親子揃って
「ふはぁー……!」
私は大変満足した。
あの後も、七瀬さんの色々な姿をこの目で見る事が出来て、眼福だ。
バニーガールや、ミニスカのナース服は勿論エロくてよかった。面積小さめな水着姿なんて、鼻血が飛び出るかと思った。
だけど個人的には、正統なメイド服姿がぐっときたかな。メイド服って言うか、英国のお屋敷に努める給仕さんって感じの服。色気は少ないけど、ギャルっぽい見た目の七瀬さんとのギャップがよかった。ご奉仕させたい。
「満足そうね」
「そりゃあ、もう。七瀬さん、どんな服も似合うからどれもすっごくよかったよ」
「……こっちの台詞。桜さんの方が、いろんな服が似合ってた。学校でもちゃんとしてれば、モテるんじゃない?」
「わ、私はそういうのいいから」
「そう?もったいない」
やや不服そうに言いながら、七瀬さんは目の前に置かれているコーヒーカップを両手でとり、口に運んだ。
今私達は、休憩がてらモール内のカフェにいる。そこで2人でコーヒーを注文し、窓に向かって並んだイスに隣り合って座っている。
今日は、平日だ。普段はかなりの人でごった返すショッピングモールだけど、今日は窓の外を歩いていく人はいつもよりもかなり少ない。
平日って、こんな感じなんだ。なんか、ゆったりしてていいな。
「ところで、いいの?」
「んー?なにがー?」
私は前のめりになり、机の上におかれたままのアイスコーヒーのストローを吸いつつ、七瀬さんに返す。
目線は、窓の外を向いたままだ。足をブラブラとさせていて、ややだらしない。
「私なんかとこんなに楽しんでて」
その質問を聞いて、私は吸っていたストローを止めた。そしてややあってから口を離すと、ストローの中に入っていたコーヒーがコップの中へと戻っていく。
忘れていた訳じゃないけど、今の七瀬さんは化け物だ。そんな七瀬さんと、無警戒に遊び回ってるとか人としてどうなんだろう。
「思ったんだけどさ。七瀬さんみたいな……のって、他にもいるの?」
化け物──。
そう言いかけて、私はやめた。周囲の目もあるし、何より化け物だなんて呼ばれたら向こうも不愉快だろう。そう気遣っての事だ。
「いるわよ。たくさん。特にこの町は多い方ね。今通っていたあの人も、そう」
「え」
七瀬さんに言われて、思わず今お店の前を通っていった男性をガン見してしまった。ごく普通の、中年の男の人だ。とてもではないけど化け物になんて見えやしない。
彼は私の視線には気づかず、そのまま去っていく。
「桜さん、見すぎ」
「ご、ごめん」
指摘されて、一応は謝っておく。
「あの人も、食べてあの姿になったのかな?」
「でしょうね。食べなければ擬態はできないもの」
「……」
学校の屋上で見た、化け物の姿の七瀬さんが頭に浮かぶ。あんな化け物に襲われたりしたら、きっと抵抗も出来ずにあっという間に制圧されてしまうのだろう。
そしてそんな化け物が、たくさんいるという。特にこの町は多いとも。
私も、いつか化け物に襲われて食べられてしまう時が来るのだろうか。そして食べられて死んだ私と入れ替わり、化け物が私として生きていく。
ゾッとする。
「……自己弁護する訳じゃないけど、桜さんには知っておいてもらいたい事があるの」
「な、なに?」
妄想して鳥肌がたっていた私に対し、七瀬さんはそう言いながら机の上に置かれた私の手に、自分の手を重ねて来た。
特に抵抗する理由もないので、ちょっとだけ驚いたけど動かさずにじっとしておく。
「私達が今まで食べて擬態してきたのは、瀕死の人間だけ。絶対に死ぬ人間以外にはなりすまさない。餌としても人間を食べる必要はなくて、人間が食べる物を食べてれば普通に暮らせる。だから、過度に怖がる事はないの。桜さんが将来瀕死になって、その時近くに化け物がいたらもしかしたら食べられる事があるかもしれないけど……そうならない限り、化け物が貴女を襲う事は絶対にない」
「……私を安心させようとしてるの?」
「……」
私の質問に対し、七瀬さんは黙り込んだ。
重なる手は、暖かくて人そのものだ。更にはそんな気遣いまでしてくれて……本当に化け物なのだろうか。いやむしろ、コレが化け物だという事に対して恐怖すべきなのだろう。
だけど私は、自分が襲われないと分かって安心した。化け物に対する警戒心は、七瀬さんからもたらされた情報によって解けていく。
「……七瀬さんが化け物だっていう事実は、変わらない。けど、七瀬さんが七瀬さんになってくれたから、今私は面倒ごとに巻き込まれていない……気がする。から、ちょっとだけ感謝してたりする。それに七瀬さんのおかげで、今日は一日楽しめた。前の七瀬さんと、こんな風に出掛けたりする事なんて絶対になかっただろうし、だからその……色々とありがとう。わっ」
言い終わると、七瀬さんが私の手を引っ張って胸に抱いて来た。大きなおっぱいが私の手に当たり、その感触を楽しませてくれる事になる。
「やっぱり桜さんって、ちょっと変ね」
「……まぁ、そうかもね」
化け物に感謝するとか、確かに変わっているだろう。
「私も、ありがとう。桜さんに私を知ってもらって、良かったわ」
七瀬さんは、そう言って私に向かってニッコリと笑いかけて来た。目は少しだけ潤み、頬は赤みかかっている。プルプルの唇の口角があがり、目を細めるその姿は、見る人を魅了する。
反則級の可愛さだ。
ふと気づけば、私達は周囲の注目を集めてしまっていた。
うら若き乙女が、カフェで手を握り合っているのは確かに目立つ光景だった。この状況で、これ以上化け物に関しての話題は続けられない。
「おっほん。げっ、ほ、げほげほ!」
見てんじゃねぇよという意味をこめ、わざとらしく咳ばらいをしながら周囲を睨みつけたら、本当にむせてしまった。
「大丈夫、桜さん」
でも、軽傷だ。七瀬さんが背中をさすってくれてすぐにおさまると、私は七瀬さんの手をとって店を後にした。
カフェを後にすると、私達は引き続きショッピングに興じた。まだ帰るには早い時間なので、今度は服以外の物を見て回る。
今訪れているのは、可愛い小物を売っているお店だ。
「あ。そう言えば、お母さん大丈夫だった?」
キャラクターのキーホルダーを手に取っていじりながら、なんとなく懸念していた事を七瀬さんに聞いてみた。
「ママ?」
「そう、ママ」
内心で、お母さんの事ママって呼んでるんだ。とツッコんでおこう。話が進まなし、可愛いのでとりあえず黙っておく。
「大丈夫と言う意味が分からないけど……」
「だ、だってほら……七瀬さんのお母さんって、毒親なんでしょ?停学になって、色々大変じゃない?」
周囲に聞こえないように、七瀬さんの耳元で小声で尋ねた。
「確かに、私のママはそう呼ばれる種類みたいね。でも大丈夫。私自身が今はこんな感じだし、それに──」
「それに?」
「私のママも、私と同じだから」
ニコリと笑いながら、そう言い放つ七瀬さん。
その台詞を聞いて、私は固まった。
あの日、七瀬さんと共に家を訪れ、私に対して謝罪してくれた女性。うちのお母さんに負けず劣ずらずの美人な女性が、化け物だった。親子揃って化け物で、2人とも私と面識がある。それは中々のインパクトだ。
……いや、待て。そういえば、七瀬さんが化け物になる前、こんな事を言っていた。
『そう。私のママよ。お、おかしいのよ。だって私、絶対に……この手でやったもの。何度も、何度も……絶対に生き返らないように、刺して、刺して、殺したから。なのにどうして!?次の日に当たり前のように起きていて、いつも通りに生活していた!』
嫌な予感がして、冷や汗がどっと出て来た。自分の口を手で覆い、襲い来る予感に驚嘆せずにいられない。
「な、七瀬さんのお母さんって、もしかして七瀬さんが……」
言葉は、続けられなかった。
お前は自分の親を殺そうとしたのか?と。そんなの怖くて、口に出せない。
「たぶん、桜さんが考えている通りよ。詳しく聞きたい?」
「……」
黙って、頷く。
「でも、そうだな……重い話になるだろうし、帰りながらにしよっか」
せっかくのお買い物を、暗い話で邪魔されたくない。それは理解できる。だけどもう、十分に重い話……というか衝撃的な話を聞かされて、けっこう手遅れな気がする。




