もう一曲行くぞー!」

「おー、いけいけー。喉が潰れるまで歌いつくせー」


 マイクを手に鬼灯さんが叫び、東堂さんが無感情に煽るような言葉をマイクで放つ。

 東堂さんはマイクを持つ手とは逆の手で、スマホを弄っている。この子はいつもスマホを弄っているけど、一体何をやっているのだろうか。


「ふふ。もう少し遅くなりそうね。咲夜のママは良いって?」

「んー……返事待ち中。でもたぶん平気だよ」


 現在私達は、カラオケに来ている。

 もう皆それなりに歌って疲れて来ているけど、鬼灯さんはまだまだ元気だ。


 ちなみに愛音の歌は、凄く上手だった。座りながらも、感情をこめた静かな高音の歌声は、耳にする人を聞き入らせるような魅力を秘めている。鬼灯さんは元気いっぱいで、ロックな曲が似合う。東堂さんは少し音程が外れ気味だけど、それはそれで可愛かった。

 勿論私も歌ったよ。けど自分の歌がどんな感じかなんて、よく分からない。ちなみに愛音はべた褒めしてくれた。鬼灯さんと東堂さんは、盛り上がるばかりでよく分からないリアクションだった。


 で、まだ遅くなりそうなので、とりあえず親にその旨を連絡しといたという訳だ。


「ダメって言われたら、帰りは私が家まで送るって言えばいいわ」

「そう言うのって普通、男の子が付き合ってる女の子に言う台詞じゃない?」

「守るっていう意味じゃ、男も女も関係ないでしょう」

「……それもそうか」


 でも、女の子に守られても……と思ったけど、愛音は化け物。ボディーガードとして、頼もしすぎる存在だ。


「あ、返事来た。おっけー、でも帰りは気を付けてだって」

「それじゃあもう少しだけ、歌いましょう。私もっと咲夜の歌声を聞きたいわ」

「しょ、しょうがいなぁ」


 褒めてくれる愛音に乗せられて、私は機械を操作する。そして元気よく歌う鬼灯さんをよそに、自分の知っている歌を予約するのであった。


 それからもうしばらくして、私達はカラオケ屋を後にした。外はすっかりと暗くなっていて、思ったよりも遅くなってしまった。


「んー、スッキリしたー!」

「ごめんねー、二人ともー。巡が勝手に延長したせいでこんな時間になってー」


 スマホを弄りながら、本当にスッキリしたという様子の鬼灯さんに代わり、東堂さんが私と愛音に謝罪の言葉を述べて来る。

 一応は私達に延長してもいいか聞いて来たから、謝る必要はない。まぁ聞いただけで、返事は待ってくれなかったけど。


「しょ、しょうがねぇだろ、久しぶりで楽しくなっちまったんだからっ。まさかもうこんな時間になってるとは思わなかったんだよ」

「そのせいで愛音がまたあの母親に何かされるとは、考えなかった訳ー?」


 のんびりとした口調でありながらも、東堂さんは的確に鬼灯さんを批判している。


「うっ……あ、ご、ごめん、愛音。アタシのせいで……」


 批判を受けた鬼灯さんは、急にしょんぼりとして愛音に謝罪した。

 東堂さんに指摘され、これから愛音の身に起きようとしている冗談ではない出来事に気付き、一人能天気でいる場合ではない事に気づいたのだ。


「別に、大丈夫よ。私も皆と一緒に出掛けられて、楽しかったわ。今日は私のために、ありがとう」

「そ、そっか。でも今日はこれくらいにした方がいいよな」

「そうだねー。うちもそろそろ帰らないとまずいかなー」


 皆の意見が一致し、私達は家へと向かって歩き出した。

 歩き出してしばらくし、鬼灯さんが抜け、東堂さんとも途中で別れ、私は愛音と2人切りになった。


「……家の方向、違くない?」


 愛音の家は、私の家から割と近い。少し遠回りにはなるものの、愛音が私の家に寄ってから学校に向かう余裕があるくらいの近さだ。

 でも今歩いているのは私の家への道筋で、愛音の家からは少し遠ざかっているルートになる。本来であれば、もう愛音とも別れておかしくない。


 いつまでも付いて来る愛音に痺れを切らし、私はついに口に出した。


「送るって言ったじゃない」

「いや、そうは言ってないけど……いや、そんなような事は言ってたけどね。でも愛音は早く帰った方がいいんじゃない?」

「確かに、スマホの着信が凄いわね」

「着信?」


 首を傾げると、愛音が自分のスマホをポケットから取り出し、画面を私に見せてくれた。

 見ている間にも、チャットアプリのメッセージを受信した。全文は見えないけど、早く帰って来いとか、どこにいるのとか、勉強はどうしたのとか、そんな感じのメッセージが並んでいる。

 送信しているのは、見るまでもなく愛音のお母さんだ。


「や、ヤバイでしょこれ……」

「平気よ。ママも、ただママを演じてるだけだもの。今の私にどんな事をしたって、私が壊れる事はない。演じる事はあるかもしれないけど、そんな事をしたら咲夜と遊べなくなっちゃうもの。それは嫌」


 そう言うと、愛音はスマホをポケットにしまいこんだ。


 こちらとしては、いくら演じているだけとはいえお母さんに虐待される姿も見たくないんだけどな。本人は平気と言うけど、見せられる側としては平気じゃない。


「つまらない事気にしないで、楽しい事を話しましょ」

「……うん」


 私に出来る事は何もない。ならばせめて、愛音の望み通りにしよう。


 私は話題を変えて、今日の出来事について愛音と話した。授業の事とか、友達の事。なるべく楽しい事を話し、軽く笑い、そうしているうちに私の家の前に辿り着いた。


「……ついたね」

「ええ。それじゃあ咲夜。また明日ね」

「う、うん。送ってくれてありがとう」


 愛音は私と挨拶をかわし、私が家へと向かうのを見つめている。私が家に入らなければ帰らなそうなので、私は玄関へと向かった。


「──咲夜?帰ったの?」


 向かおうとした先の玄関が、開いた。そしてドアの隙間から私のお母さんが顔を覗かせる。


「た、ただいま。遅くなってごめんね」

「連絡してくれたし、別にいいけど。七瀬さんも一緒だったのね」


 お母さんがサンダルを履いて出て来て、私と愛音を交互に見て言った。


「うん」

「こんばんは、おばさん」

「咲夜を送ってくれたの?」

「ええ。化け物の私が一緒なら、もし咲夜が暴漢と遭遇しても貴女は安心ですよね」

「……」


 私は愛音の発言に、一瞬反応が遅れた。

 今愛音は、ハッキリと化け物と言ってしまった。あまりにも自然で、突然の暴露に反応が遅れたけど、その発言はマズイ。


「んもー、何言ってるのよ。七瀬さんみたいな可愛い子が夜に出歩く方が私は心配よ」


 でもお母さんは、笑って愛音の発言をスルーしてくれた。


「別に隠す必要はないです。咲夜は私達の事を知っているから。私も正体を明かしたし、貴女も正体を隠す必要はないんじゃないかしら」


 せっかくスルーしてくれたのに、愛音は更にそんな事を言い出した。

 私は愛音の言葉の意図が分からなくて、その場で戸惑うばかり。いや、頭の隅っこで言いたい事は理解しつつも、信じたくなくて今度は私がスルーしているのだ。


 悪い予感に、胸の鼓動が早まっていく。


「──……娘に、私達の事を話したの?」

「ええ。それじゃあ、おやすみなさい」

「ちょっと待ちなさい」


 立ち去って行こうとする愛音を、お母さんが呼び止めた。


 そしてここではなんだからと言って、愛音を家の中へと誘った。私も、呆然としたまま家の中へと入っていく。


 きっとこれから、知りたくもなかった真実を聞かされてしまう。逃げたいけど、逃げても何も始まらない。

 私は震える手を愛音に縋るように伸ばし、手を握る事によって勇気を得、その場に留まるのだった。


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