聖 独白
陰陽師とか悪魔とかいる世界観。
ひとまず、書きたい場面のみ書きました。
準主人公の相棒悪魔の独白シーンで、名門出身の落ちこぼれ主人公に思うところがあった過去の話。
「大丈夫だよ、気にしないで」
こういう奴は大抵いつか潰れていく。実際のところ彼らはわかっているのだ。このままではよくある結末が来るだけだと。その一人であろう俺もまた、そうなるだろうと思っていた。
いつの頃からだったか、理由は集団生活に馴染むためだった。ハーフだった俺はどこへ行くにも好奇の目で見られ、それは幼稚園だろうが小学校だろうが、社会に出ても同じだった。一度道を踏み外すと、子供は純粋に無粋に可笑しい奴だと揶揄い、大人は表で笑って裏で嗤う。だからその隙を作らないために「良い人」になろうとした。それだけだ。それでも俺が他の奴より少し寿命が延びたのは、本当に良い奴では無かったからなのだろう。
然しアイデンティティの欠如はどうも何時になっても付き纏う様で、何を好きな振りしたってそれは人に好印象なものばかりだったから、休日になると決まって部屋でぼうっとしていた。朝起きて食べてぼうっとして食べて運動して食べて寝て。
毎日を淡々と消化する者が行き着く先は決まっていて、そう、俺もそうだったらもっと楽だった。なにも自殺する勇気が無かったとか、そういう話ではない。自殺などして、死後好き勝手言われるのが我慢ならなかった。だからずっとこんな生活を続けるのだろうと思っていた矢先に俺は死んだ。……確か女性を庇って、違うな、そんなことをする程良く出来た器では無かった。思い出とは常に美化されがちなものだ。要は自殺以外だと思うが、それはどうでも良い。
俗に言う天国は、ハーフであることも気にしない一切の柵が無い場所で、目に悪そうな真っ白な服と座りにくい翼に目を瞑れば、天使生活も悪くは無かった。大天使辺りは仕事もあるらしいが、下っ端は比較的自由に過ごせていた。俺も人目を気にせずゲームをしたり、洋服屋に行ったりした。
然し長い間休んでいると何故か動きたくなるのが人間の融通のきかないところだ。飽きてしまって周りにいい仕事や遊び場を聞いたが、何故か「下界のものは目まぐるしく変わるから遊んでおいでよ」ともう既に閉鎖したテーマパークを紹介された。だから「私が生まれたときには閉鎖されてましたよ」と笑って返した。そして何度かこういう失敗を繰り返して、普通は人間だった頃の記憶を忘れているのだと理解した。俺は記憶があるし感情もあるから、人としての時間軸を生きていたし自分が元人間だと意識して世界を見ていた。
こうして現世で護りきったものを天界で失った。子供のそれでも大人のそれでも無い、満面の笑みで避ける新しいタイプを見ながら、死んでも色々学べるものだとどこか他人事の様に考えていたのを覚えている。気付くと何時の間にかピアスの穴は6つを超え目付きも悪くなり、元の金髪も相まっておおよそ天使のイメージからかけ離れていた。気色悪い連中からはさらに避けられる様になったが、全くもってどうでも良かった。
自由を手にした俺は人間界に入り浸る様になり、そんな生活を二、三年続けたある日とある子供に出会った。出会い自体は大した事がなくて、偶々降りた場所でアクションRPGをやっていたら、そこが子供の自称秘密基地だった。
それから何故か毎日顔を合わせる様になったが、俺達の落ち合う場所は何時も全く決まっていなくて、大抵子供が俺を探しに来た。最初はただ付き纏われるのが鬱陶しかったから逃げていたのだが、そのうち秘密基地で待っていない俺を毎回飽きもせず怒る、子供を揶揄うことが面白くなっていた。よく表情の変わる素直で純朴な子供だった。そんな風だから俺が探しに行ったことは数回しか無くて、そういう日は子供が落ち込んでいる時だった。普段なんでも話すから理由もおおよそ見当がついていたが、俺は近くでゲームをしていただけだったし、子供も子供で口数を溜めているかの様に何も言わずに静かに泣いていた。召喚の結果が芳しく無かった日も、小学校で虐められた日も。
だがあの日は違った。雨が降っていたから珍しく秘密基地に居た俺は、日曜日にも関わらず午後になっても来ない子供を仕方なく探しに行った。何故か彼が何処にいてもわかったから、見つからないと焦ったことは無かった。だが妙な胸騒ぎがして、着いた廃屋に陰陽師が大勢居るのを見た時には血の気が引いた。陰陽師は天使が見える奴も多いからわざわざ裏まで回るしか無く、壁を擦り抜けて漸く子供が大勢居る部屋に着いた時には既に、あの子供の周りには血の海が広がっていた。
少し身動きした子供は、焦点の合わない目でお馴染みの言葉を口にした。なんてことない、探しに来た事への感謝の言葉だ。俺はそれを聞く度、「だったら次は俺に見つからない所で泣け」と悪態ばかりついていた。だから今回もそう返して、痛みを軽減する魔法を唱えていた。子供は自分の状況など顧みず、妹が助かることに安堵しきっていた。俺は、愚かしいと思うが、その様子に死期が早まるような気がして、いやもう死は免れないのだが、結末が変わらない「病は気から」を信じていたらしい。親が心配してるとか、死んだら皆悲しむぞとか、馬鹿な話だ。言葉では何も変わらない。人は何故科学が発展しても尚、言霊などが在ると思っているのか。そんなもの、何処にも在りはしない。だというのに、俺は。天使になっても未だ、陳腐な信仰を必死に信じていた。
「あませはね、ひじりの、そういう、とこ、好きだよ」
馬鹿馬鹿しい。信仰心に安堵したことも、子供が口にした言葉も。俺は涙が出る程笑った。交戦している音が煩いことすら楽しかった。それから、その様子に笑って目を閉じた子供も。何もかもが可笑しかった。
ただ単に俺は、俺が出来なかった生き方をしている子供を妬んでいた。憎んでいた。親にも環境にも恵まれ、汚い世界なんて知らずにのうのうと生きてる。俺はこいつが召喚に失敗した時、どこかでざまあみろと思っていた。しかし子供は、妹が朱雀を召喚した時も変わらず真っ白だった。妹を褒め、「天瀬は兄ちゃんだから、もっと頑張らなきゃ」と誇らしそうに話していた。
俺には全くその考えが理解できなかった。身内の年下より劣っていると思われたことの、何がそんなに嬉しいのだ。況してやそのことでクラスメイトからも虐められていると聞いた。何故それを恨まないのか。妹がいなければ、そもそも優等生を期待される環境を恨んだって良い筈だ。
だが一向に子供は怨恨を覚えることは無く、なかなか報われない努力を続けていた。俺は無理だ、諦めろと思う一方で、今日も変わらない子供を期待していた。俺もそうなれたのだと、証明して欲しかった。今考えても全くくだらない。共通点が無い者に重ねるなど。
俺は天瀬に治癒能力を使い、その場を離れた。戦闘音が止んでいたからすぐ行動したつもりだったが、その時に夜目という男に見られたのだろう。結局、治癒能力の無断使用という禁忌を犯した俺は、魔界へと堕ちた。その後何故か、記憶持ちの俺は六大悪魔の一人、記憶を操るサルガタナスに気に入られ、ソロモン七十二柱に格上げになった。俺と関わった記憶を消すようにサーガ(サルガタナス)に頼んだが、二つ返事で付いてきた彼は「思い出さない事はないと思うけどねー」と楽しそうに言っていた。基本的に悪魔は自分の興味に従って動くから、思い出した方が面白いと思ったのだろう。悪魔にはいけ好かない奴しか居ない。
そうして偶に様子を見に行きながら数年の時が過ぎた。陰陽師で無くなったからと言って、名門の息子なのだからこの先関わる事はないと思っていた。況して俺から関わるなど想定した事も無かったのだ。その日サーガの仕事の後始末を何故か任されていた俺は気が立っていて、さらに外が急に騒がしくなってきたものだから苛々を募らせていた。仕事を任せた本人が呼びに来た時は軽く切れて、嫌味を矢継ぎ早に口にしたがのらりくらりと交わされて怒りが増しただけだった。サーガはいつも他人を怒らせて楽しんでいる。こいつに目を付けられたものは可哀想な運命しか辿らない。其れが例え悪魔でも、人間であっても。