親子の会話
『ねぇ。あの噂って知ってる?』
『噂?』
『そ。死んだ人間が生き返って、何事もなかったかのように元通りの生活を過ごしてるっていう噂』
『何それ、ホラー?』
『あたしだって最初はそう思ってたけど、本当みたいよ』
『噂でしょ?どうして本当だなんて言い切れるのよ』
『聞いたんだよ。……ここだけの話だよ?』
『な、何?改まって……』
『本当に、誰かに聞かれたらマズイ話をしてあげる。絶対に誰にも話さないでよ?』
『う、うん。約束はするけど……』
『実はね……あたしの親戚のお兄ちゃんが、親と喧嘩となって勢い余って親を包丁で刺しちゃったみたい』
『さ、刺したって……』
『嘘みたいでしょ?でもそんな嘘を話すような人じゃないし、凄く切羽詰まった状態であたしに話して来たから、たぶん本当』
『……それで?』
『刺さり所が悪かったのか、親は少し呻いていた後に動かなくなって、死んじゃったみたい。親戚のお兄ちゃんは怖くなって、その場から逃げ出して近所のネットカフェで一晩過ごしたんだって。それで頭を冷やして、とんでもない事をしてしまった事に気付いて後悔して……警察に自首して警察立ち合いの下で自宅に戻ったら、殺したはずの親が生きてたの。何事もなかったかのように普通に生きていて、どこにも怪我がなかったみたい』
『なにそれ。夢でも見てたんじゃないの?それとも何かの病気?』
『あたしも思ったよ。ていうかその場にいた全員がそう思ったんじゃないかな。結局その場は親戚のお兄ちゃんの悪戯というか、精神的に錯乱していたって事にしてくれて警察は注意だけして帰っていったみたい』
『ふーん。まぁ注意だけで済んでよかったね。下手をすれば威力業務なんとかでしょ』
『警察については、ね。でもね。殺したって言うのは本当なの。本当に殺したはずなのに、何故か生きてるんだよ。何事もなかったかのように、そこにいるのが普通で、当たり前にあたしの親を演じてる』
『な、何……?』
『アレはあたしの親じゃない。本物はあたしが殺したんだから、生きてるはずがない!おかしいんだって!誰も信じてくれないけど、あたしは本当に殺したの!』
『ま、待って!落ち着いてよ!殺したって、あんたまさか……親戚のお兄ちゃんとか言うのは嘘で、あんたがやったの……?』
『……』
『ゆ、夢だよ!そんな訳ないじゃん!だってあんたの親、さっき普通に私を出迎えてくれたじゃん!このおやつだって、持ってきてくれたじゃない!』
『だからおかしいんだって……!ねぇ、お願い。あたしの事を信じて』
『……なんでそれ……包丁?』
『う、うん。これからあたしは、もう一回親を殺す。あんたはそれを、見ていて欲しい』
『ば、バカな事言わないで!』
『お願いだから、邪魔だけはしないでね。邪魔をするなら、別にあんたから殺してもいいんだよ?』
『っ……!』
『ごめんね。あんたに迷惑をかけるつもりはないんだけど、巻き込むみたいになって……。でもあたしは証明しないと、もう気が狂いそうでいられない。だから、もう一度殺す事にしたの』
『ちょっとアンタ達ー。夜なのに何大きな声で話してるの?早く寝なさいよー』
『ご、ごめん!丁度いいや!ちょっと用があるから、こっち来てくれる?』
『なにー?』
『ちょ、ちょっと待って。待ってよ。お願いだから、ま──!』
『うるさい!邪魔をするなって、言ったでしょうが!』
『もしかして喧嘩してるの?喧嘩はよしなさいよ、こんな夜中に』
『に、逃げて!』
『え?』
『ふぅ!』
『……さ……刺した……本当に』
『な、なんで……こんな事……』
『お前が、偽物だから……!』
『そんな……何を、言って……』
『や、やった。殺した。今度こそ、あたしは殺した。見てたよね!?あたし、殺したよね!?』
『ひっ──!?』
『……?あたし、どうして倒れてるの?あ、あれ?おかしいな。足がない。お、お腹も、真っ赤だ。はは。はははは』
『せっかく生かしといてあげたのに、イケナイ子。食べるには早いと思ってたけど、意外と美味しいわね。大丈夫よ。後で貴女の代わりの人間も作ってあげるから。皆で、一緒に、普通に生きていきましょうね。……貴女も、ね』
『──キャアアアアァァァァァ!』
ここからなんとか逃げ出した女主人公は、この後なんやかんやあって化け物と人間との戦いに巻き込まれ、そして成長していく。最後の方には勇ましくなった主人公が、襲い来る無数の化け物相手に銃を手に戦い、タイムスリップをしたり、宇宙に行ったり、なんか色々あって知り合った男とくっついてハッピーエンドを迎える。
そんな物語がテレビ画面に映し出されていて、私はスマホを手にしながらボーっと眺めていた。
ホラー風の、アクションサスペンス映画なんだけど……つまらない。けど、怒涛の展開が続くので最後まで見てしまった。
この手の映画はつまらないのに見てしまい、最後まで見て後悔するからたちが悪い。
「はあぁぁ……」
私は大きなため息を漏らす。
こんな事なら、勉強でもしておけばよかった。でも後悔は先にたたない。
「あら、あんたまだここにいたの?」
「んー。映画見てた」
私はリビングに設置されたソファの上に寝転がりながら、我が家で一番大きなテレビを使って映画を見ていた。テレビは壁掛けで、寝転がって見ると丁度いい具合の角度になるんだコレが。
そこへやって来たのが私の母親で、キッチンの冷蔵庫を開いて飲み物をコップに注いでそれを一気飲みしている。
次週に放送予定の映画が紹介されているテレビから、私の視線は母親へと移った。
見てよ。私の母親の、この肉体美。とてもではないけど高校生の娘がいるとは思えない、細くてしなやかな肉体だ。スポーツウェアに身を包み、丸出しとなっているお腹にはうっすらと筋肉も浮かび上がっている。おっぱいも程々に大きく、惜しげもなく晒している胸の谷間が憎たらしいほどに女としての魅力を訴えかけてくる。
それでいて私似の可愛い顔をしている上に、小顔でよくおモテになられるからタチが悪い。
何故タチが悪いって?
町でよく若い男にナンパされる母親を見る子供の気持ちを考えてもらいたい。なんかこう……心にダメージを負う事になるから。
更にはその後ろを歩く私には、見向きもされなかった時の気持ちも考えて欲しい。決してナンパしてほしい訳じゃないけど、なんかこう……モヤモヤするから。
「……なに?」
「へへ。今日も相変わらず、イイ身体ですなぁ。ちょっと揉ませてくんない?ペロペロもさせてくんない?ペロペロ」
「オヤジか。いや近頃はオヤジでもそんな事言わないわ。……この肉体がイイと思うなら、あんたも一緒に身体鍛える?」
「パス」
「あ、そう」
母が呆れ気味に言い捨てると、私の近くに立ってそのプロポーションを見せつけ、勝ち誇ったように私を見下ろして来る。
その際に、母の匂いが鼻に入って来た。ああ、お母さんって、どうしてこんなに良い香りがするんだろうか。別に香水とかしている訳ではないのに、この香りはどこから出てくるのだろう。教えて欲しい。
「ペロリ」
「ちょ、ちょっと何で舐めたのよ、やめてよ汚いでしょうが!」
不意をつき、お母さんのお腹を一舐めしたら猛烈な勢いで抗議された。
「いや、美味しそうで。つい」
「ついって……いやそもそも美味しそうって何よ……」
「えへへ」
「何故照れる。はぁ……まぁいいわ。今更あんたの奇行にどうこう言うつもりもないし。でもお願いだから、他人にこんな事しないでよ」
「失礼な。さすがにお母さん以外にこんな事しないって」
「なら、よし。……いや、よく考えたらあたしにもそんな事しないで欲しいわ」
「えへへ」
「だから何故照れる」
2人で軽く冗談を言い合い、そして笑う。他愛のない日常が心地良い。
いい匂いがして、娘である私ですら見惚れるようなプロポーションを持つ自慢の母だけど、実は私が小さい頃は病弱で、よく入院していたんだよ。今でこそその面影は見れず、信じられないかもしれないけど本当だ。
人間ってどこでどういう風に変わるか分からない。私もいつか変わって、急に体を鍛えるようになるのだろうか。いや、ないか。
「それにしても……まぁ、あんたはパパ似だから、無理よね」
「何が」
「体を鍛えるの」
「うん。無理」
「でも年を取る前に鍛えといた方がいいわよ。年をとってから鍛えようとしたって、難しいんだから」
「それ、華の女子高生に言うセリフ?」
「さっきのセクハラ行為と発言は、とてもじゃないけど華の女子高生とは思えなかったけど」
私はこうして、ゴロゴロしているのが好きなのだ。強制されれば動くけど、自発的に動いて運動するとか考えられない。
そんな事に時間を費やすくらいなら、勉強をするかゲームでもする。或いは遊びにでも出掛ける。
いや、そりゃあ母と比べれば肉付きはいいけど、別に私は太っている訳ではない。まるで私が太っているかのような事を言って来たけど、そこだけは言わせておいてもらう。
長く伸ばした自慢の黒髪と、母親に似た小顔と、母と同じくらいの大きさのおっぱい。肌はシミもなく白くて、特に太腿の美しさに自信がある。
見た目だけなら、それなり。でも母親と比べると見劣りする。
まぁこの魅力を、外ではあまり活かすつもりが私にはない。恋愛とか興味がないし、無駄に目立つのも嫌なので外ではあくまで地味目に過ごすのが私流の生き方だ。
という訳で、ナンパされないのは別にいい。当たり前だ。でも自分の親が目の前でナンパされ、自分がナンパされないというのはやっぱり……いや、ナンパはもういいや。
「そういえば最近、七瀬さん来ないわね」
「っ……」
その名を聞いて、私は思わず身体が反応し、ピクリと動いた。
「いい子よねー、七瀬さん。美人さんだし、成績も良いんでしょう?ハキハキと喋って気が利くし、うちの娘に欲しいわー」
「私、寝るね」
「え?うん……おやすみ?」
私は母の話を聞いていないかのように、テレビをリモコンで消して立ち上がった。そしてリビングの扉を開いてその場を後にする。
母は若干不思議がりつつも、そう挨拶をして私を見送った。
私の部屋は、この家の二階にある。リビングは一階なので、廊下を歩き、階段を上ってまた廊下を数歩歩き、自室の扉を開いて中に入った。
電気はつけずに、真っ暗闇の中を歩いて自分のベッドの上へとダイブする。
「……何が七瀬さんだよ。バカ」
そして親のセリフを批判するような言葉を小さく呟き、目を閉じてふて寝に興じるのであった。