不器用な者達
やってしまった。
でも周りの連中が悪いんだよ。何も知らずに変な噂を流して、あまつさえ私の代弁者のように鬼灯さんや東堂さんを責め立てて……本当に何様のつもりなんだ。
でも私の味方をしてくれる人に対してとるような態度でもなかったなと、後悔してしまう。
最近、後悔する事ばかりだ。
そしてまた、思い知る事になる。自分の不器用さをさ。
静寂の中で始まった授業は、いつも通りだった。
最近休みが多かったものの、授業自体はそれほど進んでいる訳ではない。これでも一応は、学年トップの成績の持ち主なんでね。これくらいじゃあ次のテストに影響は全くないだろう。
休み時間になっても、クラスはどこか静かだった。空気に耐えかねてか教室を出ていく人が多く、教室に残っている人もチラチラと私の方を見て何かを気にしているという仕草をみせて、鬱陶しい。気づいていないとでも思っているのだろうか。
しかし、その空気も放課後になる頃には薄くなり、皆お喋りに興じるになっていた。人間は順応していくものだ。本当にたくましい。
「よう、桜。また、ちょっと話いいか」
「……うん」
授業が終わり、帰ろうとしていた所に、鬼灯さんがやって来て私を誘い出して来た。
来る気がしていたので、驚きはしない。私は短く返事をし、カバンを手にして立ち上がると歩き出した鬼灯さんについて歩き出す。東堂さんもオマケのようについてきて、私達は教室を後にした。
その際、やっぱりクラスメイト達の視線を集める事になるけど、止めて来る人はいなかった。
やって来たのは、今回は体育館裏だ。体育館で部活動をしている人たちの声が聞こえて来るけど、声がするだけで人気はなく、聞かれたくない事を話すには丁度いい場所とも言える。
それにしても、またそれっぽい所に連れて来られてしまったな。
「えーっと、聞きたいのって、七瀬さんの事だよね?」
「あ、ああ。そうなんだけどよー……はぁ」
今回は、私の方から先に話題を振ってみた。
話を振られた鬼灯さんは、認めつつも頭をやや乱暴にかき、ため息を吐く。
「な、何?」
「お前って、不器用だよな」
自分でも思っている事を、面と向かって鬼灯さんに指摘されてしまった。
「そんなの分かってるよ……」
だから私は、誰かを助ける事が出来ない。そして手を差し伸べようとして来た皆に向かって、怒りをぶつけた。そしてまた、いつも通りに孤立した。
やり方は他にもあっただろうに、どこか上手く行かない。不器用だから。
「でもさ。アタシ達はたぶん、お前に助けられたんだと思う。一応、礼は言っとくぜ」
「……助けた?」
「ウチらがクラスの連中に詰め寄られた時、怒って助けてくれたっしょー。さすがにあの状況で怒り出すとかどうかしてると思うけど、でも結果としてアレがウチらを助ける事になった。でも桜は、今後もクラスで孤立する事になったと思うけどねー」
東堂さんは、珍しくスマホを弄っていない。
鬼灯さんと並んで私を面と向かってみつめながら、どこか楽し気にそう言って来た。
「いやホント、どうかしてると思うぜ。どうしてアイツらに向かって怒ったりしたんだよ。怒るならむしろ、アタシ達に向けてだろ。そのせいでお前は、クラス中から白い目で見られる事になったんだぜ?」
「怒るにしても、他にもっとやり方があったはずっしょー」
「……本当に、どうかしてるよね」
3人で、私がどうかしていると言い合う。
それがなんだかおかしくて、笑ってしまう。私が笑うと、鬼灯さんと東堂さんも笑いだした。
鬼灯さんはともかくとして、いつも真顔の東堂さんが笑うのはちょっと珍しい。
「でもぶっちゃけ、鬼灯さん達にも言いたい事はたくさんあるから」
「うっ」
私が笑いながら釘を刺すと、鬼灯さんが笑うのをやめて固まった。
「これまでの嫌がらせはなかった事になんか出来ない。私は深く傷ついたし、コンディションも崩れて辛い思いをさせられた」
「その割には学校休まなかったよな……」
「愛音と廃ビルで話した後と、殴られた後くらいっしょ……」
「とにかく!私は二人にも怒っているって事」
「わ、分かってるよ。今まで本当に、悪かった。今後はもう、あんな嫌がらせは絶対にしないって誓う」
「うちも、今までごめんなさい。……でも、愛音は?」
「愛音の方も、もう大丈夫。和解したって言ったでしょ?今後はもう私に嫌がらせをするなんて事もない」
「……」
そう答えた私の方を、鬼灯さんと東堂さんが呆然として見つめて来る。
私、何か変な事言ったかな。そう思って発言を思い返すと、七瀬さんの事を愛音と呼んだ事に気付いた。
「あい──」
「色々あったの!それで、愛音って呼ぶ事になっただけ。それで納得して」
「……わ、分かったよ。別にアタシもそんな追及しようとは思わねぇ」
「仲が良くなったのは結構だけど……二人の関係が改善したとしても、愛音の親の事は変わんないよねー?桜に嫌がらせをして、成績を落とす作戦ももう出来ない。これからどうするつもりなのー?」
2人が愛音に加担して私に対して行っていた嫌がらせは、それが目的だ。2人も愛音の親の事を知っていて、それで協力して愛音を1位に押し上げようとしていた。
でも2人が知っているのは、愛音の家庭事情までだ。『七瀬 愛音』という人間は化け物に食われ、今の愛音は『七瀬 愛音』を食べた化け物と入れ替わっていてる事を知らない。更にはその母親までもが化け物と入れ替わっているんだから、どうしようもない。
私だって愛音が親に虐待されるのはちょっと嫌だけど……化け物同士だからそこはなんとかなるんじゃないか。と、勝手に想像している。
「二人は、愛音とは昔からの付き合いなの……?」
「ああ。アタシも静流も、幼稚園からの付き合いだ」
「この学校にも、三人で入るって決めたんだよねー。というか愛音の親が決めた進路に、うちらが合わせただけだけどねー」
「アタシはギリギリの成績で大変だったけど、まぁそういう事だ」
幼稚園からの付き合いで、高校も一緒になるために頑張るほどに3人は仲良しだったという訳だ。
でもその仲良しだった愛音はもういなくて、化け物と入れ替わっている。私と争いになったあの日、瓦礫に潰されて瀕死となり、化け物に食われた。そんな事を知ったら、2人はどう思うだろうか。
「──どしたん、桜ー?」
ボーっとして考えていたら、鼻にとてもいい香りが入って来た。まるでお母さんのようないい匂いだったけど、目の前にいるのは小柄な少女。東堂さんだった。
「ちょっと考え事してて……な、なんでもない。えっと、愛音の事だけど、たぶんもうあんまり心配はいらない……と思う」
「心配いらないって……まさかお前、愛音のかーちゃんになんか言ったのか!?」
「そうじゃないけど、なんと言えばいいか……」
「あ?ハッキリしろよ、どうして大丈夫なんて言えるのか、教えろ!なぁ、おい!」
鬼灯さんに肩を掴まれて、その顔面が目の前にまで迫って来る。目つきを鋭くして目の前で睨んでくる鬼灯さんは、中々の迫力だ。
どうやら中途半端な私の回答が、彼女を刺激して興奮させてしまったようだ。彼女にとって愛音のお母さんの話題は、それだけセンシティブな問題だったいう訳だ。
そして掴まれている肩が痛い。さすが筋肉もりもりなだけあって、力が相当強い。
「やめなよ、巡ー。桜が痛がってる」
興奮する鬼灯さんを止めに入ってくれたのは、東堂さんだ。
のんびりな口調で鬼灯さんの手を掴みながら言ってくれて、私の肩を掴む鬼灯さんの手の力が緩んだ。
「で、でもよ、今桜が、愛音は大丈夫だと思うって……。ただでさえ最近は成績の事で責められてて、今度は停学処分なんかくらっちまってどうなるか分からねぇっていうのに!」
……本当に、鬼灯さんは愛音の事を心配しているんだ。
親友のために愛音に加担して、気が進まないのに私に嫌がらせをしていた。悪にも悪なりの理由がある。
でもそれはそれで、不器用なやり方だと私は思った。
私だけではなく、鬼灯さん達も中々に不器用だったようで。不器用な者同士が、互いの意地を曲げずに間違った方向に進んだ結果が、あんな形になっていたのかもしれない。
「だから落ち着きなよー。理由はどうであれ、桜がそう言うなら会いに行ってみて、それで判断すればいいっしょー」
「会うって、愛音に……?」
「そ」
「……そうだな。会って、もしアイツがヤバそうなら、助けてやらねぇと」
「じゃ、そう言う事で。また明日ね、桜ー」
「じゃあな、桜」
「あ、うん。じゃあね……」
2人は軽く挨拶をし、私を置いて去っていった。
どうやらこれから愛音の家に行くつもりらしい。愛音は2人と、どう接するつもりなのだろう。気になるけど、3人の仲に私が混じるのは何か違う気がするので、一緒に行く気にはなれなかった。
「帰ろう……」
ややあってからそう呟き、私も家に帰る事にした。




