イライラ
次の日、登校した私は皆の注目の的だった。
私の装いは、いつも通りの地味目な格好だ。三つ編みにした髪の毛に、長めのスカート。更には眼鏡をかけていて、昨日のデートとは別人のよう。
こんな地味な格好にも関わらず、今日は滅茶苦茶注目されている。
愛音に殴られた頬はまだ少し腫れてはいるけど、初日と比べればそこそこ腫れは引いている。だけどさすがに傷を見られるのが嫌なので、一応は大きな絆創膏を張って隠している。
それが逆に見る人の妄想を掻き立ててしまったようで、この絆創膏についてあちこちからヒソヒソ話が聞こえて来る事になってしまう。
「見て、あの絆創膏。やっぱり七瀬さんが犯人なんでしょ?」
「そうみたい。呼び出したところを、殴ったって」
「噂じゃ何針か縫ったって話だよ」
「えー……さすがにやりすぎだよ……」
「でも傷が残るからって、慰謝料を数千万円払ったって」
「すごっ……!」
学校について軽く先生と話してから、教室に向かっている途中で耳に入って来たのはそんな会話だ。同学年の女の子が数名集まって、廊下を歩く私の方を見ながら話している。
手で口元は隠しているけど、普通に聞こえてるっつーの。口を隠す前に声量をなんとかすべきだろう。
それと、何か色々と間違いすぎている。
七瀬さんが犯人っていうのと、殴られたって言うのは合っているけど、その後はもう滅茶苦茶だ。素手で殴られただけで針で縫うとか、相手はボクサーか。いや、案外よくある事なのだろうか……。その辺詳しくは分からないけど、私は縫っていない。それ程の大けがではなかった。
そして慰謝料ってなんだ。そんなもの愛音に請求していないし、貰ってもいない。そこまでの大事ではなく、本人達で丸く収まっている話を大きくしないでほしい。
……まぁ、噂なんて勝手に独り歩きして、広まっていってしまうものなんだよね。それが良い事でも、悪い事でも。
私から出来るアドバイスとしては、くだらない噂なんかしてないで勉強しなさいだ。
それか、ちゃんと確証を得てから流してくれ。頼むから。
根も葉もない噂をたてられて傷つく人の気持ちを考えろって話。
若干イラ立ちつつ、私は教室へ辿り着いた。
「……」
ガラリと教室の扉を開いた瞬間、クラス中の視線が私へと注いだ。
それまで楽しそうにお喋りをしていたはずのクラスメイト達は、同時に黙り込んで沈黙に包まれた。
注目を浴びつつ、私は自分の席へと向かって歩みだす。
「いよう、桜」
そんな私の前に立ちはだかったのは、鬼灯さんだ。私の行く手を阻みつつ、変な笑みを浮かべて睨みつけてくる。
普通の笑顔ではない。口の端は吊り上がりつつ、プルプルと震えて目を見開いている。
見方によっては、コレは怒りだ。
「お、おはよう……鬼灯さん」
「愛音の事で色々と聞きたい事がある。分かるよなぁ?」
「あい……七瀬さんから、何か聞いていないの?」
愛音と呼びそうになったけど、一旦踏みとどまった。ここで愛音と呼んだらもっと色々とややこしくなりそうだったから。
「何も聞いてねぇよ!正確には、もう全部解決したみたいな事言ってたけど、詳しい事は桜から聞けの一点張りで何も聞いてねぇ!だからお前に聞かせてもらう!愛音と、何があった!」
そりゃあもう、たくさんの事があった。この数日の間の出来事は、私の今までの人生の中でトップクラスに複雑怪奇な出来事だったと思う。
でも、その全てを話す訳にはいかない。化け物の事を省きつつ、私と愛音が和解したと、そう説明する必要がある。
というか何故私がしなければいけないのだ。人任せにしないで適当に説明しといてよ。
「はい、ちょっと落ち着くー」
「うぉ、っと」
とそこへ、東堂さんが私と鬼灯さんの間に割って入って来た。
鬼灯さんを片手で牽制して私から離れるように促しつつ、私の方を見て来る。
「その顔のは、愛音に殴られて出来たん?」
「……そう、だよ」
私が頷くと、クラスメイト達がざわついた。
殴るなんて酷いとか、やり過ぎだとか、そんな事を話しているようだ。
今まで散々見て見ぬふりをしてきた癖に、今更何を言っているんだか。
「さ、桜さん!」
「うわっ。は、はい?」
クラスメイトの女子生徒の一人が、私の名前を大きな声で呼びつつ近づいて来て、手を取って来た。
驚きつつ返事をしてから、彼女の顔を見たら彼女は半泣き状態だった。
「今までごめんねっ。七瀬さん達に嫌がらせされる桜さんを私達は見捨てて、自分達に火の粉が注がないようにしてた。酷いよね。でもこれからは、私は桜さんの味方だよ!嫌な事があったら何でも相談して。七瀬さんや、それに鬼灯さんや東堂さんに何かされたら、守ってあげるから!」
確かこの子は、このクラスの委員長だったかな。
普段はおとなしい子で、大きな声を出すようなタイプではない。髪の毛をリボンで結って、眼鏡をかけ、スカート丈も一際長い。
地味で、目立たない。普段の私と同じタイプだ。
「そ、そうだよね!やっぱりこんなの変だよね!もう桜さんを虐めるのよしなよ!」
追従するように、他の生徒が叫ぶように言った。
私を擁護する声はその後もどんどん広まっていき、気づいたらクラスメイト達が私を囲うようにして立ち、鬼灯さんと東堂さんを遠のける陣形を作っていた。
そして口々に、私に対する謝罪と慰めの言葉を述べて来る。
私は驚きすぎて、ただ呆然と聞き流すだけだ。
「お前達が好き勝手やったせいでこんな事になったんだぞ!」
「女の子の顔にこんな傷を作って、どう責任をとるつもりなの!?」
「なんとか言ってみたらどうなんだ!」
陣形の向こうで、そんな声が聞こえて来た。
数名のクラスメイトに鬼灯さんと東堂さんが詰め寄られていて、2人は黙り込んでいる。
別に、顔の事は2人がやった訳ではない。全てをごちゃまぜにして、2人に責任を追及しているようだ。当人でも何でもない癖に。
皆、普段から私に対する嫌がらせをどこかよく思っていなかったというのは、事実だろう。心のどこかで気にしつつ、でも委員長の言う通り、飛び火する事を恐れて行動に移る事はなかった。中にはほとんど加担していたくらいの生徒もいるはずだ。それなのに、状況が悪くなったら掌を返し、主犯格を問い詰める側に回る。
それはなんか、違うと思う。
「──ごちゃごちゃうるさいな」
「え?」
私が呟くように言うと、周囲が静まり返った。
「今まで見てただけの人間が、愛音の取り巻きの鬼灯さんや東堂さんを責め立てて何の意味があるの!?しかも、私を殴った愛音は今この場にはいないのに無意味すぎる!無意味な行動で自分が正義の味方にでもなったつもり!?私の代わりに言ってあげてるってつもりなら、ありがた迷惑すぎるから今すぐやめて!」
「え、えっと、桜、さん……?」
委員長は、もう泣いていない。
クラスメイト達に啖呵を切る私に驚き、泣いているどころではなくなってしまったようだ。
他のクラスメイト達も、突然キレ出した私に心底驚いている。自分達はお前の味方なのに、何で怒られているんだって。そんな阿呆みたいな顔を浮かべている気がする。
「確かに私と愛音の間には色々とあって、愛音は停学になったけど私はもう許してる!顔の傷だって大した事ないし、針なんか縫ってなんかない!慰謝料なんて貰う程の事でもない!」
私は絆創膏を勢いよくはがしつつ、その傷を皆に見せてやった。
勢いよくはがしたのでちょっと痛かった。
「いっつもいっつも、何も知らないのに変な噂を流して楽しい!?少しは噂を流される方の身にもなってみたら!?て、脱線したな……とにかく、私と愛音の間でもう解決してる事を、部外者のあんた達がごちゃごちゃ言わないで!以上!」
「……」
教室は、静まり返った。
静寂の中で、私だけが歩いて自分の席へと向かい、イスに座る。
先程までイライラしていたけど、今は不思議と気分がイイ。言いたい事をぶちまけただろうか。
結局、チャイムがなり、先生が来るまで教室内は静かだった。




