表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/45

後悔


 七瀬さんのお母さんの事については後回しにし、私と七瀬さんはその後もなんとなくショッピングモール内をブラブラとし、それから帰路についた。

 帰ろうと思い立った時間が良かったのか、バスの待ち時間はさほどなく、すんなりと乗る事が出来た。2人でバスに揺られながらお喋りをし、家から最も近いバス停で降りる。


 バスを降りた私と七瀬さんは、家を目指して歩き出した。


「……あ、あのさ。お母さんの事、聞かせてくれる?」


 周囲に人気が少ない事を確認し、私は気になる話の続きを促した。


「んー……『七瀬 愛音』は、親を殺そうとした。自らにたまりにたまった怒りを包丁と言う凶器にのせて、何度も、何度も刺した。気づけば両の手が真っ赤に染まり、目の前には赤に染まって倒れ込んだママ。人を殺したという事実が恐ろしくて、だけど自分にかかった血が嫌だったんだろうね。すぐにお風呂に向かって、手に、身体についた血を落としたわ。よーく洗ったけど、それでも血がついてる気がして、何度も、何度も」


 七瀬さんの言葉には、感情がこもっていない。まるで映画で見た内容を友達にでも話すかのように、淡々とそう打ち明けた。

 実際の所、化け物にとってはそんな感覚なのかもしれない。自分の物ではない、七瀬 愛音という人間の記憶を探り、ただ語っているだけ。


「なんでそんな事を……」

「我慢の限界、だったんだと思う。その時は高校に進学する少し前だったんだけど、自由登校の間は高校に備えて勉強するようにってずーっと言われ続けてて。家庭教師を雇ったし、塾にも通って、勉強漬けの生活になった。学校に通っていた時は解放される時間もあったけど、その時間さえもなくなったって感じね。勉強を少しでもサボると体中をつねられて痣だらけになったし、ご飯も集中力が高まるようにって、甘い物ばかり食べさせられた。おやつもお腹がいっぱいでも半ば強制的に食べさせられて、凄く嫌だった」

「それは……辛かっただろうね……」

「そうね。少なくとも、一人の思春期の女の子の人格を壊して、正常な思考が出来なくなるくらいには、壮絶な生活だったと思う。それまでの積み重ねもあって、学校という逃げ場もなくなってしまった七瀬 愛音は、こうして実の親を殺してしまうまでに至ったという訳ね」


 自分の親を殺してしてしまいたくなるほどに、七瀬さんは壊れていた。

 あの日、廃ビルで私に襲い掛かって来た七瀬さんを思い出す。あの時の七瀬さんは、壊れていたというに相応しい。


 でもさ。その後の状況も悪いんだと思う。


「それで、刺し殺したはずのお母さんが、次の日ピンピンしていたと」

「ふふっ。そうね。殺したはずのお母さんが次の日当たり前のように生きていて、いつも通り勉強するように促してきた。心底驚いて、絶望し、恐怖し、だけどそんな物を吹き飛ばすかのように勉強に没頭させられて……七瀬 愛音は混乱と恐怖の中で更に壊れていく事になる」


 私だって、七瀬さんが瓦礫に潰されて、だけど当たり前のように登校している姿を見て心底驚かされた。だから、気持ちは分かる。

 幸いにして、その日の内に化け物の七瀬さんが、カミングアウトしてくれた。だから私のモヤモヤはすぐに解消されたんだけど、そのモヤモヤがいつまでも残っていた七瀬さんはさぞかしキツかっただろう。

 それ単体でさえ怖くて、下手すると恐怖で頭がおかしくなってしまいそうだ……。

 そう考えると、七瀬さんにとっては追い詰められていたところに更に追い打ちをかけられたようで、同情してしまう。


「でも、入れ替わった七瀬さんのお母さんは、どうしてそんな事を……?」

「うん?」

「だ、だって、七瀬さんに殺されたはずのお母さんに化けて出て、しかもお母さんを完璧に演じるなんて、そんなの性格が悪すぎるよ。そんな事されたら普通じゃいられないって」

「確かに、人間って面倒よね。目の前で起きた事をただ黙って受け入れればいいだけなのに、受け入れずに勝手に深く考えて、勝手にどんどん深みにハマっていってしまう」

「この場合人間の方じゃなくて、どう考えたって化け物の方に問題があるでしょ……。どうしてそんな事したの。入れ替わったとしても元のお母さんみたいな毒親のままじゃなくて、もう少し七瀬さんに対して優しく接してあげられるような親になればよかったじゃない」

「桜さんは、勘違いしてる。私達は誰かを救うために擬態しているんじゃない。人間に溶け込むために擬態しているんだよ。擬態したら、あとは記憶を頼りにその人物を演じるだけ」

「ぎ、擬態するっていうなら、死んだはずの人間に化けるっていうのもリスクがある。でしょ?」

「ママを食べた化け物が、次の日何事もなかったかのように七瀬 愛音の前に現れたのは、きっと何もしなくとも何も起こらないと判断したからでしょう。あんな事、誰にも話したり出来ないし、相談も出来ないじゃない?私が桜さんに正体を打ち明けた理由と一緒だよ。打ち明けても、何もおこりはしない」


 確かにその通りだ。私が昨日刺した人が、今生きていますだなんて言えやしない。

 自分の胸の中に隠し、現実逃避するという道しかない。

 私も、目の前で瓦礫に潰れた七瀬さんを、現実逃避して誤魔化そうとしていた。


「……貴方達が人間に溶け込むために擬態しているっていうのは、分かった。だけど七瀬さんは違うよね?明らかに今までの七瀬さんじゃなくなってるし、今こうして私と仲良くしてくれる七瀬さんを見たら、きっと皆は違和感だらけで混乱するよ」

「私と桜さんは、殴り合いの喧嘩をして仲直りしたじゃない。成績の事だって、私はママに何をされたって平気だし、一位にこだわる必要もない。だから、もう争う理由なんてないわ」

「で、でも……何か、おかしいよ」


 七瀬さんの説明では、納得がいかない。

 だって、私だけが救いの手を差し伸べられて、七瀬さんには救いの手が差し出されなかったんだよ。居心地が悪すぎる。


「……七瀬 愛音はね。元々はこういう人間よ」

「え?」

「たぶん、桜さんと今日一日遊んでいたのが、壊れる前の七瀬 愛音という人間の姿。学校で貴女を貶めていた七瀬 愛音は、毎日後悔と謝罪の念で苛まれていた。でも後悔しながらも一位をとるために邁進し、他が何も見えなくなってしまうくらいに壊れてしまっていて、もう頭の中はグチャグチャだった。私が成り代わる事によって、壊れていたのが治ったとでも思えばいい。でもね。大体にして中途半端なのよ。怒りも、自衛のための行動も、どこか悪になり切れていない。だからあれだけ刺してもママは殺しきれていなかったし、自衛の行動もどこか軽かった。陰湿ではあったし、ママに関しては逆に苦しめる事になってしまったからどちらがいいとも言えないけどね」


 自衛の行動とは、私に対する嫌がらせの事だろう。今思えば確かに陰湿ではあったけど、軽く噂が流される程度ではあったのでまだ耐える事は出来た。

 他にもやりようは色々とあったはずだ。よくある話では、教科書が破られたり机にイタズラ書きをされたり、トイレでバケツの水をかけらりといった虐めがある。そこまでするのは色々と問題がある気がするけど、今思えばとりあえずは手前で収まっていたという印象だ。

 キツかった事には変わりないけど。


「七瀬さん、よく分からない人だったね」

「そうね。少なくとも桜さんと出会ってからは、本当の七瀬 愛音を見せる事はなかった」


 答えながら自虐的に笑う七瀬さんをよそに、私は後悔の念を抱いていた。


 私は七瀬さんという人物を盛大に勘違いしていたようだ。本来の七瀬さんは、明るく、無邪気に笑う可愛い女の子だった。私がもっと彼女を知ろうとして、彼女を救おうとすれば、彼女は死なずに済んだかもしれない。

 化け物じゃない七瀬さんが、今日みたいに私の隣で笑ってくれる未来を、私は知らず知らずに否定してしまっていたのかもしれない。


「うっ……くっ……」

「桜さん?」


 気づけば私は、泣いていた。目からポロポロと溢れる涙をとめられず、袖で拭う事になる。


「どうしたの?どこか痛いの?」

「ううん、そうじゃない。でも……ごめんね、七瀬さん」

「何が?」

「とにかく、ごめん。ごめんね」

「……桜さんが謝る必要なんて、何もない。悪かったのは、七瀬 愛音。謝るのは、七瀬 愛音の方。だから泣かないで」


 七瀬さんは、そう言うと私を正面から抱きしめて来た。抱きしめられると、私も思わず抱き返してしまう。そして甘えるかのように、七瀬さんの胸に頬ずりをしながら涙を流した。


「──それじゃあ、ここでお別れね。本当に一人で帰れる?」


 泣き終わってから2人で黙って歩き、しばらくして私と七瀬さんは分かれ道に差し掛かった。

 七瀬さんの家は、道をまだしばらく真っすぐ行った先にあり、私の家はここを左に曲がる必要がある。


「か、帰れるよ。でも、えと……ありがとう」


 ありがとうには、心配してくれた事と、先程泣いてしまった事も含まれている。けっこう思い切り泣いてしまったので、七瀬さんの服に私の涙と鼻水までもついてしまった。ティッシュで拭いて落ちているけど、汚してしまって申し訳ない。


 でも七瀬さんは、どうって事ないと言うかのように、黙って笑顔で返してくれた。


「桜さん──いえ、咲夜さん。いや……咲夜。これから、咲夜って呼んでもいい?」

「う、うん。いいよ」

「それじゃあ私の事は、愛音って呼んで」

「う……うん」


 一瞬迷ったけど、そう呼んで欲しいならそう呼んでもいいかなと思って了承した。


「咲夜。今日は一日、本当にありがとう。色々なお話も出来たし、本当に楽しかったわ」

「私も楽しかった。ありがとう」

「またね」

「うん。また」


 七瀬さん改め、愛音は名残惜しそうに私に向かって手を振ると、先に歩いて行ってしまった。

 もうじき、夕暮れの時間となる。夕暮れになると、ついこの間の出来事が脳裏をよぎってまた怖くて悲しい気持ちになってしまう。


 その前に帰るため、私も家に向かって歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ